手の平返し
結麻と真樹が、相変わらず手を繋いで見えて来た鳥居に向かって急ぎ足で歩いていると、後ろから誰かの声が二人を呼び止めた。
「あら、真樹ちゃん結麻ちゃん!」え、と二人が振り返ると、そこには祖母の友である八重と、さっき結麻を無視して家へと入ったタカの二人が歩いて来るところだった。「緊急回覧板が回って来たの!ご神託があったって…二人共、神様から巫女様に選定されたんだってね?」
もう、知らせが走ったのか。
二人は、顔を見合わせた。
巫女の選定で選ばれるのは、かなりの重大事件なので、聖もすぐに緊急伝令を送ったのだろう。
が、ここまで分かりやすく手の平を返して来る、特にさっき無視したタカのことは、どうしても許せなかった。
ふと見ると、母と父が遠くに迫った馬車の中からこちらに気付いて駆け出して来ているところだ。
あちらも、知らせを聞いて馬車で急いで来たのだろうと思われた。
前世を思い出すまでの結麻なら、この二人のおばさん相手に仕方なく微笑んでお茶を濁したのだろうが、あいにく今の結麻は前世の記憶を持っている。
なので、結麻はにっこりと笑顔を貼り付けてタカを見ると、言った。
「あら、どちら様でしたっけ?私、知らない人とは話してはいけないって言われてるから…巫女になるなら尚更だし。」
真樹が、驚いた顔をしている。
タカが、戸惑ったような顔をした。
「え、何を言ってるの、結麻ちゃん?小さい頃から可愛がってあげたのに、何の冗談?」
結麻は、笑顔のまま言った。
「そうでしたっけ?巫女になれないって言われたら、みんな私のことなんて忘れるんだと思ってましたよ。さっきだって、顔を見たのに家に入ってしまった人も居ましたし。それともやっぱり巫女だってなったら、また思い出すのかしら?」
タカは、バツの悪そうな顔をする。
「え、そんな…。最近目が悪くなっちゃって、私がどこかで会っていたならごめんなさいね。」
結麻は、頭を下げた。
「いいんです、もうお会いすることもないし。」と、真樹の手を引っ張った。「さ、行こう、真樹ちゃん。神様が待ってるよ。」
真樹は、頷いた。
「そうだね。知らない人と話しちゃ駄目って神様も言ってたもんね。」
母と父は、やっと鳥居の所にまで到達して息を上げてゼェゼェとした中で、言った。
「待ちなさい、結麻!」母が言う。「あなた、いったい何を伊津岐様とお話ししたの?どうしてこんなことに。」
結麻は、答えた。
「…お母さん達に迷惑は掛けないよ。これでおばあちゃんだって、村八分にされないで済むんでしょ?伊津岐様は分かってくださったの。私、頑張る。」
そうして、母の答えを待たずに真樹の手を引いて鳥居の中へとさっさと歩いた。
神社には、また人が集まり始めていた。
拝殿の前では、聖と大聖の二人がじっと結麻と真樹の二人を待っていた。
結麻は、急いで追い掛けて来る父母のことは気にせずに、二人の前で立ち止まった。
「聖のおじさん。あの、伊津岐様から聞きましたか?」
聖は、頷いた。
「お聞きした。伊津岐様は人の子にはいろいろ事情があるようだし、君たちが二個一ならまとめて巫女にしてもいい、と仰ったのだ。一旦家で話し合ってから来るのかと思ったが、良いのか?巫女殿に入ったら、我々神主の一族か、親兄弟以外とは面会できなくなる。不要な穢れを受けないためだ。」と、真樹を見た。「特に真樹、君は伊津岐様がお許しにならないので、両親とは巫女を降りるまで会えないぞ?妹とは会えるようだがな。」
真樹は、頷いた。
「妹と会えるのならいいです。」
聖は、隣りの大聖と顔を見合わせた。
「…ならば、こちらへ。巫女殿に案内しよう。入口脇にある風呂で体を清めてから、準備しておく着物に着替えて中に入るといい。」と、後ろで黙って立つ、結花と大樹を見た。「二人は拝殿で待っていてくれ。準備ができたら本殿に呼ぶ。」
二人は、黙って頷く。
そうして、結麻と真樹は聖に案内されて、奥へと歩いて行った。
