日々
結麻は、そのまま穏やかに毎日を過ごしていた。
その場所の男達は皆親切で、基本善良な気を発しているし、その妻も子供達も、とても無邪気で本当に過ごしやすい。
悪い気に対して敏感な結麻も、全く苦しいことはなく生活できていた。
良子の容態は、日に日に良くなって来ていた。
毎日相良が傷口を消毒し、結麻が浄化の力を体に流し、薬を煎じた物を一日四回食後と寝る前に飲んで、食欲も出て来たし、起き上がっていることが多くなって来た。
そんな中で、結麻に指示をされて瀧が一生懸命車椅子を作り上げた結果、それは完璧な状態で仕上がって来た。
何しろ瀧は優秀で、結麻が何を言っているのか、言いたいことを1を言えば10を、いや12を知るほどすぐにくみ取ってくれるので、めちゃくちゃ円滑に進むのだ。
ゴムの精製も、その性質をすぐに理解してさっさとこなしてしまった。
…なんであの人こんなに優秀なのよ。
結麻は、瀧を見る目が最初の頃とは180度変わってしまっていた。
「ほら!」瀧は、自慢げに言った。「できたぞ!お前が言ってたのはこれだろ?それに加えて、坂道で転がり出したら自分で止められねぇんじゃないかって思って、ここにブレーキも着けた。ほら、こうして引っ張ったら止まるんだ。」
結麻は、大喜びで手を叩いた。
「すごいすごい!そうなのよ、ブレーキも要るよね。すごいわ瀧、尊敬する!天才!」
フフンと瀧は胸を張った。
「だろ?もっと褒めろ。ここじゃ誰もオレが何をやっても褒めてくれねぇの。」
相良が、呆れたように言った。
「だからお前が何でもできるのは、当然だってみんな思ってるんだから仕方がないだろ。」と、車椅子を見た。「これが、良子が外出する時に乗る車か?」
結麻は、頷いた。
「そうなのよ。そろそろ外の空気も吸いたいでしょ?絶対、お日様の下に出た方が体にいいもんね。」と、車椅子を押した。「こうして後ろから押していけるし、一人で移動したい時は、車輪を回して進めるの。さあ、一度試してみて。」
相良は、半信半疑でそれを押して良子の部屋へと行く。
部屋の中では、良子が椅子に座って窓の外を見ていた。
「良子、瀧が車椅子とかいうのを作ってくれたぞ。結麻が作れって言ったらしい。一回乗ってみろ。」
そうして、良子は左足で立ち上がると、相良に手助けされてそこに座った。
「…この茶色いの、木じゃないのね。」
結麻が、頷いて答えた。
「それはね、ゴムっていうの。ゴムの木っていうのから出て来る白い液体にね、酸を加えて固めるとそんな風になるんだけど、結構弾力があって、石が多い場所でも走りやすいわ。とはいえ、使っていると削れて来るから、また新しいのを巻き直さなきゃならないけどね。それは、瀧がやってくれるわよ。」
瀧は、頷いた。
「そうそう。すぐ作ってやるから安心しろ。」と、相良をせっついた。「早く押せって。絶対快適だから。」
相良は、頷いて後ろからそっと車椅子を押した。
造りが良いので、スルスルと何の抵抗もなく、車輪は動いて行った。
「まあ凄い!」良子が、歓声を上げた。「とっても楽よ!外に出られるわ!」
相良は、そんな良子に頬を弛めながら、外へと足を踏み出した。
良子は、青い空を見上げて、目を細めた。
「…こんなにハッキリと空を見たのは、いつぶりかしら…。気分もいいし、体も軽いの。片足だったら立てるし、右足も、支えるだけなら踏ん張れるわ。だから、そんなに大変だと思ってない。」
結麻は、頷いた。
「絶対、少しずつでも動いた方がいいわ。筋肉というのがあってね。それは、使わないと衰えてしまうの。だから、もしかしたら頑張っていたら、その状態でも少しずつ歩けるかもしれないわ。しっかり動いて、疲れたら車椅子を使って、これから楽しく過ごしてね。」
良子は、結麻に頭を下げた。
