南之国へ
集落へ帰ると、佐伯が急いで寄って来た。
どうやら、畑仕事を手伝っていたようで、畑から急いでこちらへ走って来る。
大聖が、言った。
「なんだ、畑仕事か?」
佐伯は、頷いた。
「ここに世話になっているので、時間もありましたしこれぐらいはと。それより、いかがでしたか?」
大聖は、頷いた。
「やはり、見るからにヤバいヤツがいた。緑楠様にお聞きせねばならないから、これより南国一之宮へ向かう。瀧に警備兵の服を渡してくれないか。瀧に案内させねばならない。」
佐伯は、頷いて瀧を見た。
「…瀧…」と、体をとっくりと見て、続けた。「…私の服でないと合いませんね。他は恐らく小さ過ぎて。」
佐伯は警備隊長なので、皆とは少し違う良い物を着ている。
大聖は、息をついた。
「…仕方ない。それを着せろ。あと、決まりに従って髪を束ねるように教えてくれ。警備兵の一人だと思わせねばならぬから。」
佐伯は、頷いた。
「仰せの通りに。」と、瀧を見た。「こちらへ。」
瀧は、仕方なく佐伯に従って天幕の方へと歩いて行く。
瀧は、変わったヘアスタイルで、前も横も短いのだが、後ろだけが長い髪型だ。
あの、後ろの毛を束ねなければならないのだろう。
「…瀧って、後ろだけ切ってないのよね。」
結麻が、ボソリと言うと、相良が言った。
「ああ、あいつは自分で切ってるから。」え、と大聖も結麻も驚いた顔をすると、相良は続けた。「オレは良子が器用だから切ってくれるんだ。村の子達も他の奴らもみんなそう。瀧は、良子が疲れるだろって自分でやってる。何しろあいつは大きいし、座っても、座ってる良子と高さが合わないんだよな。後ろは見えないし、もうどうでも良いって伸ばしてる感じ。」
めっちゃ適当じゃないの。
結麻は思ったが、しかしそれがとても似合っているように思うから不思議だ。
結麻は、うーんと言った。
「…瀧って、身長どれぐらいあるの?」
相良が答えた。
「瀧は192センチ。オレと10センチ違うんだよね。」
デカッ!
結麻は、道理で隣りに立って話していたら、首が痛くなるはずだと思った。
でも、そこまで巨漢には見えていなかったので、そんなにあるとは思っていなかったのだ。
…大聖が、180センチだから、言われてみたらそうなのよね。
結麻は、思った。
あれだけ大きいと感じていた大聖が、瀧と並ぶと小さく見えていたのだ。
大聖が、言った。
「結麻、お前も準備しろ。汚れたままだとあちらに失礼だ。オレも水で洗って着替えて来る。」
結麻は、確かにと慌てて瀧の家へ足を向けた。
「そうだったわ!じゃあ、準備して来るね。」
結麻は、走り出した。
大聖はそれを見送ってから、自分も与えられた家へと向かい、そこで準備をしたのだった。
結麻が準備を終えて出て来ると、警備兵の服を来た瀧が、居心地悪げに佐伯と共に立っていた。
結麻は、思わず息を飲んだ。
瀧は、こうしてきっちりすると、目が覚めるほどイケメンだ。
これまで賊のイメージしかなく、いつもあの格好だったので気付かなかったが、どう見ても美しい顔立ち、威厳のある凛々しい様だった。
「え、瀧?」
結麻が呟くように言うと、瀧はバツが悪そうに言った。
「…よお。オレさ、柄じゃねぇのよ。きっちりした服なんざ、生まれてこの方着た事はねぇ。」
服とは言って、この世界の服は皆着物だ。
なので、作務衣の上下のしっかりしたものなのだが、とても似合っていた。
後ろの髪も一つに束ねてあり、見た感じ警備隊長だと言われても、そうですかと言ってしまいそうな様だった。
「似合ってるわよ。見た目は大事なのよ。きっちりしていたら、発言したことも重く受け取ってもらえるし。あなたはそれに値すると私は思うわ。」
瀧は、息をついた。
「まあいいさ。で、大聖がなんか準備させてた。もうそろそろじゃねぇか?」
大聖は、天幕の方から神主の白い着物で出て来た。
