外出準備
次の日の朝、瀧の家から結麻が出て来ると、大聖はもう起きていて、結界ギリギリの所に張られた天幕の所に居る、佐伯と話していた。
どうやら、警備兵達はそこに滞在することになったらしい。
すると、瀧が相変わらず早起きして畑仕事をしていたのか、畑からこちらへ来た。
「結麻、目が覚めたか?だったら飯を食え。集会所で準備してくれてる。あいつらの分は知らねぇけどな。」
確かに、この大所帯を養うなんて、やってられないだろう。
結麻は、頷いた。
「ありがとう。でも、大丈夫よ?私達は食料も持ってきてるから。こっちはこっちで作るわ。」
すると、大聖があちらから急ぎ足でやって来た。
「結麻!お前、姿を隠す布はどうした。」
結麻は、言った。
「あんなの目立って仕方ないじゃない。町へ降りるなら普通のカッコの方が目立たなくて良いのよ。これ、良子さんの作業着なの。似合うでしょ?楽なんだ。大聖も作業着にしたら?」
結麻の物は作業着でさえ絹なので、光沢があってこの中に居ると目立って仕方がないのだ。
瀧が、言った。
「目立つ目立たないの観点から言うと、お前は何着てても目立つから意味はねぇぞ。言っただろ、お前は顔の造りが良すぎるの。そっちの大聖もな。垢抜けてるのは隠せねぇ。並んでいたら目立って仕方ねぇだろうから、別々に行動した方がいいかもな。」
結麻は、え、と瀧を見た。
「あなたまで私をからかうの?確かに大聖は聖さんそっくりで綺麗な顔立ちだけど、私は昔からそんな風に特別に言われたことなんてないわ。どこにでもある平凡な顔よ。」
学校でも、真樹の方が太っていてもモテた。
だが、瀧は言った。
「お前…自覚がないのか?」と、大聖を見た。「こいつ、いつもこんな感じか?」
大聖は、むっつりと頷いた。
「そう。絵姿とか出回っていて、あちらでは大変なのに。」
瀧は、息をついた。
「…大聖が過保護だなと思っていたが、そんなだったら心配するのも分かる。あのな、結麻。お前は子供の頃はどうだか知らんが、今はめっちゃ綺麗に育ってるよ。自覚がないだけなんだ。しかも、温室育ちだからかめっちゃ白いし肌がつるっつるだろ。それじゃ駄目だ。隠せるなら隠した方がいいんだが、あの布が反って目立つのは確かだしなあ。どうするよ。」
結麻は、瀧に綺麗だと言われて驚いて、そしてポッと赤くなった。
大聖が、瀧を睨んで言った。
「…お前も、いつもそんなか。思ったことはすぐ口から出す。」
瀧は、答えた。
「隠しごとは嫌いだ。」
…似てる。
大聖は、思った。
見た目は全く似ていないが、恐らく基本的な性格が、結麻と瀧はよく似ている。
しかもよく見ると、瀧も汚れていて服装もあっさりと粗野な感じなのに、かなり凛々しく、美しい顔立ちをしていた。
…まじかよ。
大聖は、まだ赤い顔をしている結麻に、何やら嫌な予感がした。
なんだかわからないが、とにかく嫌な予感が胸を離れなかった。
だが、当の瀧は結麻と共に、どうやったら目立たないのかと、悩んでいたのだった。
そんなこんなで、結麻は瀧と考えて、土でいい具合に顔を汚して、髪はまとめてこの辺りの人がよくやっている、頰被りをして隠した。
土煙りで髪が汚れると、洗うのが大変なので、よく見かけたのだ。
白い肌もいい具合に土で隠れて、パッと見全く結麻だとは分からない。
大聖も、とりあえずは相良の作務衣を借りて、髪はなるべく乱しておく。
土で顔を汚すのにも、普段から畑仕事をしているので、抵抗がないようだった。
瀧が、大聖を見て言った。
「お。それなら分かりづらいんじゃねぇか?髪に艶があるからちょっと違うんだが、外から来た人って感じなら違和感はねぇ。相良の着物は合ったか?」
大聖は、頷いた。
「こっちはピッタリだった。」
瀧の着物を借りようとして、体格が違ってブカブカだったのだ。
大聖としては、少し屈辱のようだった。
相良が言った。
「瀧は体格がいいからな。同い年なのに何食ったらそんなふうになるのかって思うよ。」
結麻は、歳の話になったので、ちょうどいいと言った。
