港町
結麻と大聖は、相良と瀧と共に馬に乗って、港町へと降りた。
馬は町の入口の馬番に預けて、そこで瀧が幾らか金を払い、そうして町中へと歩いて行く。
町は、瀧が言ったように市が立っていて、あちこちから客寄せの声がした。
「…思ったより品数が多そう。」結麻は、言った。「いろいろな物が売られているわ。ほら、あっちではさつま揚げが。村でも最近にできたものなのに。」
とはいえ、三年前からだが。
瀧は、頷いた。
「ここは漁師町だから、魚をすり潰すなら材料には事欠かないしな。雑魚でも無駄にならねぇし、伝わってからすぐ作り始めてたよ。菜種油が高いから、なかなか油を換えないし、ちょっと生臭い時があるけどな。」
そうなるわよね。
結麻は、頷いて他の店も見て回った。
ざっと見たところ、薪は売っているが、やはり炭はまだない。
「…炭は高く売れそうね。」結麻は言った。「あれは難しいから見様見真似ではできないし、まだ普及してないのね。」
瀧は、頷いた。
「その通りだ。だからこそ、オレ達は警戒してるんだけどな。多分、源太が横槍入れて来るだろうってよ。」
結麻は頷いて、市を歩き回った。
しばらく歩いていると、ふと嫌な気配がして、思わず足を止めた。
脇を見ると、大聖も少し、嫌な顔をして立ち止まる。
瀧が、振り返った。
「…どうした?」
結麻は、言った。
「…なんか嫌な気配がする…。」
大聖も、頷く。
「何かが腐ったような臭いを感じる。お前は感じないか?」
瀧は、険しい顔をして言った。
「…そうか、お前らもか。」と、脇へと二人を引っ張った。「ちょっとこっちへ入れ。」
言われるままに、脇の路地に入ると、相良が言った。
「オレは感じないんだけどね。瀧はいつも、生臭い、なんか腐ってる臭いがして辛抱たまらんって言うんだよ。オレには今も、天ぷらのいい匂いしか分からないんだけどさ。」
天ぷらの臭い…?
いや、これは絶対何か腐ってる臭いだ。
「…生ごみみたいな臭いよ?天ぷらの匂いって、確かに混じってるかもだけど、強烈な腐敗臭で掻き消されてる感じ。」
瀧は、そっと市の立つ筋を見て、言った。
「じっと見るな。さりげなく視線を、あの天ぷら屋に向けろ。」
難しいことを言う。
結麻と大聖は、そこらの店の商品に見とれているふりをして、サッと天ぷら屋の方へ視線を走らせた。
そこには、小太りの中年男性が、笑顔で天ぷらを頬張っていた。
店主は、いかにもな作り笑顔を顔に貼り付けて、それに対応している。
揚げた野菜や肉を、片っ端から食べているようだった。
「う…!」
大聖が、口を押さえる。
結麻も、込み上げて来る物を押さえるために、口を必死に押さえた。
「…源太だ。」瀧は、言った。「オレには前からあいつから腐り切った臭いを感じて、口を利くのも無理なんだが、相良は平気でな。何か対応する時は、だから相良に頼んでる。」
大聖が、吐き気を堪えながら言った。
「…初めて見た。が、あれは魂が腐り切ってる状態だ。普通はあんなになる前に、神がなんとかしてくださるんだが、あいつはかなり前からあんな状態なんじゃないか?お前達が馬車から突き落としたあの男でも、あそこまで酷くはなかったぞ。あいつはあのまま死んだら…自分の腐った魂の中に沈んで、永劫に苦しむことになる。それだけのことをしているということだ。」
魂が腐るなんて、本当にあるんだ。
結麻は、初めて目の当たりにして、思った。
ちょっと腐り掛けているのは見たことがあるが、あそこまで腐敗しているのは、初めてなのだ。
「…とりあえず、あいつが側に寄ってきたら絶対分かるってことが分かって良かったわよね。」結麻は、押さえた指の間から言った。「これだけ強烈だもの。南国一之宮の神主様は気取れないのかしら…。」
大聖が、青い顔のまま言った。
「側に行かねば気取れない。つまりは、神社に参拝などしたこともないからだろう。神主は外に出ることは滅多にないからな。オレだって、お前が旅に出るとか言わなかったら、神社で神主修行してたよ。」
確かにそうかも。
結麻から見たら平気そうにしていた瀧が、根を上げた。