「…行こう。南国一之宮へ、持って行く物をまとめさせてた。手ぶらでは行けないからな。」
そうか、神社同士の付き合いがあるもんね。
結麻は、そんなことには疎いので、全く分かっていなかった。
佐伯が、言った。
「先触れを出しました。単独なので、恐らく早駆けで1時間で到着するかと。」
大聖は、頷いた。
「馬の準備はいいか。出発するぞ、ここから一之宮はゆっくり進んでもほんの2時間ほどだ。船ならもっと速いが、目立つのは良くないしな。陸路を行こう。」
瀧が、頷いた。
「なら、オレが知ってる道を行こう。そっちなら1時間ほどだ。街道に出る手間が省けるからな。ちょっと細いが、充分馬車も通る。行こう。」
瀧は、自分に準備された馬にサッと飛び乗った。
結麻も、馬車へと駆け込んで、置いて行かれないように慌てた。
「出発!」
大聖も馬車へと乗り込んで来て、そうして一行は、瀧に案内されて南国一之宮へと向かったのだった。
瀧の後ろについて、ぞろぞろと行列は過ぎて行くが、思った以上に険しい道だ。
所々に岩がゴツゴツと出ているし、それを避けるには道幅が狭過ぎるので、時々場所は大きく揺れた。
森の中を抜けて行くのだが、どうやらこの辺りは高台で、小さな山といったところか。
時々木々の間から垣間見える風景は、遠く港を見下ろして、海がキラキラと美しかった。
「わあ!この道とっても良いわ!整備して街道から分かれた道として、使ったら良いのにね。」
大聖は、言った。
「あの街道の維持だけでも大変なので、こちらまでは手は回らないのだろう。最初少し登ったし、山の上の尾根を抜けてる感じだろうな。人夫を雇うとすると、山では金が嵩む。だから手付かずなのだろう。」
確かに山道を工事するなんて大変だもんね。
結麻は、思って聞いていた。
先を行く、瀧が振り返って言った。
「…ここから下りだ。馬車は気を付けろ、馬の足を痛めるかもしれない。所々急だぞ。」
御者を務める、佐伯が言った。
「大丈夫だ。私は慣れてるから。」
佐伯は、優秀な警備兵なのだと聞いている。
そんなこんなで、そろそろと山道を下り始めて、気が付けば、正面に街道が見えて来て、南之国の大門が見えて来ていた。
各村には、関所のような入口があって、そこでいちいち何の用で入るのか問われる。
余程のことがない限り問われるだけだが、時々止められる者達も居た。
自然、結麻は緊張気味な顔になったが、大聖が馬車の中から言った。
「我らは、中津国一之宮から来た神主代理と巫女、そして警備兵達だ。」
関所の役人は、大聖を見て少し、驚いた顔をしたが、頭をさげた。
「ようこそいらっしゃいました。初生様より、たった今ご連絡がありましたところで。どうぞ、こちらの役人が一之宮まで先導させて頂きます。」
やっぱりどこも、神社は特別扱いなのだ。
結麻は、それを見て思った。
神主の一族は、どこの村でも尊重され、役人も必ず従うと決められている。
なぜなら、神の声を聞きそれを伝える、唯一の血族だからだ。
結麻は、動き出す馬車の中で考えた。
果たしてあの、自分が居た世界の日本と何が違うのだろうか。
同じ形状の土地、同じように神社はあり、神は恐らく、居たはずだ。
だが、ここまで社会に影響力はなく、ひっそりと存続していた。
なのにこちらは、こうして皆が皆神に従おうとしている。
まさに国民一丸となって神を信じて敬っているのだ。
…やっぱり、はっきり神が見える人がいるからかしら。
結麻は、思った。
しかも、その数が多い。
瀧のような能力者なら、恐らく神の姿は見えるし、気の流れも分かるので、それを神が動かしている事実を、知る者の数が圧倒的に多いのだ。
恐らくそこの辺りが、こうして違いを生み出しているような気がしていた。
馬車は、綺麗に整った通りを抜けて、そうして南国一之宮の、大鳥居の前へと到着したのだった。




