賊のアジト
結麻は、頭の痛みに目を覚ました。
「痛っ…。」
…どうしたんだったけ。
結麻は、回りを見回した。
そこは、小さな部屋で、粗末なテーブルと椅子が申し訳程度に置いてあり、自分は辛うじてベッドだと分かる程度の台のような物の上に、寝ていた。
…頭が痛い。
結麻は、体を起こしてそう思った。
痛む箇所に触れてみると、そこは大きくコブになっていた。
…思い切り殴りやがって。
結麻は、ムカムカしながら頭に手を置いて、それを治療するための気を放つ。
大聖が、浄化の術が使えるのなら、よく似ているから治癒術も使えるはずだと言って、教えてくれたものだった。
自分の治療に使うのは初めてだったが、それは存外によく効いて、頭の痛みはスーッと消えた。
…しっかりご飯食べておいて良かった。
力を使ってしまうと、お腹が減るからだ。
こんな場所で、拘束されて満足な食事を採れるとは思えなかったが、背に腹は代えられない。
結麻は、息をついた。
そして、一つの事実が頭に上った。
…ということは、私はあのまま誰にも見咎められずに攫われたんだ…!
結麻は、慌てて窓の方へと向かった。
だが、窓はしっかりと固定されており、開く様子もない。
…そりゃ拐ったんだから閉じ込めるわよね。
結麻は、どうしたらいいのかとあちこちを見た。
だが、部屋はレンガ…角石が積まれて出来た壁、そして、木でできた窓と扉しかない、逃げる場所などなさそうな場所だった。
…どうしよう…。
結麻は、真っ先に伊津岐に相談することを考えた。
だが、伊津岐の気配はどう探っても、この地では感じられない。
もしかしたら、遠すぎて伊津岐には、結麻の声が聴こえないのかもしれなかった。
…大聖も警備兵の人達も、私がどこへ行ったのか分からない…。
結麻は、本当にたった独りなのだと呆然とした。
しかし、真樹の形見の石は、まだ袖の中に感じられた。
…どうしよう、真樹ちゃん…。
結麻は、心の中で思った。
ここに真樹が居てくれたら…いや、真樹がこんな目に合うのは嫌だから、居ない方が良かったのかもしれない。
そんな風に取り留めのないことを考えていると、スッと何の前触れもなく扉が開いた。
結麻が驚いて固まっていると、見知らぬ男はフッと笑って言った。
「…なんだ、目が覚めたのか。」と、部屋の中へと入って来た。結麻は、急いでベッドらしい所から立ち上がって、奥の壁の方へと背を預けて離れた。男は、苦笑した。「逃げようたって逃げられないぞ。お前は商品なんだ。心配しなくても、傷をつけたりしない。ま、喉から手が出そうなほどいい女だが、価値がなくなると困るんでな。」
いい女って何よ。
結麻は、嫌味かと顔をしかめた。
「…嫌味言ってんじゃないわよ。攫って来て売るってこと?巫女の私を?あなた、神が怖くないの?」
男は、答えた。
「ああ、神なんか怖かねぇなあ。なにしろ、生まれてこのかた見たこともないし、助けてもらったこともない。ここにゃ神なんか存在しない。お前もただの高く売れる綺麗な女だ。他の女と変わりはねぇよ。」
だから嫌味ばっか言うなっての。
結麻は、段々むかついて来て、言った。
「あのね!高く売れるってこんな太った女に何の価値があるって言うのよ?!巫女ってだけでみんな価値があるように言うけど、私はこんな女よ?淑やかでも何でもないわ。買い手だって、真実を知ったら値下げ交渉して来るわよ?誰がここへ運んで来たのか知らないけど、重かったはずよ?私、そこらの男と同じぐらい体重があるからね。巫女が太ってるのなんか、常識よ常識!」
その男は、目を丸くして聞いていたが、ハッハと声を立てて笑った。
「お前、巫女だし良い女だからどんな話し方するのかって思ってたけど、ただの姉ちゃんじゃねぇか!まあ、確かに重かった。軽そうに見えるのになんだこれって思ったよ。だがな、お前に値を付けてる男が居るんだよ。だから、わざわざ神主とかいう化け物が守る、お前を攫って来るってリスクを冒したんだ。」
私に値を付けてる男…?
