知識を
結麻は、とにかく早くいろいろな事を教えて、実践は後でもいいと、炭焼きのことからゴムの事、菜種油の精製からそれを使った食事まで、必死に皆に教えた。
大体が、相良と瀧に教えたら、さっさと理解した二人が皆に伝えてくれるので、結麻は助かっていた。
もう、あれから六日も経つが、まだ大聖はここを見つけていないようだ。
瀧は結界があると言っていたので、それのせいで見つけられないのだろうと思っていた。
今は、瀧が皆をグループに分けて、それらを炭焼き班、菜種油班、調理班と決め、それらにしっかり教えて行った。
瀧自身はもう、炭焼きの原理もしっかりと理解していて、失敗しても何が問題だったのか、自分で解決して考えてくれるので、結麻には言う必要はなかった。
炭は村では普及しているとはいえ、まだ炭焼き職人は村にでも少なかった。
なので、ここで炭を生産できるようになったら、ここでも使えるのはおろか、多く作り出して外へと売りに行くこともできる。
ここへ潜んでノウハウの盗もうとする輩が出ても、瀧と相良の結界がしっかりと守っているので、その辺の人はこの中には入って来れない。
菜種油も、最近では需要が増えて生産が追いついておらず、高値が更新されているので、それを生産できたらいい稼ぎ口になるはずだった。
もう、種を撒くには少し遅い時期だったが、瀧にはあの、力がある。
それで何とかしよう、と、菜種の種を多めに仕入れさせて、それを使う事になった。
これで三月には花が咲き、種がついて、油の生産ができるだろう。
これだけの人数が居れば、その技術は子供にも受け継がれて、みんな幸福に暮らせるはずだ。
口頭でしか教えられないのがもどかしいが、瀧ならしっかり理解して、問題が起こっても自分で解決策を見つけるだろう。
そんな信頼感が、僅かな間に生まれているのに自分でも驚いたが、しかし結麻は、今では瀧に出逢えて良かったと思っていた。
なんだかんだ、回りに守られて生きて来た結麻にとって、自分一人で不幸に立ち向かって生きて、その上回りまで助けて穢れもせずに前向きに生きている、瀧という人が、シンプルに凄いと尊敬しているのだ。
自分なら、家族を殺された時点で、きっと恨みで真っ黒に染まってしまったと思うのだ。
父と母が、理不尽に命を奪われたと思うと、きっと前向きになど生きられない。
力を持っていて、犯人を追い詰めたなら、きっと息の根を止めてしまっただろう。
だが、瀧は思い留まってそこまではしなかった。
世の中には、そんな人も居るんだと、結麻は初めて知ったのだ。
毎日が充実していた七日目の朝、瀧が結麻に貸してくれてる家へと入って来た。
「結麻、起きたか?」
結麻は、頷いて髪を束ねながら、答えた。
「うん。ごめんね、畑仕事の前に起きられなかったわ。」
瀧は、首を振った。
「お前は充分やってくれてるよ。いろいろ教えてもらって、考えてた新しい事業より、こっちのが確実だと思って喜んでるとこ。炭焼きもみんなに任せられるようになって来たし、オレは車椅子でもどんどん作って、歩けなくなった人達に配ろうかなって思ってる。あの港町には、良子みたいな子も居るんだ…家の中で、羨ましく外見てるだけの子が。持って行ってやったら、喜ぶかなってさ。」
本当に、他人の事ばかり考えてるのね。
結麻は、苦笑した。
瀧は、お金に困っていなければ、きっとそうやって皆を助けて生きて行きたかったのだろう。
車椅子を、売ろうと思えば売れるはずなのだ。
それなのに、無償で配ろうと考えるところから、瀧の性格はよく分かった。
結麻は、言った。
「そうね。きっと喜ぶわよ。あなたなら、もっと改良して作って行けるんじゃない?ほら、主婦の人だったりしたら、お買い物に行ったりしたいし、荷物を置く籠みたいなの、足の下に着けてみるとか。どう?」
瀧は、お、と手を叩いた。
「それ採用!だよな、手が塞がるから荷物が困るもんな。作ってみるよ、お前はほんとに賢いな!」
瀧は、結麻の頭をガシガシと撫でた。
「ちょ、やめてよ!もっと丁寧に撫でて!髪がぐちゃぐちゃになるでしょ!」
瀧は、ハハハと笑いながら、家から飛んで出た。
「良いじゃねぇか、顔が良いんだから、髪ぐらいそんなでもよー。」
結麻は、瀧を追い掛けて外へと駆け出した。
「こら!瀧!」
すると、外へ笑って出て行ったはずの瀧が、そこに棒立ちになって何かを見ている。
「え?」結麻は、急いで瀧の横へと走って行った。「どうしたの、瀧?」
瀧は、じっと一か所を見つめている。
その視線の先には、見た事のないみすぼらしい男と、大聖と大聖によく似た、聖ぐらいの歳の、男性の三人が立って、こちらを見ていた。
