結界内の生活
結麻は、清々しい気分で起き上がった。
…めっちゃよく寝た。
結麻は、こんな状況でもぐっすり眠れる自分に呆れてしまった。
窓の外はもう明るくなっていて、子供のはしゃいだ声が漏れ聞こえて来ていた。
結麻は起き上がって脱いでいた袴を履いて、袿を羽織って外へと出た。
向こうに見える畑には、大勢が働いていて子供もその回りを駆け回っている。
子供の一人が、結麻に気付いて駆けて来た。
「あ、お姫様だー!おはようございます!」
真っ先に駆け寄って来たのは、弥生だった。
それにつられて、他の子供達も次々に集まって来る。
結麻は、お姫様と呼ばれるのはどうにも慣れないので、皆の頭を代わる代わる撫でながら、言った。
「私はお姫様じゃないの。結麻って呼んでくれたらいいわ。それが私の名前なの。」
弥生は、頷いた。
「結麻ちゃん。」と、周りの子達にも言った。「結麻ちゃんだよ、お姫様の名前。」
皆が、ウンウンと頷く。
どうやら弥生は、この中のお姉さん的役割をしているらしかった。
瀧が、土で汚れた手で鍬を肩に担いで、寄って来た。
「へえ、お前、結麻って名前か。」
結麻は、名乗っていなかったことに自分でも驚いた。
言われてみれば、あっちはお前とか巫女とか呼ぶし、こっちは会話で名前を知っていたが、呼ぶこともないので、すっかり忘れていたのだ。
「…そう。あの、いつ南之国に連れてってくれるの?大聖が心配してると思うのよ。」
瀧は、答えた。
「大聖?神主だな。そいつは、オレ達を見つけることができないから、なんかここから北西にちょっとの位置へ向かって行った。多分、退役神主の里とかいう場所があるから、そこへ行ったんじゃねぇか。」
ということは、多分お祖父様の力を借りに行ったんじゃ。
結麻は、焦って言った。
「瀧、あなた油断し過ぎよ!大聖のお祖父様はめっちゃ力のある神主だと思うわ。だって、あの聖さんのお父さんだもの。もし、ここへ押し入って来たりしたら…私を拐ったんだから、みんなどうなるかわからないわ!子供もこんなに居るなんて、知らないと思うもの!早く私を返した方が絶対いいから!」
瀧は、驚いた顔をした。
「お前、オレ達の心配をしてるのか?」
え、と結麻は自分でも驚いた。
そういえばそうだ。
何しろ拐われたからと別に、不当な扱いは受けていないし、それどころか守られている。
面倒なら放置しておいても良かったのに、ここまで連れて来て面倒を見ているのだ。
元凶がこいつらなのは分かっているが、とはいえ怒るにも何に怒ったらいいのか混乱する状況だった。
結麻が黙ると、瀧は言った。
「…ま、朝飯食えや。あっちで女達が準備してて、もうできるから畑仕事も一旦終了だ。今は畑に、残った芋がないか掘って探してただけだしな。冬の間は葉物しか取れねぇし、今のうちに蓄えとかなきゃと思ってさ。」
広い畑と言っても、この大所帯を支えるには足りないだろう。
そこに結麻のような大食らいの居候まで養うなんて、はっきり言って、面倒なはずだった。
結麻は、言った。
「…白菜もまだ小さいね。この時期、植え付けることができる野菜があるよ。」と、畑を指した。「あっち。空いてるなら、玉ねぎと大根、そら豆なんか植えたらどうかな。今お金があるなら、市で苗を買って来たら?大根は種が売ってるはず。すぐ大きくなるから、冬に収穫できるよ。玉ねぎとそら豆は、春にできるからそれからじゃがいも植えても入れ替わりで土地を有効活用できるよ。あなた、力があるんだし、土地の浄化はできるんでしょう?そしたらすぐに肥沃な土壌になって、いくらでも連作できるから。」
瀧は、え、と結麻を見た。
「土地の浄化?どうやるんだよ。」
結麻は、やってなかったのか、と驚いて足を進めた。
「あのね、こう。」と、土地に手を置いた。「で、気を込めて土地が光り輝いているようなイメージをしながら送るの。やってみて。」
瀧は、言われるままに地面に手をついた。
そして、目を閉じて言われた通りにする。
すると、瞬く間に結麻の目には、土壌が一気に浄化されて力を持つのが見えた。
…うわ、凄い!