ってか、大聖を化け物って何言ってるのこの人。
「…なんで神主が化け物なのよ。」
その男は、フンと答えた。
「知らねぇわけじゃねぇぞ?オレは神は信じないが、神主の力は知ってる。昔、退役神主とかいう奴と森で行き会った時、その身ぐるみ剥ごうとして飛んで逃げられたことがある。しかも、上から笑って火を放ちやがって、もう少しでまる焦げになって死ぬとこだった。あいつらは術を使う。神が居るっていうなら、あいつらのことじゃねぇの。」
え、飛ぶ?
結麻は、眉を寄せた。
大聖も、聖も飛んだところなど見たこともない。
それとも、退役したら飛べるとかなのかな。
結麻は思ったが、そこへ他の男がやって来て、声を掛けた。
「おい、瀧。引き取りに来たぞ。金を持って来てる。」
男は、頷いた。
「すぐ行く。」と、結麻を見た。「ま、威勢のいい姉ちゃん、大金持ちの持ち物になるんだ、何不自由なく暮らせるって。オレ達を恨むなよ。」
そうして、そこを出て行った。
結麻は、もうとにかく引き渡しとかの時に外へ出されるだろうから、その時に何とかするよりない、と思って、またベッドに座って考え込んだのだった。
この扉は、見た目以上に粗末なようだ。
結麻が考え込んでいると、扉の外から声がハッキリと聴こえて来た。
「商品は確かにこの中に居る。」さっきの男の声がする。「ちなみに返品は受け付けないぞ?そこそこ気の強い姉ちゃんだった。見た目は美しいがな。絵姿より美しい女は初めて見たよ。だいたいが美しく改ざんさせて描かせるもんだからさ。」
まだ言ってるわ。
結麻は、耳をそばだててそれを聞きながら、眉を寄せた。
それに答える声は、やはり聞き覚えのない声だった。
「…美しいのはおまけみたいなものだ。我々が欲しいのは、巫女としての地位に就いていたという事実と、その知識だ。あの女はただの若い女じゃない。これまで、どれだけ大きな金を他人に稼がせて来たと思う。巫女だから他の奴らにせっかく生み出したものを無償で渡して、そいつらが私腹を肥やしているのに気にも留めていない。結婚すればそんな事もなく、一緒に大金を手にすることができるというものだ。巫女も感謝すると思うぞ?神社の奥でじっとしていなくてもいいし、好きに豪遊して暮らせるんだ。」
はああああ?!
結麻は、それを聞いてはらわたが煮えくり返る心地だった。
世の中良くしろって言われたからやってるのに、お金なんか取ったらお金持ちにしか普及させられないじゃないの!それでどうして喜ぶのよ!
とはいえ、回りを善良過ぎるほど善良な人や神に囲まれて過ごしていたから忘れていたが、前世はこんなものだった。
こんな考え方の人の方が多かったと言っても過言ではない。
が、治安の面から言うと絶対前世の方が良かった気がする。
こんなにホイホイ襲撃されて、拐われるなどなかったからだ。
先ほどの、瀧とかいう男が言った。
「ま、どっちでもいい。早いとこ商品を確認して、残りの金を払いな。そしたら引き渡す。だが、簡単には言うこと聞かない感じの女だぞ?思い通りにはならねぇと思うけどな。」
男の声は、フフンと言った。
「さっさと子供を作ってしまえばいいんだよ。そしたら巫女には戻れないし、こっちの言うことを聞くしかないだろう。オレも夜明け前には出たいし、今から確認する。」
…なんてことを言うのよ!
結麻は、思いながらベッドから離れて奥の窓の近くへと退く。
目の前で、扉が開かれた。




