新しい巫女
そんなことがあってから、結麻はその言葉の通り一切新しい物の事は言い出さなくなり、もっぱら巫女としての仕事に毎日励んだ。
聖も美智子も、大聖から伊津岐との会話を聞いて、結麻の気持ちは分かるので、特に何も言わなかった。
もう充分に、いろいろ考えて世に出してくれたと思うのだ。
そんな毎日の中で、今日は村の女子の一人の、誕生日だった。
いつものように、拝殿で準備をして待ち、境内にはたくさんの見物人が集まった。
そんな中で、今回15を迎える可愛らしい女子が、拝殿へと入って来た。
…ああ、私もあんな感じだったなあ。
結麻は、その様子を本殿から懐かしく御簾越しに見ていた。
伊津岐は、例によって大聖の横に座って、じっとその子を観察していた。
聖が定型の文言を言い、その子に問うた。
「…では、神はどこに居られるか分かるか?」
その子は、顔を上げて、真っ直ぐに伊津岐を見て、言った。
「…そちらに!それが神様でしょう?」
伊津岐は、頷いた。
「その通り、オレがこの宮の神だ。」と、聖を見た。「じゃ、こいつは三之宮へやれ。佐織が橘と結婚して、もうすぐ子供が産まれるから巫女として働けなくなる。こいつに代わりをさせよう。」
聖が頭を下げようとすると、その子は叫んだ。
「嫌です!私はここで、今居る結麻さんにいろいろ教わりたいんです!たくさんいろいろ知ってるって評判になっていました。私もお役に立ちたいんです。」
伊津岐は、顔をしかめた。
「あれは努力でなんとかなることじゃねぇの。結麻が持ってる能力だ。あいつはここに居座ると言ってるし、巫女はそんなに要らねぇ。要る所へ行け。でなけりゃ巫女なんざ要らねぇよ。このまま帰れ。」
その子は、泣きそうな顔をしている。
結麻は、思わず側で居てくれている美智子に言った。
「…どうにかなりませんか。なんだがかわいそうで。」
美智子は、頷いた。
「ちょっと待ってね。」
美智子は、御簾の向こうへ行って、聖にそれを伝えてくれたようだ。
それを横で聞いた、伊津岐が言った。
「…なんとかってなあ。じゃ、一年。一年だけここで巫女の見習いをして、その後三之宮へ行け。お前はあくまでも、三之宮の巫女だ。わかったな?」
その子は、パァッと笑顔になると、頭を下げた。
「はい!頑張ります!」
そうして、その子は一之宮で見習いとして一年、滞在することになった。
結麻は、仲良くなれたらいいな、と、その時は軽く考えていたのだった。
新しい巫女の名前は、三奈といった。
ここへ真樹と初めて来た時と同じように、美智子に案内されて湯殿へと向かった三奈は、それから巫女の装束に着替えて、本殿での儀式に挑んだ。
その場に結麻は立ち合っていなかったが、それはそこに三奈の両親も居たからだ。
基本、他の巫女の両親であっても、巫女は会ってはならない決まりになっていた。
つまり、これまでスイスイと出入りしていた結花も大樹も、三奈が居る間はもう、入って来れなくなったのだ。
ちなみに真樹は、自分の両親と会えないと伊津岐が決めていたので、結麻の両親には特別に会うのを許されていただけだった。
…まあ、私ももう大人だしね。
結麻は、会いたければ本殿へ来てもらって単独で面会はできるので、別にいいかと思っていた。
結麻が美智子と共に食事の準備をして座卓へと運んで行くと、聖と大聖、それに三奈がそこへやって来た。
三奈は、若いせいかきゃぴきゃぴとした動きで、それは嬉しそうに軽やかな足取りでそこへと入って来たが、結麻を見ると目をまんまるにして、言った。
「結麻さんですか?!」
結麻は、あまりにも前のめりに寄って来る三奈に、思わず後ろへと退いたが、三奈は構わずもっと近づいて来て結麻の手を握った。
「結麻さん!三奈といいます、よろしくお願い致します!」と、きゃあきゃあと笑った。「すごい!絵姿よりずっと綺麗な人だった!嬉しい~スキンケアとか教えてもらえますか?お肌がすっごく綺麗!」
結麻は、なんかノリが違うと思いながらも、頷いた。
「あ、あの、はじめまして。結麻です、あの、三奈ちゃんと呼んだらいい…?」
三奈は、それを聞いてまたキャアと黄色い悲鳴を上げた。
