手術
その手術は、深夜にまで及んだ。
同じように布を口に巻いた瀧と相良に見守られながら、結麻は必死に患部を丁寧に切って、削って行った。
幸い、二人が頑張ったので、骨は侵食されていない。
やはり、二人の力が良子を守り続けていたからで、これは奇跡だった。
思っていたより、完全に腐り切った場所は少なかったが、それでも大きく脛の大半の肉を失うことになる。
それの再生は、恐らく無理だった。
「…これで、腐った箇所は取り除けた。このまま閉じるのも、なんとかこっちとこっちを引っ張ったらできそう。でも、歩けなくなるかもしれない…というか、多分まともには歩けないわ。」
相良は、言った。
「命の危険がないならいい。オレがこいつの面倒を見るから。たった一人の妹なんだ…こいつには苦労させて、やっと瀧にここへ入れてもらって落ち着いたってのにこんなことに。もっと楽しい事をさせてやりたいんだ。それだけだ。」
結麻は、頷いた。
「じゃあ、閉じるわね。」と、絹糸を手に取った。「…真樹ちゃん。」
瀧が、眉を上げた。
「真樹?誰だ?」
結麻は、答えた。
「私の親友。一緒に巫女になったの。あの子はとっても器用な子で、いつも私の隣りで、実習の時にはアドバイスをくれたわ。あの子みたいにできたらって…上手く行く呪文みたいなものよ。」
結麻は、針に糸を通す。
実習で使ったのは、釣り針のような湾曲した針だったが、贅沢は言っていられない。
「へえ。その親友の話は聞かないな。お前は有名だけどよ。」
結麻は、険しい顔をした。
「…もう、亡くなったの。」と、患部に向かい合った。「私を助けようと、穢れを持って黄泉へ渡って行ってしまった。私があの子を殺してしまったようなものなの。」
瀧と相良は、驚いた顔をして顔を見合わせる。
結麻は、真樹がどんな感じにやっていたのか、必死に思い出しながら、針を刺した。
良子はまだ、穏やかな寝息を立てていた。
できた…!
結麻は、やっとのことで傷口の縫合を終えると、そこを準備してあった消毒用の薬草の汁をたっぷりとかけて洗い、そうして大きな葉を貼り付けて止血と消毒を済ませると、布を巻いた。
これで、後は良子を起こして薬を飲ませ、また眠らせたら終わりだ。
後は、良子の体力次第だった。
良子に薬を飲ませるのは相良に任せて、結麻は汚れた手をゴシゴシと水で洗いながら、なんとかやり遂げた、と思ってため息をついた。
瀧が、後ろからやってきて、言った。
「お疲れ。思ったより時間が掛かったが、これで良子は助かった。礼を言う。」
結麻は、首を振った。
「まだわからないわ。これから毎日傷口を洗って、薬を飲ませて経過を見ないと。それより、歩けなくなると不便だから、元気になることを想定して、不自由しないように考えましょう。車椅子があれば良いんだけど。」
瀧は、眉を寄せた。
「車椅子?なんだそれ。」
結麻は、息をついた。
「そっか。無いもんね。だったら作ろう。木はあるし、森でゴムの木も見たわ。あれでゴムを作って車輪に付けて、デコボコ道でもスムーズに動けるように考えましょう。あなた、木工は得意?」
瀧は、頷く。
「ここにあるもんは全部オレが作った。家を建てたのもオレ。後はやり方教えて、みんなにさせてるけどな。」
ほんとに器用なのね。
結麻は、感心して言った。
「あなた、できないことあるの?何でもできるじゃない。しかも能力持ちだし。村に居たらすっごい高い地位に居たわよ。今頃役所で働いてたんじゃないの?いったい何歳なのよ。」
瀧は、答えた。
「歳?オレは24だ。」
え、前世の私と同じじゃない。
それで、こんなに苦労してみんなを養って、しかも何でもできるの?