「もう限界だ、早く通り過ぎよう。あれが魂の腐り具合だなんて、思いもしなかったから教えてもらえて良かった。とにかく早く行くぞ。」
そうして、四人は再び市の通りに戻って、相良は平気そうだったが、大聖、結麻、瀧は死にそうな顔で横を通り過ぎたのだった。
「信じられない!」結麻が、言った。「息を止めても臭うのよ!マジであり得ない!」
大聖が言う。
「魂が感じてるのに、息を止めても阻止できるはずないだろ。それにしても酷いな…ここまでとは思ってもいなかった。」
瀧は、市の端まで到達して、言った。
「…あいつは何人も殺してる。自分でやるんじゃなく、人を使ってな。オレ達は人殺しはしねぇと明言してるから依頼されたことはないが、同業者から話は聞いてる。全部自分の利益のためだ。金の亡者だとみんな言ってる。」
大聖は、険しい顔を瀧に向けた。
「同業者って、どこに行けば会えるんだ?」
瀧は、答えた。
「酒場。いくらなんでも結麻は連れて行けねぇぞ?もしどうしても行くなら、お前だけなら連れてってやっても良いがな。とはいえ、臭う奴も居るぞ。耐えられるかどうかだな。」
相良が、言った。
「やめておいた方がいい。いくらオレと瀧が一緒でも、余所者は目立つし、源太の情報屋も来る場所だ。大聖のことが源太に知れたら、恐らく調べに掛かるぞ。何しろ、あいつはかなりのことをしてるからな。見つかったら身の破滅になるのが分かってるから、警戒してるんだ。知られるのはリスクが高い。」
結麻は、頷いた。
「そうね。危ない橋は渡らずにおきましょう。でも…じゃあ、その情報屋ってのを捕らえてしまえばいいんじゃない?そいつが全部知ってるから、証言させられるんじゃ。」
瀧が、答えた。
「情報屋は何人も居る。使い分けて一気に露見しないようにしてるんだ。オレの同業者も、ヤバ過ぎる案件を請け負った後に、港で死んで見つかった。恐らく殺されたんだ。酒場でオレに喋ったのを聞かれていたから、オレもしばらくはつけられたが、オレのことを殺せる奴は居ねぇ。だから、半年ぐらい付け狙われたけど、オレがバラす様子もないからか、それからは何もない。とにかく、慎重で狡猾な奴なんだ。だからこそ、黒幕の役人はあいつを選んだんだろうがな。」
…最悪だわ。
結麻は、思った。
かなり腐敗が進んでいる。
いや、魂もだが、治安もだ。
「ねぇ大聖。」結麻は言った。「役人の方はどうかしら。あちらは神社に行かないわけにはいかない立場でしょうし、多分、行くことがあると思うのよ。源太があれだけ酷かったんだし、その役人もそこそこ臭うんじゃない?どう思う?」
大聖は、頷いた。
「確かに、あの男であれなんだから、その親玉となるともっとという気がするな。だが役人なら、必ず年に一度は参拝しなきゃならないはずだ。それこそ南国一之宮の神主…初生殿が気取るはずなんだが。」
結麻は、言った。
「…村によって違うのかも知れないわ。中之国では年に一度、役職の人達が全員打ち揃って正式参拝に来るけど、南之国では違うのかも。ねえ、一度南国一之宮へ行ってみない?何かご存知かもしれないでしょう。」
大聖は、頷いた。
「そうしよう。南国の緑楠様とお話もできる。お話を聞こう。」
緑楠とは、南国一之宮の神だ。
結麻は、頷き返した。
「そうね。神様と話せるのが一番よ。」と、瀧を見た。「瀧、あなたも来てくれるわね?」
瀧は、驚いた顔をした。
「え、オレ?別に村の中ならいいんじゃねぇの?」
大聖は、首を振った。
「何を言ってる。君にはここに居る間、しっかり守ってもらわなければならない。その役人の顔を知っているのだろう。もし、あり得ないが腐っていなかった場合でも、面通しができるからな。とにかく、服装だ。うちの警備兵の服を出させるから、急いで着替えて髪もしっかり整えろ。そのままじゃ、神社に連れては行けない。」
瀧は、面倒そうに言った。
「まじかよ。めんどくせぇなあ。」
結麻は、言った。
「文句言わないの。何があっても守ってくれるんでしょ?私達には分からないこともあるんだから、しっかりして。」
瀧は、仕方なく頷いて、そうして、一旦瀧達の集落へと戻って行ったのだった。




