船で
激しく揺れる馬車に揺られながら、結麻は目の前で涼しい顔をして座っている、若い男を警戒して見ていた。
相手は、あの結麻を襲った男を簡単に倒して、外へと放り出した。
恐らく、あのスピードで岩場に落とされたのだから、あの男は無事ではないだろう。
結麻は、黙っているのも限界で、言った。
「…どういうこと?私をどこへ連れて行くつもり?」
相手は、答えた。
「さあな。ボスに聞いてくれ。あいつの気持ちが変わったらしくて、突然お前を連れてく気になったみたいなんだ。もうすぐ着くから、船でゆっくり聞いてみたらどうだ?」
船?!
結麻は、だとしたらもっと遠くに連れて行かれる、と慌てた。
「なんで船なのよ!どこへ連れて行くつもり?!」
男は、しかし顔をしかめた。
「あんた馬鹿?だから何度も言ってるだろ。瀧に聞け瀧に。オレは知らない。」
あの男、どういうつもりなのよー!
結麻は、思いながら馬車に揺られて、酔いそうになって黙り込むしかなかった。
散々に揺れて大変だった道中も、瞬く間に過ぎて、もう空が白々と明け始めていた。
…潮の匂いがする。
結麻は、前世の記憶から、そう思った。
やっと止まった馬車の中から、ずっと目の前で座っていた男が扉を開けて外へと出て行き、外からは、あの瀧という男が顔を覗かせた。
「お、無事か?あのおっさん、まさか一瞬で盛ったとかないよな?」
結麻は、むっつりと瀧を見返した。
「…無いわよ。お蔭様で。まあ、あのままだったら私があいつを馬車から突き落としたと思うけどね。腕を縛っていなかったのを後悔させてやろうと思ってた。」
瀧は、ハハハと笑った。
「何言ってんだよ、非力な癖に。」と、手を差し出した。「降りられるか?」
結麻は、その手を睨んで自分で場所からぴょんと飛び降りた。
「平気。誘拐犯のお世話にはならないわ。」と、辺りをキョロキョロとみた。「…やっぱり、海か…。」
結麻が、こんなところまで来てしまって、とガックリとしていると、瀧が結麻をいきなり片手で持ち上げると、肩に担いだ。
「え?!ちょっと、やめてよ!どうするつもり?!どこへ連れてくのよー!!」
瀧は、暴れる結麻をものともせずに、さっさと歩いて大きめな船の方へと歩いて行った。
「相良、みんな乗ったか?」
すると、結麻と同乗していた男が頷いた。
「準備は整ってる。行こう。」
あいらっていう名前なのか。
結麻が思っていると、瀧は結麻を担いだまま、その船へとサッと乗り込んだ。
中へ入って行くと、五人ほどの男達が、そこで待っていた。
「…吉が居ない。あいつ、しくじったか。」
男のうちの一人が、頷いた。
「鳥の知らせもない。恐らく捕まったんだろう。」
相良が、せっついた。
「吉のことは諦めよう。あいつは時々金をくすねたりして困ってたんだ。それより、追手が迫って来る。真っ直ぐにこっちへ気配が来るぞ。急げ。」
瀧は、遠く山の方へと視線をやった。
「…確かに。鬼気迫る勢いだな。」
え…?
結麻は、山の方を見た。
もしかしたら、大聖は正確に結麻の足跡を、追って来てくれているのかもしれない。
そう言われてみれば、山の方に大聖の気配があるように感じるから不思議だ。
「出発!」
ガラガラと錨が上がる。
…出航してしまう!