「なら、相良は24歳?良子さんはいくつ?」
相良は、答えた。
「良子は20歳。そういうお前は?」
結麻は答えた。
「私は18よ。大聖と同い年で幼馴染なの。そうか、良子さんは歳上だったんだね。」
多分、寝込んでしまった5年で、あまり成長しなかったんだろう。
瀧が、言った。
「へぇ、お前18か。成人してるじゃねぇか。それで中身がそれか?そっちの大聖のが歳上かと思ってた。じゃあお前達、もう結婚するのか?家を分けて悪かったな。」
え、と結麻はブンブンと首を振った。
「違うわよ!なんでそうなるの?神主の相手は神様がお決めになるのよ。それに、私を何歳だと思っていたの?失礼だわ。」
瀧は、言った。
「てっきり16ぐらいかなって。でも、神主の相手は巫女なんじゃないのか?まあ、神社のこととか興味もなかったし、よく知らねぇんだけどよ。」
まあ失礼ね。
結麻は、プイと横を向いた。
「もう、瀧って遠慮がないんだから。私のお母さん、巫女だって言ったでしょ?お父さんは普通の人だもん。巫女はね、結婚して子供を生んだら、力を失って神様が見えなくなるの。だから、神社の外で暮らしているのよ。」
瀧は、驚いた顔をした。
「え、お前って期間限定の巫女なのか?だったら隣り町のあの親父、お前を嫁にするとか言ってたが、そうしたら神の言葉なんか聞けねぇのになんでリスク冒してまで攫おうとしたんだ?真っ先に子供作ろうとしてたけどよ。」
結麻は、顔を赤くして言った。
「だから、あのね、さっき大聖が説明したじゃない。巫女でなくなっても恩恵はあってね。元巫女の夫なら、それなりに良い待遇になるのよ。」
瀧は、真剣な顔で頷いた。
「巫女のお前の父親だからかと思ってた。元巫女の夫でもそうなのか…。だが、オレが神ならあんな結婚の仕方は認めねぇけどな。サッサと殺して、巫女と子供を神社に引き取らせるんじゃねぇかな。」
…確かに伊津岐様なら、そうしそう。直接殺しはしなくても、恩恵から外してじわじわと。
大聖が、言った。
「…まあ、祖父は巫女との結婚だったから、神主と巫女の結婚がないわけじゃない。」結麻が驚いた顔をすると、大聖は続けた。「父さんは違うけど、じいさんはそうなんだ。遡ると結構ある。」
知らなかった。
あの、聖矢の亡くなった妻は、巫女だったのだ。
瀧が、言った。
「…ま、こんなこたぁいい。町を見に行くんだろ?今頃市が立ってて人が多いだろうし、見たいなら見られるぞ。買い物もできる。とはいえ、高額紙幣は使うな。金持ってると思ったら、狙って来る。子供でも油断はするな。」
結麻は、腰に無造作に下げた巾着の中を覗いた。
「…駄目、一万金ばっかり。」と、大聖を見た。「大聖は?」
大聖も、言った。
「使う所がないからな。崩れてないし、一万金ばかりだ。」
瀧が、息をついた。
「両替してやるよ。」と、相良を見た。相良は、頷いて金を取りに家へと入って行く。瀧は続けた。「覚えとけ。ここでは一万金なんざ持ってる奴は居ねぇ。全部警備兵に預けておけ。細ければ細かいほど良いからな。」
結麻は、ぷうと膨れて言った。
「瀧だってお米と苗買う時一万金の束持って行ったじゃない。」
瀧は、頷いた。
「オレは良いんだよ。オレがしょっちゅう大きな仕事を請け負ってるのをみんな知ってるからな。オレから奪おうとしても、無理なのは知ってるし、強盗も空き巣も無理だ。だからそれはねぇの。お前らは目立ちたくないんだろうが。もし、オレの居ないところで襲われたら、有り金渡して逃げろよ。どうにかしようと思うな。みんな武器を持ってるからな。」
大聖は、言った。
「オレは死なないがな。」
瀧は、頷いた。
「その通りだ。相手が死ぬんだろ?その後どうなるのか、想像してみろ。」
…多分、大騒ぎになってこっちが余所者だしまずいことになりそう。
ここは治安が悪いので、一方的にこちらが悪いとされるだろう。
とりあえず一万金を五千金ずつ、細かく両替してもらいながら、結麻はため息をついたのだった。




