理解
聖矢は、しばらく黙ったが、口を開いた。
「…結麻、と呼ばせてもらおう。突然だが結麻、君は生娘だな。」
結麻は驚いた顔をしたが、ここでそれを印象付けねばと、何度も頷いた。
「はい!家の一つを明け渡してもらって、そこで何もなく生活していました!そんな素振りもありませんでしたし、身の危険も感じてはいませんでした!」
聖矢は、頷いた。
「私にも大聖にも、再会してすぐにそれが、見えて分かっていた。君は悪い扱いはされていなかった…何故なら、相手は真っ白な魂の持ち主で、心の底から善良であり、まるで神の如く、回りに居る者達まで、その存在で浄化してしまうほど強い命であるからだ。私があの時、あれらを捕らえず穏便に済ませようとしたのは、それが見えたからだ。あの中で、少しでも気質の悪い者は、我らが捕らえて連れて行ったあの、吉という男だけだったからな。なのでこれからも、私はあれらを断じようとは思っておらぬ。あの男一人で良いと思っている。」
大聖は、抗議した。
「ですが…!結麻を攫ったのは事実なのです!」
聖矢は、息をついた。
「大聖、お前はまだ若い。この世には、知らぬことも多くある。結麻は、それの一部を見てきたのだ。幸い、結麻を連れ去ったのは、数少ない善良で強い命だった。ゆえに、こうして無事に結麻は学んで戻って来ることができた。そんな偶然など、世の中にはない。これは、恐らく神の思し召しぞ。神が、分かっていてそのようになされたのだと、私は思っている。」
大聖は、目を見開いた。
「神が…賊などを使って学びを?そんなことをなさるとおっしゃるのですか。」
…やる。
結麻は、それを聞いて、思った。
伊津岐の性格なら、やる。
一生神社で伊津岐に仕えて籠もっていたら、知らない世界だった。
伊津岐は、そんな狭い世界でいいのか、世界にはまだこんなこともあり、それをなんとかする力をお前は持っているのではないのか、と、問うているように思う。
つまりは、伊津岐は結麻に期待し知らせようとしたのだ。
前世の知識で、世の中を良くして行くのは、何も何かを生み出すだけではないということを、結麻が自覚して行動することを。
神の結界から外れ、その中で足掻きながらも善良に生きている者達も居るのだということを…。
結麻は、顔を上げた。
「…聖矢さん。私、分かった気がします。伊津岐様が、ここへ行けと言った意味を。あの方は、私に見せたかったのです。この世の本当の姿というものを。神に守られているのは、何も村の中に住む者達だけではなく、外の者も平等に見ておられるということを。そして、それらが蔑ろにされている現状を、私に正せと仰っているのだと思います。」
ここは、伊津岐の結界から遠く離れた場所だ。
だが、伊津岐はそれだけでなく、他の場所も見回っていたのだ。
きっと、他の神たちも同様なのだろう。
それを、神社の中から神主達が、外を見ろとの神の思し召しだと役所へ訴えても、役所は外の見回りをするだけで、特別どうにかしてやろうという雰囲気ではない。
神主達も、現状をつぶさに見たわけでもないので、それで神の意思は守られていると、細かくこうしろとは指示を出さない。
そして神は、人の選択に細かい所まで口を出せない決まりがあり、具体的にこうだからこうせよ、とは、言えないのだ。
人が悟って動くのを、待つしかないのだ。
伊津岐は、結麻に瀧を使って巫女という立場から抜け出させ、そしてそれを見る機会を与えてくれたのだ。
結麻は、言った。
「…聖矢さん、私、やっぱりもう一度、瀧達が居た所へ戻ります。」え、と大聖が驚いた顔をするのに、結麻は続けた。「今度はきちんと巫女として。あの港町を起点に、外の人達の現状をしっかり調べて、それを改善して行けるように、情報を集めます。そして、役所を動かして策を練ります。私にはそれができると、伊津岐様は思っておられるのです。そのご期待に、応えねばなりません。」
大聖が、割り込んだ。
「待て、結麻、巫女だというだけでも回りから狙われるのに!あれからオレの留守に調べて、今回のことだけでなく、オレ達が通る街道上にはそんな企みが多くあったと佐伯から報告を受けている!帰りは海から帰るべきかと、話をしていたところなのに!」
