たった一人の
結麻は、良子の所へ行って挨拶をした。
「これから、傷を見て治療をすますね。良いですか?」
良子は、頷いた。
「はい、巫女様。」
結麻は布団を避け、着物の裾を避けて、傷ついたという足を見た。
良子が怪我をしたのは、右足だった。
「見えるか?」瀧が、ランプをたくさん持って来た。「使ってないのを全部持って来たぞ。」
それに照らし出されて見える右足の脛に、白い布が巻き付けられていたが、それはどす黒く滲んでいた。
「…毎日布を交換してる?」
瀧は、頷いた。
「してる。相良が朝、必ず綺麗にするために布を開いて、力を送るんだ。その後、新しい布を巻いてと、毎日繰り返して来た。」
そっとそれを端から外し始めると、何やらすえたような腐ったような臭いが鼻を突く。
恐らく、患部がかなりの範囲で侵されて腐ってしまっているのだろう、と思った。
これ以上、呼気から感染などが広がらないようにと、結麻は自分の口と鼻に布を巻いて更に布を解いて行くと、瀧にもそうするように言った。
そうして布を解いて行くと、乾く暇もないほどに、膿で溢れた患部が姿を現した。
「…痛みはありますか?」
結麻が聞くと、良子は首を振った。
「いいえ。全く痛みはありません。」
これだけ腐っていたら、絶対足全体が痛いはずだけどなあ。
すると、瀧が結麻の耳元で小さく言った。
「痛みは、オレ達が取ってるんだ。」
…それでか。
それにしても、5年も前の怪我を、ここまでに食い止めている瀧と相良の力は大したものだった。
結麻は、言った。
「…これから、ここを治療するので、患部に触れるのでとても痛むの。だから、少し眠っていてもらっていいかしら。その間に、済ませてしまうから。」
良子は、頷いた。
「はい。」
結麻は、脇で見守る、瀧に言った。
「…私の力で癒して眠らせるわ。ただ、それほど強い麻酔にならないから、痛みで目が覚めるかもしれないの。あなた、私の力の波動を読んで、それと同じ波動の力を送り続けることはできる?ずっと掛け続けていれば、目覚めることはないわ。」
瀧は、頷いた。
「同じ波動で良いんだな。できる。やってくれ。」
簡単にできるって言うのね。
結麻は、頷いて手を良子に翳すと、恍惚とする、麻酔にもなる力を発し始めた。
すると、すぐに良子は夢見るような顔になって、そのまま微笑んだ顔で、スースーと眠りについた。
瀧は、頷いた。
「よし、覚えた。それをずっと放っていればいいか?」
結麻は、また頷く。
「そう。」と、相良を振り返った。「相良さん、よく切れる小さな刃物とかありますか。」
相良は、驚いた顔をした。
「どうするつもりだ。」
結麻は、言った。
「見て分かるように、良子さんの足は大半が腐ってしまっていて、このままでは回復することはないの。だから、腐ってしまっている場所をしっかりと削ぎ落して、健康な細胞を復活させるために、それ以上感染させないために消毒し続けなければならないわ。どこまで腐っているのか…もし、大き過ぎたら体の他の健康な部分から皮膚をもらって来て塞いだり、最悪足自体を落とさなければならないかもしれないの。少しでも、無事であることを願っているけど、今のところ、中を見てみないと分からない。」
目を見開いた瀧が、結麻を見て言った。
「マジか。お前がやるのか?できるのかよ。やったことは?」
結麻は、首を振った。
「ないわ。でも、学校で練習のために、豚とかを使ってやったことはある。それだけよ。療養所の人達なら慣れているから、きっと簡単にするんだろうけど…順番を待たなきゃならないでしょう?すぐに診てもらえないなら、多分、もう限界だと思う。段々に悪くなって来たんじゃない?あなた達の力の効力も、限界が来てるのよ。5年の間に、徐々に悪くなっているの。このままだと傷から出た毒素が、脳に巡ってしまうのも時間の問題よ。間に合わないかもしれない…。」
