追跡
…そんなに遠くまでは行けないはず。
大聖は、馬に乗って賊のアジトへと向かいながら、思っていた。
賊がこの辺りを荒らしている山賊だと言うのなら、拠点はそんなに離れた位置にはない。
この辺りは神から見たら無法地帯だが、国全体からしたら、一応治めている範囲内だ。
が、神倭の役所は、各村の役所を集約して管理しているだけで、もっぱら主な治安維持は神社の指示に任せていたので、領地の外まで神社は管理しない。
何故なら、自分の神の勢力範囲外だからだ。
もちろん、人が住んでいる以上、神社から役所に求めて領地外の見回り隊も組織されていたが、それらは見回るだけで、その時何かなければ対処はしない。
そんなわけで、見回りが来る時だけ平和で、その他はやりたい放題なのだ。
賊は、見回りの来る時間帯も把握しているはずだった。
…甘かった。
大聖は、後悔していた。
どこで泊まると事前に予約してしまっていたので、賊からしたら計画し放題だっただろう。
先に予定を決めてしまう弊害を、思いもしなかった…。
夜が明けようとしていた。
その少し前、結麻はこんなことを依頼した元凶と顔を合わせていた。
「…ほう。」相手は、驚いた顔をした。「確かに…これほどとは期待していなかったのに。」
何がこれほどよ?
結麻は思ったが、その男を睨んだ。
男は、黒髪に鳶色の目は皆と同じだが、何やら狡猾そうな表情をしていた。
まだ、瀧とかいう男の方が悪意を感じないぐらいだ。
何より、瀧よりその男の方がおじさんなのだ。
瀧は恐らく二十代半ばくらいだが、その男はもっと歳上、もしかしたら四十代ぐらいかもしれなかった。
…いや、こんな男と結婚とか無理でしょ。
結麻は思った。
その男は、近付いて来て結麻の腕を掴んだ。
「さ、お前はオレが買ったんだ。だがきちんと嫁にしてやるぞ?巫女との結婚は箔が付くからな。さあ来い、これからオレのために働いてもらう。」
結麻は、ゾワッとしてその手を振り解いた。
「何言ってんの、正気?!うちのお父さんより歳上なんじゃないの?!いくら何でも、そんなおっさんと結婚なんか無理よ!まだそっちの賊の方が現実味があるわ!鏡見てから言いなさいよ!」
それを聞いた二人は一瞬固まったが、瀧の方はプッと笑いを堪えて横を向き、目の前の男はみるみる顔が真っ赤になった。
「…恥をかかせやがって!来い、何を言っても無駄だ!どうせ子供を作ってしまえば逆らうことなんかできない!さっさとここを出るんだ、明るくなる前に!」と、結麻の腕をまた掴むとズルズルと引きずって歩いた。そして、通りすがりに金の入っているだろう、袋を瀧に放って寄越した。「そら、残りの金だ。もう戻る。」
瀧は、それを手に無言で通り過ぎる男と結麻を見送っていたが、別の仲間が寄ってきて、小声で瀧に言った。
「…蹄の音が近付いて来る。オレ達もここを出ないとヤバいぞ。」
瀧は、頷いた。
「…ズラかるぞ!船は準備してあるな、相良?」
相良と呼ばれた男は、頷いた。
「もうみんな港に向かわせた。後はオレ達だけだ。」
瀧は頷いて、チラとその男の後ろ姿を見た。
「ちょっと!痛いじゃないの!離しなさい!」
男は、難儀しながら結麻を馬車に押し込んだ。
「暴れるな!どうせ逃げられないんだ、おとなしくしろ!」
そして、自分もそこへ一緒に乗り込むと、中から御者に言った。
「出せ!早くここを離れろ!」と、巫女に叫んでいるのが聴こえる。「おとなしくしろ!ほんとは帰ってからだと思っていたが、今やってやる!」
女の声が聴こえた。
「きゃー!!気持ち悪い!やめなさい、このおっさん!」
瀧は、それを黙って見つめている。
相良が、せっついた。
「おい、行くぞ瀧?!何してる!」
瀧は、ニッと笑った。
