隣りの世界から
結麻と大聖は、次の日警備兵達に守られて、あの港町へと向かった。
ここから1日ほど進んだ場所なので、早朝から出て夜には到着する予定だ。
馬車に揺られながら、大聖はまだ不機嫌にしている。
結麻は、気にしないように普通に話し掛けた。
「あのね、能力者は二人居るの。瀧だけしか見てなかったと思うけど、もう一人。相良という人よ。妹さんが足を悪くしていてね、私が治療したのはその妹さんの、良子さんなんだ。そういえば、瀧の年齢しか聞いてなかったから、二人はいくつなのか分からないなあ。良子さんは2年くらい歳下かも。小柄で可愛らしい人よ。」
大聖は、チラと結麻を見た。
「…瀧は、何歳だ。」
結麻は、答えた。
「24歳。5歳の時から一人で生きて来たから、とってもしっかりしているわ。きっと大聖も、仲良くなれると思う。」
大聖は、フンと横を向いた。
「別にオレは仲良くしようとは思っていない。あくまでも監視役だ。お前はほだされてるが、相手は賊なんだぞ。お前を攫った張本人なんだからな。」
結麻は、頬を膨らませた。
「あのね!だから言ったじゃない、葛藤して決めたことだったの!それに、伊津岐様が誘導されたかもしれないでしょ?伊津岐様のご意思だろうって言ってたのに、もう忘れたの?」
大聖は、言った。
「何とでも言えるからな。お前が騙されていないと何故言える。すぐ人を信用しやがって。怖い思いをしたんだろうが。」
結麻は、ふいと横を向いた。
「…もう、いい。大聖には何を言っても無理。あなたは神社の跡取り息子で、ぼんぼんだから分からないのよ。生活に困窮するっていうのがどういうことなのか。」
大聖は、はぁ?と眉を上げた。
「ぼんぼんってなんだよ。」
結麻は、ジトッとした目で大聖を見た。
「お坊ちゃんってこと。いいとこのぼんぼんって言うの、私の居た世界では。」
言ってしまってから、しまった、と思った。
そういえば、大聖は結麻の前世を知らないのだ。
大聖は、思った通りそれを掘り下げた。
「おい、お前が居た世界ってなんだ。どこに居たっていうんだ?中之国の両親の下から離れたこともないし、後はずっと神社だろ。」
結麻は、黙ってやり過ごそうとしたが、大聖は我慢強くこちらを見て答えを待っている。
結麻は、仕方なくため息をついた。
「…前世よ前世!私、前世の記憶があるの。」
え、と大聖は目を丸くした。
想定していなかったらしい。
「え、前世だって?お前の前世は何だ。」
結麻は、また息をついた。
「…普通の24歳の会社員よ。伊津岐様と聖さんは知ってる。ここじゃなく、隣りの世界だって伊津岐様は言ってた。そこで死んじゃって、ここで生まれたの。思い出したのは、15の時の巫女の選定の儀式の時よ。私があれこれ知ってるのも…本を読んだわけではなくて、ここよりもっと発展した世界の知識があるからなの。だから、伊津岐様も聖さんも、いろいろ私の好きなようにさせてくれていたのよ。隠していたんだけど、炭窯を作り始めた辺りで、伊津岐様が気取ってお聞きになられてね…あちらはもっと便利なものが多いから、いろいろ作れって言われたの。だから、頑張ってたわけ。」
大聖は、呆れたように結麻を見た。
「お前、それ…ずっとオレに黙ってたのか?」
結麻は、頷いた。
「だって、伊津岐様が聖さんにだけ言っておくって仰ったから。話す必要もないかなって思って。俄かに信じられないでしょう?頭がおかしくなったと言ったと思うわ。あなた、私の事が嫌いみたいだったし。もっと関係がこじれるのは嫌だから、言わなかったの。真樹ちゃんにも言わないままに別れてしまったわ。お父さんとお母さんはもっと知らない。」
大聖は、ため息をついた。
「…そうか。おかしいとは思ったんだよ、次から次へと珍しいことばっか思い付くから。お前の前の世界で、普及していた物だったんだな。」
結麻は、頷いた。
「そう。でもね、これ以上は無理。だって、テクノロジーがまだ全然だから。電気がないでしょ?まず。それがないと電化製品も生まれないしね。私から見たら原始的な物を、使ったことないけど思い出してそこから始めるって感じ。」
大聖は、気を悪くしたような顔をした。
「原始的ってなんだよ。電気なんて聞いたこともないぞ。それは何だ?」
結麻は、答えた。