「え」結麻は、前へ出て叫んだ。「大聖!」
大聖は、険しい顔で結麻の背後の瀧を睨んで、みすぼらしい男の襟首をつかんだまま、そこに立っている。
「結麻。」大聖が、厳しい口調で言った。「こっちへ来い。」
大聖は、誤解している。
いや、誤解というか、確かに攫ったのは瀧だし、大聖は結麻を心配して助けに来てくれたのだ。
なので、自分が言わなきゃと、結麻は必死に言った。
「大聖!違うの、私はずっと大切にされていたわ!めっちゃ腹の立つおっさんが私を攫う依頼をしてね、だから瀧達は私を攫ったけど、その後あの男に連れ去られそうになった時、あのおっさんが馬車の中で私に襲い掛かって来てね。それを見かねて、瀧が助けてくれたのよ!そうでなきゃ、私はとっくにおっさんに良いようにされてたの!あなたは追い掛けてくれたけど、あのおっさんに連れ去られる前には着かなかったわ。瀧のお蔭で、私は無事だったの!ほとぼり冷めたら、南之国に連れて行ってくれることになっていたのよ!」
大聖は、言った。
「攫うという行為自体が犯罪だ!巫女の顔を見るのも、話すことすら許されていないんだぞ!それを、攫った上にこんな場所に閉じ込めて…オレを騙してお前から引き離した、こいつを捕えていたので案内させて来たんだ!」
大聖は、後ろ手に縛られたままの、男をそこへと転がした。
…もしかしたら、吉とかいうゴミ屋敷の住人?
結麻は、思った。
こいつが、ここへ案内して来たのだ。
もちろん、大聖と神社に帰りたいし、大聖が自分を探して一生懸命動いてくれたのは分かる。
だが、今の頭に血が昇ったような状況で、きっと結麻が何を言っても、大聖の頭にこちらの言葉は入って行かないだろう。
今のタイミングで、会いたくはなかった。
とはいえ、だったらいつ会いたいかと言われたら、それも分からなかった。
横に居る、大聖とも聖ともそっくりの男が、言った。
「…落ち着け、大聖。」と、結麻を見た。「結麻さんか。私は、大聖の祖父の聖矢だ。君は、ここで不当な扱いは受けていなかったのだな?」
結麻は、何度も頷いた。
「初めてお目に掛かります、聖矢さん。はい、私はこちらで、とてもよくしてもらっていました。こちらへ連れて来たら、こうしてここが発覚して皆、捕まるかもしれないのに、別の場所に放置したり、ましてや海へ放り捨てることもせずに、ここへ連れて来て、保護してくれていました。誘拐したことは、確かに褒められたことではありませんが、それにはワケがあることを、ここへ来て知りました。ですから、どうか穏便に。私が連れ去られてしまったせいで、皆にご心配をお掛けしたのは謝罪します。理由を知りたいと仰るのなら、私がお話ししますから。」
聖矢は、頷いた。
「大聖、ここは穏便に。騒ぐと結麻の評判にも傷がつく。まだ、攫われて見つかっていなかった事実は皆に告示はされていない。すぐに取り返したとした方が、後のことも綺麗に処理できる。」と、結麻を見た。「結麻さん、ならば一緒に帰るのだ。そして、我らにその、君が知る理由を話すといい。ただ、犯人は必要だ。この男を、犯人として連れて行く。それでいいな。」
転がされていた男は、え、という顔をして、瀧に救いを求める視線を向けたが、瀧は頷いた。
「その男は、一応仲間だが、今この瞬間に仲間ではなくなった。」と、吉を見下ろした。「お前、何があってもここは明かしてはならないと、皆で誓い合ったのを忘れたのか。結界内に入れる呪はお前から外しておく。せめて、皆の罪を背負って役に立つといい。」
吉は、必死に瀧に縋った。
「瀧、お前はそんな奴じゃないじゃないか!オレが何をしたって、ここを追い出したりしなかったじゃないか…!それなのに、ここを出て行けって言うのか?身寄りのないオレに…?」
瀧は、吉を見下ろした。
「その言葉に騙されて、皆に迷惑をかけるのに今までここへ置いてしまったオレの責任だ。すまないが…皆のためだ。」
「瀧…!!」
その話し合いの間、大聖が、結麻に手を差し出した。
「結麻。来い、帰るんだ。退役神主の里へ。」
結麻は、その手を取って、頷いた。
「ええ…。」
瀧が、結麻を見た。
「結麻…、」
結麻は、振り返った。
「瀧、また来るわ!きっと、またここへ来られると思う。今は、行かなきゃ。みんなにも、よろしく。」
瀧は、じっと結麻を見つめていたが、頷いた。
「…そうだな。」
そうして、結麻は大聖と聖矢に連れられて、吉という男も共に、そこを出た。
その様子を、急いで出て来た集落のみんなが遠く見守っている。
瀧は、ずっとそこに立って、結麻が去って行った場所を見つめていたのだった。