「巫女様、ありがとうございます。私、もう二度と起き上がれないと思っていて。このまま死ぬのかなあって、ぼんやりと思っていました。でも、お兄ちゃんを置いて行くのが心配で、どうしたらいいのか分からなかったんです。これで、お兄ちゃんを助けてあげられる。本当にありがとうございました。」
結麻は、慌てて手を振った。
「私なんか、大したこともできないのよ。知識があることもあるけど、修羅場をくぐったこともないし。だから、気にしないで。やっと役に立って、私も嬉しいわ。」
瀧が、嬉し気に言った。
「使い方を教えてやるよ。自分で進もうと思ったら、ここをこうして手で持って前へ…そうだ、で止まりたい時はこれを引っ張ったら止まる。」
瀧が、良子に嬉々として説明して、あちこち進んでいく。
相良は、車椅子から手を放して、それを見守った。
そして、結麻に言った。
「…ありがとな。」え、と相良を見ると、相良は言った。「お前を置いて行けとか言ってすまなかった。オレだって、置いていったらどうなるのか分かってたのに。自分達で連れ出しておいて、利用してその辺に放置なんて、あの依頼者の男と同じだ。瀧が結麻を助けたのは正解だよ…あいつは、分かってたんだ。お前を見捨てるのは、良子を見捨てるのを同じことだってことを。同じ女だもんな。オレが間違ってたよ。なのに、良子を助けてくれてありがとう。感謝する。」
結麻は、相良がそんな風に言ってくれるとは思っていなかったので、驚いて顔を赤くして、言った。
「…そんな、改まっていいわ。結局私を、ここへ連れて来てくれたんだから。ま、連れて来たのは瀧だけど。」と、良子と笑いながら車椅子で走り回っている、瀧を見た。「…あの人、なんか誰かに似てるって思ったら、私なのよね。」え、と相良が仰天した顔で結麻を見ると、結麻はじっとりと相良を見た。「…違うわ、優秀だってところじゃないわよ?あの、いつでもポシティブでよく笑うところ。私のことだって、連れて来て何にも先のことを考えてないみたいだったし、どうにかなるって楽観的で。ああいうところ、私もそうだったなって思ったわ。よく大聖に言われたの。前向きなのが良いことばかりじゃないぞって。でも…考え無しなあの人のお蔭で、助かったのも確か。私がここを出るまでに、いろいろ残して行ってあげたいわ。だってあの人、全部自分が面倒を見て当然だって思ってるもの。でも、一人で背負うのって大変よ?…相良が、助けてあげてるんだろうけど。だから、大切にしたいって思ってるんじゃないかな。ま、数日しか一緒に居ないのに、分かったように言ってるけど。」
相良は、車椅子に寄って来た子供達にも説明して、楽しげにしている瀧を見ながら、言った。
「…そうかもな。あいつは、何でも一人で出来るヤツだから、オレ達も任せて安心だって頼ってばっかりだった。だから、あいつに従ってれば間違いないと思ってて…。」と、結麻を見た。「結麻を攫う依頼を受けようと決めたのも、助けようと決めたのも、全部あいつだ。結果的には、受けたことで金は手に入ったし、助けたことで良子もこうして助かった。だからみんなは喜んでるが、結麻を攫う依頼の件は…めっちゃ悩んでたのを知ってる。あいつは、人殺しの依頼だけは受けたことがなかったが、今回のは人攫いだから…良子のこともあったし、ここも子供が増えて来て食うのに困って来てた。金を手に入れて、新しい商売を始めないとこれから先が立ち行かないのは分かっていたんだ。苦渋に決断だっただろうよ。あいつにだけ、いろいろ押し付けてしまって悪かったなと思ってる。」
…やっぱり、悩んでいたのね。
結麻は、子供達と良子と遊ぶ、瀧を見ながら思った。
少しでも、ここの人達のこれからが良くなるように、私が何かを残して行けたら…。
結麻は、大聖が探しているのは分かっていたが、どうしてもそれを成してから、ここを出たいと思って、今は来ないでと空に向かって、願ったのだった。




