退役神主の里
結麻は、大聖と共に馬に乗って、退役神主の里へと向かった。
途中、吉のことは迎えに来た南之国の警備兵に引き渡し、それからは大聖と聖矢とずっと一緒だった。
神主の里に着いたのは、もう日もとっぷりと暮れた時間で、そこには結界があるようで、ただの荒野にしか見えなかったが、鳥居がぽつんと一つ、あるのが見えた。
その鳥居をくぐると、外から見えていたのとは、また違った景色が広がっていた。
そこは、荒野ではなく、しっかりとした村になっていて、美しい木造の屋敷が間を空けて立ち並ぶ、とても清々しい場所だった。
脇の、入り口近くの建物の中から、佐伯を始め、見慣れた警備兵達が、一斉に出て来て、膝をついた。
「おお、巫女様!よくご無事で!」
大聖は、サッと結麻の前に立つと、言った。
「姿を見てはならぬと決められている。旅の間に姿を隠す布を失くしてしまったので、すまないが君達は、結麻が祖父の屋敷へ到着するまで、こちらに背を向けていてくれないか。」
佐伯は、頭を下げた。
「は!仰せの通りに。」
とはいえ、ここに居る皆は、今結麻の姿を見たはずだった。
だが、全員がこちらへ背を向けて、結麻が立ち去るのを待ってくれた。
結麻は、顔を見せてはいけない生活をしていた事実を思い出し、何やら寂しい気持ちになった。
瀧の集落では、皆と笑い合って走り回っても、誰も咎めはしなかったのだ。
…良子さんの、包帯は換えているかしら…。
結麻は、思った。
まだ、傷が塞がったばかりで、無理をしたら裂けそうな段階だった。
できたら、きちんと治るまで見守っていたかったが、そもそも行っても良い場所が決まっている結麻には、巫女をやめない限り、二度と行けない場所だった。
瀧には、また来ると言ったが、もう二度と行けないかもと、あの瞬間思ったのだ。
瀧と最後に目があった瞬間を、結麻は忘れることができない。
瀧が何を言いたかったのか、自分は何を言いたかったのか、あの時には、全く分からなかった。
が、今こうして時間が経つと分かる。
あなたはとても優秀で、特別な人間よ、と、瀧に言ってあげたかった。
頑張っている瀧の、手助けをもっとしておいてあげたかった。
相良にも、挨拶しておきたかった。
いろいろ思い出すと、心の中がぐちゃぐちゃになって、なぜか泣きたくなった。
自分は、皆に何かを残すことができたのだろうか。
聖矢の屋敷へと入って行くと、聖矢に仕えているという、初老の女性が出て来て、頭を下げた。
「結麻様。どうぞ、湯あみをしてお着替えを。ご準備してあります。」
結麻は、頷いた。
「はい。ありがとう。」
結麻は、言われるままに風呂に入り、準備されてあったあの、白い着物に薄い紫の袴に着替えた。
そして、髪を後ろで束ねて縛ると、座敷の方へと案内されて、向かった。
その前に、着ていた良子の作業着は、残しておいてくれるように、その世話人の女性に頼んだ。
座敷では、聖矢と大聖が、並んで座って待っていた。
結麻は、頭を下げた。
「改めまして、聖矢さん。この度はいろいろとお世話をお掛けして、誠に申し訳ございませんでした。お会いできまして、嬉しく思います。」
聖矢は、頷いた。
「よく参ったな、結麻殿。ここは、退役した神主たちが集う里だ。ゆっくりして行くといい。だが、その前に、今回の経緯を教えてもらえるか。君は、あの宿から攫われたのだな。」
結麻は、顔を上げた。
「はい。私がなぜか目が覚めて、起き上がると枕元には水差しがありませんでした。不思議に思って、隣りの部屋の大聖に声を掛けると、大聖から返事なく、少し襖を開いてみました。そうしたら、大聖はおらず、何かあったのかもしれないと思い、警備兵達の所へ行っておいた方がいいだろうと、袴を履いて姿を隠す布を被って、別棟へと向かいました。すると、別棟の警備兵達は皆眠っており、驚いて奥へと向かった先でも皆、眠ってしまっていて…そこへ、知らない男達がやって来ました。強い衝撃を頭に受けた後、気が付けば彼らの一時的なアジトに、連れて来られていました。」
大聖が、頷いた。