結麻は、仰天した。
瀧の力はかなりの威力で、一気に全部の畑を網羅して力を送り込んでしまったからだ。
子供達が、驚いて固まっていたが、わあ!と歓声を上げた。
「すごーい!白菜が大きくなったー!」
え?!
結麻は、それを聞いて目を凝らした。
確かに、小さかった白菜が、突然に巨大化して鎮座していたからだ。
驚き過ぎて固まっていると、瀧は笑って言った。
「ほんとだ、すごいな!もっと早くやってれば良かった。これであっちこっち全部畑にできるじゃねぇか!白菜はとっとと収穫だ。休めると思ったのに、今日は忙しくなったなー。」
言いながらも、それは嬉しそうだ。
凄いのはあなたよ。
結麻は、瀧を見た。
この人は、いったいどれほどの力を授けられているのだろう。
全く自覚のない瀧に促されて、子供達も共に、結麻は村の集会所へと、朝食を摂るために向かったのだった。
朝食の席で、他の仲間とその奥さん達に対面し、それらと挨拶を交わした。
結麻の目から見ても、皆善良で全く嫌な感じを受けない。
そもそも瀧の結界は、がっつりとこの土地を守っていて、悪い物など入ってきようもないのだ。
だからこそ、土地の浄化もしていなかったのに、あそこまで実がなって収穫できていたのだろう。
相良が、言った。
「…とはいえ瀧、こいつが言うように、早めに外へ出した方がいい。長くここに置いてたら、あの化け物が来るんじゃないのか。飛んでたと言ってたじゃねぇか。」
瀧は、息をついた。
「分かってる。だが、探し回ってる今南之国へ連れて出たら、絶対途中で見つかって捕まるぞ。諦めてくれるのを待ってからの方がいい。」
相良は、むっつりと言った。
「…だから港に置いて来たら良かったのに。面倒を抱え込みやがって。」
相良は、そのまま結麻に目もくれずに出て行った。
瀧は、息をついた。
「…気にするな。あいつも悪い奴じゃねぇんだが、妹のことがあってピリピリしてるんだ。今、南之国の療養所に空きがないか問い合わせてるんだが、外からの患者は待たされるんだよ。予約が入れられねぇ。後回しにされる上に、あっちで税金払ってないから治療費は膨大でな。だからこれまで、全く治療できずに見てるだけで。」
…そうか、確かに瀧は、治療費がどうの言っていた。
治療と浄化は、神主と巫女の専売特許だ。
ちなみに結麻でも、治療に関してだけはしっかり学んでいた。
学校でも、療養学科に居たからだ。
「…なんとかできないかな。」結麻は、立ち上がった。「妹さんはどこ?」
瀧は、結麻に合わせて立ち上がった。
「オレの家の隣り。おい待て、お前治療もできるのか?」
結麻は、首を傾げた。
「見てみないとわからないの。でも、学校では療養学科にいたし、巫女だから治癒術も習ってるよ?だからほら、あなたに殴られた後もコブもないでしょ?」
瀧は、顔をしかめた。
「殴ったのは悪かったよ。巫女が飛んだりしたらって焦ったからだ。油断してる間にやっとかないと逃げるだろ。女相手にすまねぇとは思ってる。」
結麻は、息をついた。
そして、いきなり瀧の後頭部を思い切りグーで殴った。
「…いってぇ!何しやがる!」
結麻は、フンと笑った。
「お返しよ。これで、殴ったことはチャラにしてあげる。」
拳がヒリヒリする。
瀧は、涙目になりながら言った。
「まあ、しゃあないわ。とにかく、見られるって言うなら見てやってくれ。もう、5年もオレ達がなんとか良くなるようにって願って力を送り続けてなんとか保ってる状態で。」
5年…。
結麻は、眉を寄せた。
なんであれ、慢性化してるかもしれない…。
結麻は、足を速めて相良の妹の下へと急いだ。