結麻は、言った。
「瀧の結界内は問題ないわ。」結麻は、反論した。「瀧を雇えば良いと思うわ。あの人は本当に優秀な人で、器用だし頭も良いしあの辺りの治安も良く知ってる。あそこに滞在して、瀧について来てもらって町中を調べて行けば、危ないことなどないわ。平気よ。」
大聖は、それでも首を振った。
「賊を雇うなど…!」
「待て。」聖矢が割り込んだ。「結麻は間違っておらぬ。私も伊津岐様のご翻意は、そこにあると思う。お前も見ただろう、あの男は自覚はないが、我らよりずっと強い力がある。神ではないかと思うたほどぞ。伊津岐様なら恐らく、あの男の正体もご存知なのだろうが…お話しくださらないだろう。だが、あの男が結麻を守るのならば、問題はない。」
大聖は、歯ぎしりした。
「…では、オレも行きます!」え、と結麻が驚いた顔をすると、大聖は言った。「あいつは確かにこの数日、結麻に手を出さなかったかもしれない。でも、結麻が油断するのを待っていたのかもしれません。こいつは能天気だから…気付いていないだけなのかも。」
聖矢は、頷いた。
「もとよりお前にも、行けと言おうと思うておった。」え、と二人が驚いた顔をすると、聖矢は続けた。「大聖、お前も学んで来るのだ。良い機会ぞ。伊津岐様が与えてくださったのだ。まず、これを言っておこう…伊津岐様は、大変に過保護な神。己に仕える者達が、苦しむ様は例え結界外でも見たくはないとお考えぞ。この騒動の間、伊津岐様は姿を現したか?」
結麻は、悟って見る見る驚いた顔をした。
そうだ…伊津岐様は過保護…。
なのに、一度も伊津岐様が話し掛けて来ることすら、なかった。
気配も感じなかった。
つまりは…そういうことなのだ。
大聖は、言った。
「…伊津岐様は分かっていて見ておられただけだと?オレが、あちこち結麻を追い掛けて探すのも、あなたを頼って共に探しているのも?」
聖矢は、頷いた。
「私は、そう思う。途中、そうではないかと思い始めていた。伊津岐様が全く気取れないなど、結界を離れても一度もなかったからな。私がここで、伊津岐様に会っていないと思うか?三日に明けず、調子はどうかと訪ねて来られるわ。」
まじか。
結麻は、知った事実に呆然とした。
つまり伊津岐は、やはり知っていて遠く見ていたのだ。
恐らく気取られないように気配を隠して、間近におられたかも…。
…だったら、話し掛けたら良かった。
結麻は、何やら肩の力が抜けた。
つまりは、やっぱり伊津岐の守りの中にいるのだ。
全部手の平の上で見ているような状態だったのだろう。
大聖が、ムッツリと言った。
「あんなに思い詰めていましたものを。結麻がかどわかされていたら、自分の相手にしてもらおうとまで思って。」
結麻は、え、と大聖を見た。
「え、あなた私を相手に選ぶつもりだったの?!」
大聖は、ジトッとした目で結麻を見た。
「そうなったら、お前がつらいだろうと思ったからだ。お前みたいに回りに守られて生きてたやつが、急に回りに蔑まれて生きるなんて不憫だと思って。神社の中なら、外からの声もそう、聴こえて来ないしな。」
結麻は、真っ赤になった。
「え、え、ごめん。そこまで考えてくれたんだ。あの、でも大丈夫よ。私何もなかったから。そもそも伊津岐様が見てたなら、あのおっさんも手を出せなかったわよね。ごめんね、そこまで責任感じてくれてたなんて、思ってもいなくて。」
大聖は、息をついて小さく言った。
「…ま、心配だから別にお前でも良いんだけどな…。」
結麻は、よく聞き取れなくて、顔をしかめた?
「え、何?」
大聖は、首を振った。
「いや別に。とにかく、オレもついて行く。お前が見て来たものを、オレも見て学ぶよ。」
結麻は、大聖も知る気になってくれたと、明るい顔をした。
「うん!ありがとう、一緒に調べて対策を考えよう!」
聖矢は、苦笑してそれを見ていた。
世の中が、この若者達によって変わって行くような気がしていた。