「…興味が湧いた。」と、腰の剣を引き抜いた。「悪党を成敗するんだし良いよなあ。」
御者が躊躇っている間に、瀧はひらりと御者台へと飛び乗ると、御者の腕を跳ねた。
「ああああ!!」
御者の腕は、手綱を握ったままそこへ転がった。
瀧は、御者を蹴り落として、その手綱を握り、相良に言った。
「相良!お前は中に!」
相良は、舌打ちした。
「…面倒ばっか掛けやがって。」
相良は、馬車の扉を開いて、そこへ飛び込んだ。
途端に、馬車は走り始める。
急にグラグラと揺れる中、つんのめった男の首を掴んで座席へと叩きつけると、男は驚いた顔をした。
脇では、巫女の女が涙を流しながら必死に胸元を押さえている。
相良は、言った。
「…うちのボスの気持ちが変わったみたいだ、おっさん。結構な速さで走ってるけど、ここから落ちて生きてたらラッキーだな?」
男の顔が、事態を悟って真っ青になる。
たが、弁明の時間も与えずに、相良はその男を開いたままの扉から外へと放り出した。
「ぐあああ!」
鈍い音がして、汚い悲鳴が聴こえたが、そんなものももう遠くへと遠ざかり、また馬車の扉は何事もなかったように閉じて、夜明け前の白々として来る空の下、一路港へと走って行ったのだった。
…一歩遅かった…!
大聖は、もぬけの殻となったアジトで、回りを見回した。
賊同士で争ったのか、何故か腕が一本落ちている。
佐伯が、腕を押さえた男を連れてこちらへ戻って来た。
「大聖様!あちらに潜んでおりましたのを見つけました!」
男は真っ青な顔をしており、腕からの出血はまだ止まっていなかった。
大聖は、言った。
「…知っていることを話せ!」と、火を出してその側に着弾させた。「オレは気の長い方じゃない!」
その男は、縮み上がって必死に言った。
「わ、私は、ただの御者でございます!旦那様に言われてこちらへ密かに参り、女を買って帰るのだと申されて…しかし、旦那様が女と共に馬車に乗り込んで来た時、取り引きしたこちらの男達がいきなり私の腕を落として馬車を奪い…そのまま、あちらの方向へ走り去ってしまいました!」
…あちら…南東?
南東には、海がある。
すると、別の警備兵が、ボロボロになった男を引きずって戻って来た。
「大聖様!ここからしばらく行った場所で、倒れておりました!全身の骨が折れているようです!」
しかし、その男は歩くこともできず、その場に転がされても唸るだけで虫の息のようだ。
御者が、叫んだ。
「旦那様!」
…こいつが依頼者か。
大聖は、フンと息を吐いた。
「自業自得だ。放って置け。いずれ死ぬ。」
だが、死という言葉を聞いて覚醒したのか、その男が唸るように言った。
「どうか…どうかお助けを。ただ巫女の君に助けていただきたかっただけなのです!こんな手段しか…なく…。」
折れた骨が、内臓を深く傷付けて、大量に出血しているのが見える。
どちらにしろ、これは療養所へ運んで切り開いて繋ぎ、その後は神の領域で、今大聖がどうにかできることではなかった。
そもそもが、間に合わないのだ。
「…何度も言わせるな。もう間に合わない。自業自得だ。そのまま死ぬがいい。神に助けを求めるしかない状況だが、巫女に手を出した男を助ける神などいない。」
大聖は、南東を気を放って検索した。
それは確かに存在し、しかし大聖が放てる力の範囲外へと抜けて行こうとしている。
その方向は、確かに港だった。
「…行くぞ!恐らく港へ向かっている!急げ!船に乗ったら追うのが難しい!」
飛べたら良いのに。
大聖は、歯ぎしりした。
神主は、皆飛べる。
が、制約があってこんなに多くの人々が居る目の前では、飛ぶことはできないのだ。
間に合わない…!
大聖は、結麻の側を離れたことを、後悔していた。