「電気は…エネルギーの一種。菜種油みたいな。あれも火を燃やすエネルギーでしょ?電気はね、ほら、雷あるじゃない?あれよあれ。あれの電圧が弱いやつよ。発電して、ケーブルを通して各家庭に送って、人はみんなそれで冷蔵庫…ええっと、食品を冷やしたり凍らせたりできる箱を動かしたり、クーラーっていう暑い夏を涼しく過ごす金属の箱を動かすのに使ったりしてたわ。もちろん、昼みたいに明るい電灯もあったわ。とっても便利だったの。馬より速く走る金属の箱は、ガソリンという地中を掘って出て来る匂いの強い油を燃やして進むし、空を飛ぶ金属の鳥のような形をしたものもあった。どこへ行くのもとても速かったわ。」
大聖は、驚いた顔をした。
「え、金属の箱が空を飛ぶのか?それは…興味があるな。」
結麻は、苦笑した。
「多分、まだまだ無理だと思うわ。何一つ飛行機に結び付くような物が開発されていないから。今は、この神倭の国の治安を、全体的に良くしたいと思っているわ。だって、私の居た世界では、どんな場所でも警察っていう組織の人達が、きちんと助けてくれたから、ここまで治安が悪い場所はなかったの。島の全域が安全でなければ、落ち着いて学ぶこともできないし、研究に没頭していろんなものを生み出したりもできないでしょ?治安の維持こそが、学びを助けていろいろ進んで行くのだと思うわ。」
何やら難しい事を云う。
大聖は、顔をしかめた。
「…お前がなんかもっともそうな事を真面目に言うと、おかしな感じがする。」
結麻は、ムッツリと言った。
「いいわよ、理解してくれなくても。私は24歳の記憶を15の時から持ってるから、もう27歳ぐらいの意識だし。大聖よりだいぶ大人なんだ〜。おこちゃまには分からないでしょうよ。」
大聖は、顔を赤くして言った。
「何が27だよ!お前なんか15の時でも落ち着きなかったしむちゃくちゃしてたじゃないか!むしろその歳ならオレのが大人だろ!」
結麻は、ハイハイと窓の外に目を向けた。
「良いってば。もう理解してもらおうとは思わないから。頭の固い人と話すの疲れるから、もう黙ってる。」
大聖は、それを聞いてフンと横を向くと、自分も反対側の窓へと視線を向けた。
結麻は、瀧に会ったらきっと大聖の考えが変わるはず、と期待していたのだった。
険悪な雰囲気のまま夕刻になり、瀧の結界へと到着した。
そこには何も見えないが、結麻はそこへ近付いて行って、結界辺りに手を翳して、声を掛けた。
「瀧。結麻よ。あの、お願いがあって来たの。」
すると、目の前がパァッと開けて、結界内が見えたかと思うと、瀧と相良が、家から急いで出て来るのが見えた。
結麻は、急いで姿を隠す布を上げた。
「瀧!」
「結麻!」瀧は、駆け寄って来た。「お前、なんで戻って来た。」
結麻が瀧に近寄ろうとすると、大聖が結麻の前へ出てその前に立ちはだかり、結麻の布を掛け治した。
「…お前に依頼があって来た。巫女の姿は本来、見ることはできない。これから、巫女と神主代理のオレは、この港町の現状を調査する。その際、土地勘のある巫女の警備をする者が必要だ。お前に頼みたい。報酬は、1日に付き10万金。」
瀧は、眉を上げる。
結麻も驚いた。
何しろ、破格だからだ。
大体、元いた場所の1円=1金の換算なので、1日10万円ということなのだ。
「…調べるって、何を?理由によっちゃあ受けねぇかもな。」
結麻が、言った。
「瀧、私、村の外のことは何も知らなかったの。今回こちらで、外の現状を知ったわ。まずは治安を良くしたいので、役所に掛け合うにも、情報が要るの。それを集めて、どうしたら皆が安心して住めるようになるのか、考えたいのよ。」
瀧は、言った。
「…考えは崇高だが、一筋縄ではいかねぇぞ?オレがそれを考えなかったと思うか。どうにもならねぇから、オレはここへ皆を囲って、ここの中だけでも平和にって守ってるんだ。短い間に見えてなかっただろうが、村の役人だって一枚噛んでる。自分の利益のために、港町の有力者と手を組んで、金を吸い上げてやがるんだ。お前にゃ言わなかったが、お前を攫えと依頼して来た奴も、隣りの港町の有力者だった。お前が金のなる木だと言って、更に私服を肥やそうとしてたんでぇ。根は深いぞ。巫女だ神主だに何とかできる範囲じゃねぇ。」
…役人の中に、自分に金を流す奴を有力者としてのさばらせる者が混じってるって言うの。
結麻は、確かに根が深い、と思った。
だが、ここで無理だと退いてしまったら、絶対に外は良くならない。
村の人間が、外の人々を食い物にしていいわけがないのだ。
結麻は、言った。
「…詳しい話を聞かせて。」
瀧は、眉を寄せる。
大聖は、言った。
「諦めるつもりはない。お前が知っていることを話せ。」
瀧は、相良に視線を送る。
相良は頷いた。
「…こっちだ。」瀧は、言った。「ついて来い。」
そうして、大聖と結麻は瀧について、瀧の家へと向かった。
警備兵達は、外で待機することになった。




