大聖視点
大聖は、ウトウトとして、ふと目を覚ました。
どうも、おかしな予感がして深く眠れない。
結麻の事を心配し過ぎているせいだろうか。
大聖は、起き上がってとりあえず、水を飲もう、と水差しに手を伸ばして、グラスに注いで口を付けた。
そして、すぐに離した。
…なんだ、この匂いは…?!
何やら柑橘のような匂いだが、しかしこれは柑橘ではない。
大聖の嗅覚は、他とは違っていろいろな物を感じ取ることができた。
同じような匂いが混じってしまうと、まだ判別はつかないのだが、しかし水のような飲みなれた物の中に何かが混じっていると、簡単に判別することができる。
この水の中には、何かが混入していた。
…まさか、結麻もか。
大聖は気になって、水差しの水をトイレに捨ててから、結麻の方へと声を掛けてみた。
「結麻?」
しかし、返事はない。
結麻は、一度深く眠ると、一切起きないのは大聖は知っていた。
なので、仕方なくそっと襖を開くと、寝ている結麻の枕元の、水差しの中の水を確認した。
…こっちも何か入っている。
大聖は、考えた。
これは、ここの主人が持って来たものだ。
誰かが何かを入れたとしたら、それはここの主人が一番疑わしい。
とはいえ、主人が知らない間に誰かが入れた可能性もあった。
大聖は、その水差しの水もトイレへと流して捨てながら、思った。
…柑橘の匂い…仮に、これが何かの薬で、それがここへ何らかの目的で入れられていたのだとしたら、もしや夜に出されたあの、蜜柑の汁の中にも混じっていたのではないか。
それなら、自分には混じってしまって、気取ることはできなかった。
…が、それが何であったとしても、大聖と結麻には何の効果もなかった。
なぜなら、もしそれが悪意を持って入れられたものだとしたら、穢れとして伊津岐に与えられた力がそれを、消し去ってしまうからだ。
つまりは、大聖と結麻に限っては、決して薬で殺されたり、眠らされたりすることはなかった。
…警備をしっかりしてもらわねば。
大聖は、警備責任者と話をしようと、障子を開いて庭へと出た。
すると、そこへ二人の警備兵の制服を着た、男がやって来て、言った。
「…大聖様。ちょうど良かった、ご報告があって参りました。」
大聖は、言った。
「何かあったか。」
だとしたら、この混入の件と繋がるのではないか。
大聖が思っていると、相手は答えた。
「ここへ侵入しようとした一団が居て、ここを警備していた当番の数人が追ってあちらの方向へ行きました。我々は報告しようと戻って参りましたが、どうやら手こずりそうな様子。大聖様のお力をお貸し頂いた方がよろしいかと。私は、こちらの警備をさせるために、数人別棟から呼んで参ります。大聖様は、どうか賊を仕留めてくださいませんか。」
…もしかして、結麻を攫うために来たのか…!
「分かった。」大聖は、まだここから9日間も行かねばならないのに、そんなものに振り回されながら行くのは、結麻も怯えて可哀そうだと思った。ここで、始末してしまった方がいいのだ。「私が行こう。お前は、応援を呼んで結麻を守ってくれ。」
その男は、頭を下げた。
「は!」
「こちらです。」
もう一人の男が、先を行って大聖を案内してくれる。
大聖は、その男の後を追って、森の中へと駆け込んで行った。
大聖は、その男の背を追って走っていたが、なかなかに賊の一団や、先に追って行った警備兵たちと出会わなかった。
…おかしい。
大聖は、思った。
もう、結構な時間走っている。
前を行く男の息は上がっており、スピードも落ちて来ているが、それにしてもここまで追いつかないのはおかしかった。
大聖は、このままでは結麻を連れ去れてしまう、と言った。
「…賊は、この先か。」
息も切らせていない大聖に、男はゼエゼエと息を上げながら、頷いた。
「はい。そのはずなんですが。もしかしたら、見失ったのかも。」
大聖は、立ち止った。
「待て。」と、森の中を遠く見通そうと、気を放った。「…獣は…居る。が、賊は、居ない。警備兵の気配も、ない。」
大聖は、悟った。
…謀られた!
ということは、結麻が危ない!
