どうにもならない現状
瀧は、入ってすぐの台所横の居間に置かれた、テーブルと椅子の所へ向かった。
どうやら相良と二人で話していたらしく、酒瓶とグラスが2つ、置いたままになっている。
結麻は、言った。
「…お酒を飲んでたの?」
瀧は、頷いた。
「ああ。」と、それらを脇へやった。「座れ。」
言われるままに、大聖と結麻は並んで座った。
その対面に、瀧と相良が座って、四人は向かい合った。
「…で、港町の現状か?」
大聖は、頷いた。
「そう。できるだけ詳しく知りたい。有力者と言われて居るのは誰で、繋がっている役人は誰なのか分かるか。」
瀧は、息をついた。
「この港町を牛耳っているのは源太という男だ。歳は40ぐらい、小太りで身長はこれぐらい。」と、瀧は自分の目線辺りに手を置いて言った。「役人の方は南一之国の役人だってことしか分からねぇ。時々やって来るが、顔を深くフードで隠してる。ま、オレにはそんなもの無意味だがな。」
大聖は、言った。
「つまり、お前は顔を知っていると?」
瀧は、頷いた。
「その通りだ。そいつの顔を見たら、これだって答えられる。気の色まで覚えてらぁ。要注意人物だからな。」
じゃあ、瀧ならその役人が近付いて来たら、気を気取ってわかるのね。
結麻は、思った。
「有力者って一人なの?他には厄介な人は居ない?」
瀧は、頷いた。
「その役人は、その場所その場所で、一人決めてそいつにいろいろ任せるんだ。その代わり村への輸出とか、そっちのことで優遇してもらえる。前は皆、個々人で南の港へ行って魚を売り捌けたが、いつの間にかその男を通さないと売れなくなった。法外の値段で売る輩が居るから、価格を一本化するためだとかまことしやかに告示されたが、そんな事実はなかった。その男に利益を集中させるために、役人が取り計らったからそうなった。ちなみに隣りも同じくだったが、あの男が突然居なくなって帰って来ないと大騒ぎになっていてな。離れた山中で、巫女を攫おうとして御者は捕まり、そいつは警備兵に殺された、と、やっと昨日から噂が回り始めていたよ。何しろあいつは密かにオレ達に依頼して来ていたから、オレ達が関わってるなんて誰も思わないのさ。ま、だがもうオレ達は、そんなことに関わるのは御免だ。お前達も、退役神主の里とやらでゆっくりしてたらいいんじゃねぇか?」
大聖は、瀧を睨んだ。
「結麻はほだされてるが、オレはまだお前達を信用していない。が、土地勘があってそうやっていろいろなことを知っている。結麻を必ず守るというのなら、護衛として雇っても良いと、こちらは苦渋の決断なんだぞ。少しでも暮らしを良くしたいなら、協力しないか。」
瀧は、大聖を睨んだ。
「金の力で言うことを聞くと思ったら大間違いだぞ。オレ達は確かに、食うに困る生活をしていた。だが、今は結麻のお陰でいろいろ収入源ができそうだ。別に、過ぎた金が欲しいんじゃねぇ。皆でここで生活できたらそれでいいの。面倒は懲り懲りだ。分かったら帰れ。」
大聖は、ムッとして言った。
「こっちは治安を良くしてやろうとわざわざ来てやってるのに!」
瀧は、フンと大聖を見てせせら笑った。
「良くしてやろう?お前、上からなんだよ。会った側から偉そうにしやがって。神主かしらねぇが、オレ達はそんなやつの恩恵に預かったことはねぇ。敬う気持ちなんざ、欠片もねぇぞ?」と、結麻を見た。「結麻、相手は選べよ。こんなやつと一緒に行動してて、息が詰まらないか。」
結麻が答えようとすると、大聖が立ち上がった。
「賊が!いい加減にしろ!」
「大聖!」
結麻が止める間もなく、大聖は瀧を気で突き飛ばそうとした。
が、吹き飛んだのは大聖の方だった。
「…つっ…!」
大聖は、後ろの扉に叩きつけられて、顔をしかめる。
大きな音がしたので、警備兵達が急いで扉を開いてこちらを見ていた。
結麻は、慌てて大聖に駆け寄った。
「大聖!」
瀧は、椅子に座ったまま言った。
「…どうしようもねぇやつだ。盾の術ってのを知ってるか?オレは自分を防御しただけだ。お前が勝手に自分の力で吹っ飛んだんだよ。」と、立ち上がった。「帰りな。お前とは話はしねぇ。始めからオレを信頼してねぇと豪語するやつの、依頼なんか受けられるか。金さえ積みゃあホイホイ言うことを聞くとでも思ったか?ふざけるな。そこまでオレは落ちちゃいねぇよ。」
結麻は、必死に言った。
「瀧、お願いよ。私はあなたを信頼しているわ。だからこそいろいろ教えたし、良子さんの怪我も治したわ!助けて欲しいの、どうしても、私はここを良くしたいのよ!」
瀧は、顔をしかめて結麻を見た。