結麻は、息をついた。
そもそも、確かに手術の練習はしてあるが、そこまで得意ではなかった。
集中力が続かないので、点数は中の下ぐらいだった。
だが、真樹はとても手術が上手かった。
…ああ、真樹ちゃんがここに居てくれたらいいのに。
結麻は、袖の中にある真樹の石を感じながら、そう思った。
…絹糸なら細いし痕も残りづらくて、後で全部取れなくても、特に大丈夫だから良いのよ。
真樹が、実習の時に結麻に言っていたのを思い出す。
…そうだわ、絹糸。
「瀧、絹糸はある?それと、針も。」
瀧は答えた。
「絹糸?そんな物はここにはねぇよ。どれだけ高いと思ってる。ここには木綿と麻しかない。糸が要るなら、木綿糸を持って来ようか?」
それだと荒い縫い目になってしまう。
結麻は、言った。
「…ちょっと取って来る。あなたはこのまま良子さんを眠らせてて。」
結麻は、急いで瀧の家へと向かうと、自分の着物を見た。
…これは全部絹糸だわ。
結麻は、袴の裾をめくると、そこから玉留めを切って糸をどんどんと抜き取って行った。
袴の裾がダランとほどけて行くが、そんな物は後でどうとでもなる。
くるくると紙に巻きつけていくらかの長さを確保した後に、結麻はそれを持って相良の家へと取って返した。
すると、相良が戻って来ていて振り返った。
「あ、結麻。持って来たぞ、これでいいか。細工物を作る時の小刀で、手入れしてあるのはこれぐらいだった。」
結麻は、頷いた。
「それでいいわ。じゃあ、これと、あと針も一緒に一度沸騰したお湯の中に入れて消毒してくれない?」
瀧が、その糸を見て、言った。
「おい、その色…お前の袴の色じゃねぇのか。袴から取って来たのか?」
結麻は、頷いた。
「平気よ。あんなの後でなんとでもなるから。それより、木綿糸だと傷口が荒くなってしまうの。女の子だもの、それでは治ってもかわいそうだわ。少しでも、痕が少なくなるように。これ、うちの神様のお髪の色なのよ?きっとご利益あるわ。」
相良は、それを受け取った。
「…言われた通りにして来る。」
相良は、そこを出て行った。
瀧は、結麻を見た。
「結麻、お前あんな高価なもん、傷付けたら後で文句言われるんじゃねぇのか。オレらにそこまでするこたねぇのに。」
結麻は、息をついた。
「あの時あなたが連れて行かれる私を放置していたら、あの男のされるがままになってたかもしれないのに。一応、あなたには助けてもらったからね。あれから考えたの…もし、あの男が依頼したのが、あなた達じゃなかったらどうなってたかって。それに、旅は長いわ。あのまま街道を走っていて、同じことがなかったとは限らない。どちらにしろ、あなた達だったから、私はこうして無事だった。途中で放り出されていても、大聖に見つけてもらうまでにどうなっていたか分からないし。だから、これは御礼よ。そもそも私、罪もない女の子がこんな目に合ってるのに放置なんてできないし。恩に感じなくても良いのよ。」
大体、私はそんなに器用じゃない。
結麻は、思った。
絹糸を使っても、真樹ほど綺麗に仕上げる自信はないのだ。
だが、真樹がどうしていたのか、誰よりも側に居て、見ていた自分にはよく分かる。
それを思い出して、丁寧にやれば近付くことができるかもしれない。
ここではたった一人なのだから、自分がやるしかないのだ。
…真樹ちゃん、私やるわ。
試験の時、心配そうに横で小声でアドバイスをくれた、真樹の声が今にも聴こえて来そうだ。
結麻は、覚悟をして一人、実践に挑むことにしたのだった。