「結麻!」
大聖は、浮き上がった。
「ひええええ!!」
浮き上がった大聖を見て、男が腰を抜かしてその場に転がる。
大聖は、その男を上からグイと腕で引っ張る動作をした。
「うわあああ!!」
見えない何かに掴まれて、持ち上げられた男は、悲鳴を上げた。
「…全部話してもらうぞ。結麻に何かあったら、お前は殺す!」
大聖は、そのまま男を引きずって、飛んだ。
「ああああ!!お許し、お許しを…!!」
男が叫んでいるが、大聖はそれどころではなかった。
結麻…!オレのせいだ、オレが先に調べてから、動かなかったから…!!
大聖に吊り下げられた男は、木々にあちこちぶつけて傷ついていたが、そんな事に構っている余裕はなかった。
大聖は、そのまま物凄い速さで、あの旅館へと到着したのだった。
空を飛んで来た大聖を見て、旅館の主人達は腰を抜かした。
大聖は降り立って、気を失っている男をそこら辺に転がしたまま、結麻が寝ていた部屋へと駆け込んだ。
「結麻!」
だが、結麻はいない。
布団は、空だった。
大聖は、庭へと取って返すと、腰を抜かして動けないままもがいている、旅館の主人を問い質した。
「お前達!何が知っているな!答えよ、そうでなければ、この場で神に仇成すものとして、私が始末する!」
大聖は、大きな炎を手の上に出して、二人に迫った。
すると、別棟の方から警備責任者の、佐伯が他の数人と、フラフラしながら、結麻の姿を隠すための布を手に、こちらへ走って来た。
「大聖様!」大聖は、振り返った。「大聖様、我ら、どうしたわけか寝入ってしまっておって…!目が覚めると、これが脇に落ちておりました!もしや、もしや巫女様に何かあったのでは…!!」
大聖は、その布を掴んで見た。
間違いなく、結麻の姿を隠していた布だった。
結麻は、恐らく目を覚まして誰も居ないので、警備兵たちが居る別棟へと向かったのだろう。
そうして、恐らくそこで賊に見つかって、連れ去られたのだ。
「…結麻…。」と、キッと主人と女将を見下ろした。「知っていることを全て話せ!結麻に何かあったらお前らも殺す!無事であること祈るのなら、申せ!」
大聖の手の上の炎は、大聖の怒りを現わしているように大きくなった。
主人は、まだじたばたともがきながら、言った。
「お許しを!どうかお許しください…!山向こうの山賊たちが、巫女様を手に入れるために手を貸せと申して来て…!我ら、あの者達には難儀しておって、逆らうことができませんでした!」
大聖は、じっと主人の目を見つめた。
「…お前の魂は、穢れている。しかも、最近穢れたばかりの新しいもの。金を積まれて結麻を売ったな?神に仕える巫女を売るなど、地獄に落ちるならまだマシだという場所へ送られて、永劫に苦しむ事になるぞ!それとも、要らぬ魂と消滅するか。罰当たりなことを!」
女将の方が、必死に言った。
「どうか、どうかお許しください…!我ら、金子を積まれて目がくらみました…!そうでなければ殺すと言われたのも本当のことでございます!どうか…あの賊の、アジトの場所なら主人が知っております!」
大聖は、今にも相手を殺すのではないかという迫力で、ギリギリと歯を食い縛っていたが、佐伯が言った。
「大聖様、どうか落ち着いてください!今は、結麻様をお助けするのが先でございます!この男に、案内をさせて奴らのアジトへ向かいましょう!結麻様には、神のご加護があります。大丈夫です。」
…伊津岐様のお力は、この地では届かない。
大聖は、歯を食い縛った。
神にはそれぞれ、領地というものがあり、この辺りはどの神の結界内でもなく、神から見たら無法地帯だ。
神は己の領地内を見回って守る責務を負って生きており、余程のことがなければそこを離れることはない。
他の神の結界へと向かうことはあるが、こんな無法地帯へ、わざわざ巫女一人を守るために、出て来たりはしないのだ。
なぜなら、守るべき命は、あちらにたくさんあるからだった。
大聖はそれを知っていた。
が、民は知らなかった。
「…案内しろ。」大聖は、炎を消した。「アジトへ向かう。佐伯、警備兵を数人残して、この女とそっちの気を失っている男を拘束させておけ。」
「は!」
そうして、大聖はその主人を蹴り起こして無理に立たせ、そうして、結麻を連れ去った賊のアジトへと案内させて向かったのだった。