「お前なあ…なんでそこまでオレ達のことを気にするんだよ。守られて平和に生きてりゃ危ない目に合わねぇのに。権力者に立ち向かおうとしてるんだぞ?命を狙って来る。お前だけでなく、お前の回りの大切な者達から順にな。」
だからこそ、瀧はここに籠もっている。
結麻には、それが分かっていた。
が、言った。
「瀧…分かってるわ。でもね、今の話を聞いて、尚更放置できないの。だって、これからあなた達は、村でしか生産できなかった菜種油と炭を、ここで生産して出荷するわ。車椅子もそうよ。あなたは無償で提供すると言っていたけど、その子から取り上げて構造を盗んで、同じ物を生産して儲けようとする奴も居るはず。利益が出て来たら、絶対にその流通も牛耳ろうとして来るわ。このままじゃ、有力者とその役人の、私服を肥やさせるばかりなのよ!そんなの許せないわ。お願いだから、力を貸して。大聖はまだあなた達を知らないから、疑い深くなってるだけなの!本来、とても白くて真っ当な命と同様に、真っ直ぐで誠実な性格なのよ!」
瀧は、チラと大聖を見た。
大聖は、まだ瀧を睨んでいる。
瀧は、ため息をついた。
じっと黙って聞いていた相良が、脇から言った。
「…瀧。結麻がこう言ってくれてるんだ、手を貸してもらおう。お前もそれを心配してたじゃないか。巻き込みたくないのはオレも同じだが、もうオレ達ではどうにもならないんだ。巫女と神主なら、発言権がある。何より、役所も神社の力には敵わない。あいつらは、神の理とやらに縛られて生きてるんだろう?」
瀧は、言った。
「…オレは神を信じちゃいない。」
相良は、頷いた。
「オレもだ。だが、結麻と過ごして少しは神が居るかもと思えたんだ。森の薬草、アレは確かに不自然な生え方をしている。他は雑草だらけなのに、あの裏の森にだけ薬草ばっか群生してた。あんなの、誰かが植えなきゃ不自然だ。瀧、確かにこれまで、オレ達は神に助けてもらっては来なかった。だが、今結麻に出会えたことが、神の助けなんじゃないのか?結麻は神に仕えてる。その存在を見ているとも言ってる。神を信じられなくても、結麻は信じられるだろう?」
それを聞いて、結麻は何やら感動した。
最初、捨てて行けと主張していた相良が、自分を信じてくれると言うのだ。
瀧は、じっと考えていたが、結麻を見た。
「…結麻。お前には、父母は居るか。」
結麻は、頷いた。
「居る。お父さんは役人で、お母さんは元巫女だった。」
瀧は、息をついた。
「大事に育てられたお嬢様じゃねぇか。あのな、怖い思いをして分かったろう。オレがお前を守ったら、絶対にお前は安全だがお前の父母は危険に晒されることになるぞ。中之国の役人の中にも、同じように私服を肥やす奴が居ると聞く。しかもかなり上の立場の奴らしい。お前が行動し始めたら、親父の立場は変わり、悪くしたら殺される。分かってるのか?」
…中之国にも?
それには、大聖が答えた。
「…神がそれを許さない。」結麻が大聖を見ると、大聖は立ち上がった。「立場云々は分からないが、仮に退職させられても、巫女の父親は優遇されると決まっている。神社で仕えることになるし、そもそも殺すなど神が絶対にお許しにならない。神社に関わる人々は、必ず神が守護が与えている。殺そうとしたら、その反動を受けて自分が死ぬ。だからこそ、巫女である結麻が動くことに意味があるのだ。」
瀧は、顔をしかめた。
「お前は吹っ飛んだけど。お前に守護はねぇのか。」
大聖は、ムッツリと言った。
「…お前からの攻撃じゃない。自分の力の反動を受けたんだ。お前は盾を使っただけだろうが。無傷なお前を見て、それは分かってる。今のはオレが悪かった。」
すんなり非を認めた大聖に、瀧は驚いたように眉を跳ね上げた。
そして、言った。
「…分かった。オレが結麻を守ろう。」結麻がパァッと明るい顔をすると、瀧は釘を刺すように続けた。「オレが守ればお前は絶対に安全だが、勝手なことをするなよ。オレの言う通りにしろ。行くなという所には行くな。分かったな。」
結麻は、頷いた。
「ありがとう!うん、ちゃんと言うことを守るよ!」
嬉しそうな結麻を尻目に、瀧は疲れたように言った。
「…じゃ、ま、お前はここを使え。で、大聖、お前はあっちのゴミ屋敷を片付けたとこだから、そっちを使え。警備兵は知らん。適当にやってくれ。」
そう言って、瀧と相良はそこを出て行った。
去り際に、相良が結麻に軽く微笑んで、そして出て行ったのが印象的だった。
「…ゴミ屋敷?」
大聖が眉を寄せるのに、結麻は説明した。
「空いてるのがそこしかないのよ。あの、捕まえた吉って人の家だった所。片付けたらしいし、きっと大丈夫よ。」
大聖は半信半疑だったが、そのまま警備兵達と共にそこを出て行った。
結麻は、勝手知ったる瀧の家で、これからのことに想いを馳せていたのだった。