「…ほんと、もったいないわね…どうして賊なんかになってたのよ。」
瀧は、横を向いた。
「うるさいな。ここにはオレ一人じゃねえんだよ。みんなを養うには、やりたくねぇ事でもやらなきゃ無理なんだ。生きてるんだからな、みんな。」
その通りだ。
皆生きているのに、村の外だと言うだけで、こんなことになるのはおかしすぎる。
結麻は、早く伊津岐と話したい、と思っていた。
瀧は、くるりと後ろを向いた。
「もう寝る。お前も寝ろ。朝ちょっとゆっくり寝ててもいいから。じゃあな。」
瀧は、そこを去って相良の家に入って行った。
結麻は、そんな瀧の後ろ姿を、複雑な思いで見送ったのだった。
一方、大聖と聖矢は、護送している馬車の一団を見つけた。
離れた位置に降り立って、飛んで来た事を隠して待ち受けていると、馬車を護衛していた警備兵が、走り寄って来た。
「大聖様!佐伯からは、もう退役神主の里におつきになっていると聞いたのですが…。」
大聖は、頷いた。
「着いた。が、どうしても、捕らえた男に話を聞かねばならなくなった。宿の主人と女将はこのまま連れて行け。私を謀った男はどこだ。」
警備兵は、頷いた。
「後ろの馬車に。」
大聖は、言った。
「では、私がそちらを連れて行く。君達はこのまま、他の二人を護送していけ。」
警備兵は、躊躇う顔をした。
「しかし…お一人で大丈夫ですか?」
ふと見ると、祖父の姿がない。
いつの間にか、どこかへ隠れているようだ。
大聖は、頷いた。
「問題ない。行け。」
警備兵は、頷いた。
「は!」
そして、他の警備兵に頷き掛けると、そのまま馬車を護衛して進んで行った。
それを見送ってから、大聖はもう一つの馬車を開いて、中を見た。
男は、扉を開いたのが大聖だと気付くと、ブルブル震えて必死に叫んだ。
「お許しを!どうか!オレは命じられてやっただけなんです!」
大聖は、その男に詰め寄った。
「…南の港町に拠点があるな。お前の主人の名は。」
男は、答えた。
「瀧!瀧です、あいつは化け物で…手から火を出すし、力を入れなくてもあちこち壊しちまう!だから、だから怖くて逆らえなかったんです…!」
…手から火。
大聖は、納得した。
やはり、相手は能力者なのだ。
「その、瀧の居場所に案内しろ。」大聖は、男を睨んだ。「今すぐに!」
大聖は、いきなり男の腕を掴むと、空高く飛び上がった。
「ぎゃああああ!!」
男は、悲鳴を上げた。
「近くまで連れて行く!方向を示せ!」だが、男から答えがない。「おい!?」
ふと見ると、男はもう、気を失っている。
すると、どこからともなく祖父の聖矢が現れて、言った。
「大聖、それでは駄目だ。こいつは人だし、こんな騒がしいものを連れて飛んでいたら、人の目につく。ここは、時間は掛かるが馬車の中に入れて、こいつを連れて街道を行くしかない。」
大聖は、聖矢に言った。
「そんな!こいつ一人だけならここから陸路で10日は掛からないと思いますが、それでもどうしても七日は…!!」
聖矢は、言った。
「大聖。我らは、人の子と共に生きている。絶対に、多くの人に我らが飛行する姿を見られてはならない。一人二人ならいい。世迷い事で処理できるからな。だが、大勢に見られたら、我らは皆の目から人ではなくなってしまう。我ら神主が、なぜに早う子をもうけて早々に代を譲ってあの里に隠れ住まねばならぬと思うのだ。お前は私の姿が、全く変わっていないと言ったな。その通り、我らは老いがなかなか来ない。だからこそ、それを見せぬために皆、さっさと神主の座を退いて、あの里へ向かうのだ。そこまでして隠しておるのに、ここで巫女一人のために焦ってそれを晒してはならない。役所は知っておるから、警備兵達も知っておって漏らすことはないだろう。だが、こんな場所で人を連れて飛んで行くのは許さぬ。己の身を自覚せよ。」
大聖は、唇を噛んだ。
確かに巫女一人の事かも知れない。
だが、結麻は賊に囚われたまま、つらい思いをし続けているのだ。
大聖は、しかし祖父の言う事に逆らうことはできず、男を馬車へと戻して、街道を南へと急いで向かったのだった。