「そこで、依頼した男に引き渡されたのだな。」
結麻は、頷いた。
「そうよ。それで、私が抵抗するから、その男はあろうことか馬車の中で襲い掛かって来たの。私、足でその男の腹を蹴って近づけないように突っ張っていたけど、これ以上は無理かもしれないって思っていた時に、あの瀧っていう男が馬車を乗っ取って、その腹心の相良が中へと入って来て、その男を捕まえて、外へと放り出してくれたの。そのまま、馬車は内之海の港に停まっている船へと向かって、私はその船に乗せられて、あの場所の近くの港まで連れて行かれたの。」
大聖は、言った。
「オレも追い掛けていたんだ。あの男達は、能力者だったな。」
結麻は、また頷いた。
「ええ。私も驚いたけど、あの瀧という男と、相良という男には、能力があった。風を操って、船を進めていたの。あなたの気配も、気取っていたようだったわ。途中で私を海へ放り込むこともできたし、現に連れて行くことに反対していた仲間もいたけど、瀧は私を最後まで一緒に連れて行ってくれたわ。港に着いたのは夜だったし、あの場で放り出されていても、危なかったみたい。治安が、村の中とは考えられないほど悪いの。私…知らなかった。あんな風に、生活している人達が居るなんて。」
大聖は、むっつりと言った。
「それでも、誰かに助けを求めることはできたんじゃないのか。港には多くの人がいた。騒げばそれらが気取って、保護してくれたのでは。」
結麻は、首を振った。
「あなたは知らないのよ。村の中のように、誰かが困っているからと、助けてくれるような人は皆無だわ。皆、自分に火の粉が掛からないように、見て見ぬふりをする人達ばかりよ。瀧は、両親を亡くして唯一の肉親だった祖母も亡くし、たった5歳で一人きりになったわ。隣りの男に嵌められて、両親は殺されてお金も取られていた事実を後で知ったみたいだけど、親を失った子供なんて誰も助けてくれなかった。そんなときに、覚醒したのだと言ってたわ。両親を陥れた男には、糾弾したけど殺さなかったと聞いた。両親のお金を取り戻した後、あの土地を買ってそこに小屋を建てて、そして自分と同じような境遇の子供を拾って一緒に暮らしていたみたい。今では、それぞれ子供が居たりで、大所帯になって…それをこれから先も養うためには、何か事業を始めるよりないと思ったみたい。それにはお金が要るから…それに…大聖、あなたは知ってた?外の人達は、療養所に診てもらうにも、お金が要るって。」
大聖は、眉を上げた。
「…それは…税金を払っていないから。だが神社は無償だろう。」
結麻は、首を振った。
「神社では血の穢れを嫌って、止血やその他の外科処置が終わってからでないと診てくれないわ。療養所で処置を終えて、薬草をもらって来てもらうしかないの。しかも、療養所はそれにもお金を取るのよ。そして、村の中の人が診察予約を入れて来たら、後回しにされる。外の人は、お金を持っていてもすぐには診てもらえないし、そもそもお金がないと傷すら診てもらえないの。私…療養学科で学んでて、ほんとに良かったと思った。女の子が一人…ちょっと転んだだけで5年も寝込んでしまっていたの。何よりその治療に、膨大なお金が要るから、瀧は悩んだ末に私を攫う依頼を受けたの。私はそれを知って、治療をしたわ。薬草の使い方も教えた。」
大聖は、驚いた顔をした。
「お前、そんなことをしたらあいつらは金のためにそれを…!」
「…待て、大聖。」聖矢が割り込んだ。「…そやつらなら、漏らさぬと思ったのか。」
結麻は、頷いた。
「はい。神様は、外の人達のことも見捨ててはおられなかった。何故なら、側の森には雑草などほとんど生えて居らず、珍しい薬草まで群生しているような状態でした。助けてやろうとしておられるのは、それで分かりました。なので、お金儲けには絶対に使ってはいけない、それをすると神様に全て取り上げられてしまうと重々教えて、簡単な薬草の使い方を教えました。私は彼らを信じています。」
大聖は、険しい顔で黙っている。
聖矢は、何を思っているのか分からない無表情で、結麻を見つめていた。