結麻は、必死に船の端に掴まって陸へ戻ろうとしたが、船は無情にも、海洋へと漕ぎ出してしまったのだった。
船は、帆を高く上げて、勢い良く進んだ。
陸が、どんどんと遠くなる。
…ここってどこなんだろう。
結麻は、しっかり今生地理を勉強していなかった自分を責めた。
前世の方が、まだ受験もあったし知っているぐらいだ。
仕方なく前世の記憶と照らし合わせてみると、中之国の位置から考えて、進んだ距離、そしてこうして船で走っているのを見ると、ここは瀬戸内海のような気がする。
方向を間違っていたら日本海かもしれないが、どうにも瀬戸内海のような気がしていた。
なので、不本意ながら、瀧に訊いてみた。
「…あの…ここって、瀬戸…いや、内之海?」
この世界での瀬戸内海は、内之海というのだ。
瀧が、頷いた。
「そうだ。知ってるのか?巫女って神社の中にじっとしてるだけなんじゃないのか?」
結麻は、むっつりと答えた。
「…知ってることもあるわよ。でも、何も分かってないと思うわ、基本的に。今回初めて中之国から出たぐらい。」と、言った。「そっちに薄っすら見えてるのって、西の島よね?大きいもん。ってことは、私達南之国へ向かってるの?」
瀧は、頷いた。
「その通りだ。オレ達は、元々あっちの生まれでな。稼ぐために、仕方なく街道に出てただけだ。」
すると、船室の方から一人、男が上がって来た。
「瀧、朝飯が出来たぞ。確か、巫女ってめっちゃ食うよな?米多めに炊いたけど足りるかな。」
え、ご飯くれるの?
結麻は、もう他で作った物を食べたらどうの言っていられないと、前のめりに言った。
「米さえあったらいいから!米さえあったら、後は海水で味でも付けて食べるから、お米はちょうだい!」
実はさっきからお腹が空いて、仕方がなかったのだ。
瀧が、ハハハと笑った。
瀧は、本当によく笑う男だ。
「あのなあ、お前は別に敵でもなんでもねぇ。もう仲間みたいなもんだ。飯ぐらいいくらでも食え。お前を売るはずの金、あいつからたんまり取ったからオレ達は今金がある。お前のお蔭でもあるし、遠慮はいらねぇぞ。」
そうよね、売っておいて取り返したわけだし、詐欺みたいなもんだもんね。
だが、仲間ってどういうこと?
結麻は、瀧と一緒に船室へと降りて行きながら、言った。
「仲間って、南に着いたら売ろうと思ってるんじゃないの?」
瀧は、顔をしかめた。
「オレ達は、普段は人を売ったり買ったりしねぇよ。今回は、どうしても金が要るからこの仕事を受けたんだ。金は手に入ったし、あいつは鬼畜だし、気に入らないからこうした。」
結麻は、目を丸くした。
「気に入らないからって、あなた、もしあの男が制裁でも加えて来たらどうするの?!馬車から落ちただけなら、まだ生きてるかもしれないのに!多分、お金をたくさん持ってたんなら、そこそこの地位の男よ?マズいじゃない!」
瀧は、階段を先に降り切って、結麻を振り返ってまた笑った。
「なんだよ、さっきまであれほど警戒してたのに、今度はオレ達の心配か?」結麻は、あ、と口を押える。瀧は、言った。「…もう死んでらあ。お前も巫女なら見えるだろ。オレと相良には、幼い頃から身を守るための力がある。こうしたらこうなる、ってちょっと先の未来ぐらいは見える。それに、気配も読めるし、お前から出てる白い光も見えてるぞ。」
…能力者なの…?
結麻は、驚いてマジマジと瀧を見る。
船室の中では、テーブルの上にたくさんのおかずと、ご飯が並べて置いてある回りに、三人男達が囲んで座っていた。
「ほら、食え。」瀧は、先に椅子に座って、隣りの椅子を結麻に勧めた。「説明してやるから。巫女って腹が減ると力がなくなって死ぬって聞いてるぞ?飯を食わさず死んだとか、寝覚めが悪い。」
結麻は、頷いて椅子へと座った。
…白い光って、浄化の光かな。
結麻は、自分の手を見た。
自分には、まだその方法が分からないからか、巫女としての力は大きいと言われているが、全然見えていない。
商品開発に必死になり過ぎて、巫女のとしての仕事が全く進んでいないのだ。
結麻が座るのを見て、瀧は自分の目の前にある箸を手に取って、皆と食事を始めた。
結麻も、とにかく腹ごしらえをしなければならないので、しっかり食事をしたのだった。