大聖が、言った。
「こちらへ。拝殿の中でお待ちください。」
結花と大樹は大聖について拝殿へと入って行く。
境内には、多くの人々が集まってひしめき合って来ていた。
結麻と真樹は、聖について歩いていたが、巫女殿に続く回廊の途中で、立ち止まる聖につられて、同じく立ち止まった。
目の前には、見覚えのある女性が微笑んで立っていた。
聖は、言った。
「…これから、君達の世話をする美智子。私の妻だ。」と、美智子を見た。「後は頼む。」
美智子は、頷いた。
「さあさあ、結麻ちゃん、真樹ちゃん、こちらへ。湯殿があるの。そこでこれからもお風呂に入るのよ。巫女様専用の場所で、特別に穢れを祓う場所とされているわ。」
二人は、頷く。
「あの、大聖のおばさん、これからよろしくお願いします。」
美智子は、フフと笑った。
「そんなに堅苦しくしなくて良いのよ。私のことは、美智子と呼んで。」
そうして、美智子は先に歩いて行った。
回廊を渡り切ると、巫女殿らしい建物にくっつくように、小屋のような場所があった。
そこの引き違い戸を開けて、美智子は言った。
「ここが、脱衣所。」と、木の棚に置いてある籠を指した。「ここに脱いだ着物を入れて置いて。洗濯しておくから。新しい着物はこれよ。これからは全てこちらで準備して渡すから、足りない物があったら遠慮なく言ってね。」
真っ白な着物だ。
そして、袴も置いてあり、その色は薄い紫だった。
それを見た真樹が、言った。
「…あ、伊津岐様のお髪の色…。」
美智子が一瞬、驚いた顔をしたが、微笑んで頷いた。
「そうみたいね。私には伊津岐様が見えないから分からないけど、大聖がよく小さな頃からそう言って教えてくれたわ。」と、少し小さな声で続けた。「実はここだけの話、私も聖さんの手を握っていたら、伊津岐様のお声だけは聴けるのよ。若そうな…ええっと、神様のイメージとは違ったけど、優しいかたよね。」
声だけ聴いたら確かになあ。
真樹は、言った。
「わあ!ということは、美智子さんと聖のおじさんは、とっても仲良しなんですね!」
美智子が、驚いた顔をする。
結麻が、説明した。
「あの、私達もそうで。真樹ちゃんと手を繋いでいたら、真樹ちゃんには伊津岐様が見えたし、声も聴こえたんです。私は真樹ちゃんから力を貰えるし。それは、お互いに想い合ってしっかり絆があるからだって伊津岐様が仰っていたの。それで、真樹ちゃんはそう言ってるんです。」
美智子は、見る見る顔を赤くした。
「ま、まあ…。そうなの?聖さんは何も言わないから…。」
とても恥ずかしげだが、何やら愛らしい。
真樹が、言った。
「あれ?美智子さん、顔が真っ赤。大丈夫ですか?」
そこは突っ込んじゃいけないところよ、真樹ちゃん。
結麻は思ったが、美智子は慌てて言った。
「あ、あらそう?とにかく、お風呂に入ってね。」と、急いで外へ出た。「待ってるわね。」
そして、ピシャリと戸を閉じる。
キョトンとしている真樹に、結麻は、作務衣の紐を解きながら言った。
「…真樹ちゃん。そこは突っ込んじゃ駄目よ。」
真樹は、本当に理由が分からないように困惑した顔をした。
「え、何かいけないこと言った?」
結麻は、ため息をついてズボンも脱いだ。
…よく考えたら、この世界にはパンツもブラジャーもないなあ。
思い出すと、何やら心もとない。
「とにかく、早く入ろう。待っててくれてるし。」
真樹はまだ困惑した顔をしていたが、頷いて急いで作務衣を脱いだ。
すると、コロンと一つ、何の変哲もない石がその懐から転がり落ちた。
「あ、何か落ちたよ?」
真樹は、急いでそれを拾った。
「…うん。大事な物なんだ。」
ただの石ころに見えたけど。
結麻は思ったが、何も言わずに頷いた。
「そうなんだ。じゃ、早く入っちゃおう。」
真樹は頷いて、そうして二人は岩で作った浴槽に二人で浸かり、体を流したのだった。