「結麻さんに名前を呼ばれたー!きゃー嬉しい!」
いったい、私を何だと思っているのかしら。
結麻は、外での自分の扱いに、不安になった。
何しろ外へ行けないので、どんな風に自分が見られているのか、全く分からないのだ。
それに、絵姿が出回っているのだという。
絵なんか描いてもらったかしら。
結麻は、考えてハッとした。
そういえば、父が最近成人した記念だからと、絵師に15歳の時に描いてもらった絵姿を元に、今の姿を想像して描かせたとか言っていた。
想像なのは、巫女に対面できないからだ。
なかなかに良いできで、みんな欲しい欲しいと大変だったとか言っていたが、もしかしたら父はあちこちで配り歩いているのだろうか。
…今度会ったら、もうあちこちに配らないように言っておこう。
結麻は、内心思っていた。
聖が、窘めるように言った。
「さあ、落ち着きがないのはいけない。巫女の振る舞いではないぞ。」
三奈は、あ、と振り返って頷いた。
「はい…すみません。」
私も、15の時はこんな風だったか。
結麻は考えたが、こんな風ではなかったように思う。
自分はきゃぴきゃぴした感じではなく、ただ子供っぽく走り回っていただけだった。
聖に叱られてからは、三奈は静かで、それからは静かに食事をすることができた。
何やら大聖が不機嫌で気になったが、結麻はとにかく食事だと、さっさと食事を済ませたのだった。
食事が終わり、美智子がいろいろな説明のために三奈連れてそこを出ていくと、結麻は言った。
「なんだか、とっても元気な子ね。私も15の頃を思い出して、思えばあんな子も居たかなあって懐かしいわ。仲良くできたらいいんだけど…それより絵姿が出回ってるなんて、知らなかった。」
大聖は、むっつりと言った。
「本来、そんなに簡単に巫女の姿など見られないものなんだが、役所の方で。いろいろ生み出して来るお前の姿さえ知らないのはおかしいとかいう、上からの圧力があったみたいだ。大樹さんが、だから結麻の絵姿を描かせたものを、役所の上司に提出して、それが広まったらしい。」
ってことは、父がはっちゃけてあちこち配っているわけではないのだ。
結麻は、顔をしかめた。
「…ってことは、しばらくおとなしくしておいた方が良さそう。そろそろ何か小さな事でもって、和紙に花を梳かせて綺麗な紙にしたいって考えてたんだけど、やめておいた方が良さそうね。ネタが尽きたとなれば、きっとそのうちに興味を失くすでしょう。嫌なのよね、大したこともない容姿が、あちこち大層に見られてるなんて。」
大聖は、眉を寄せた。
「…本気で言ってるのか?」
結麻は、眉を上げた。
「え?何が?」
そういう結麻の顔は、化粧もしていないのにそれは美しかった。
大聖は、横を向いて息をついた。
「…いや、いい。」と立ち上がった。「洗い物しよう。」
結麻は怪訝な顔をしながら、大聖と共に食器を手に立ち上がり、今日はあいにくの雨なので、外ではなく内の水栓を使って、洗い物をし始めた。
内の水栓は、調理に使うので食べた後の洗い物は、基本的に外を使う。
どこの家でも、基本的にそうなのだが、天候が悪い時は、こうやって内の水栓を使っていた。
今日は大聖が洗い、それを結麻が水を切って拭いて片付けて行った。
「…そういえば、大聖のおじいちゃんとおばあちゃんってもう居ないよね。二人はどうしたの?」
大聖は、答えた。
「そうか、知らないな。神主は代替わりして孫が生まれて落ち着いたら、退役神主の里というのがあって、そこに行く習わしなんだ。ここより南にある、南之国に近い場所。」
結麻は、知らなかったと驚いた顔をした。
「へー!知らなかったわ。それって、必ず行かなきゃならないの?」
大聖は、頷いた。
「そう、必ず。でも、時期は決められてない。死ぬまでに、ってことみたいだ。死は穢れとされるから、オレ達は神社の中で死ぬのは許されないんだ。真樹の父親が拝殿で跳ね返された時も、致命傷は負ったがその時点ではまだ死んでなかった。急いで外に放り出されて、鳥居の前で皆に見守られる中、療養所にも連れて行かれず亡くなった。血は穢れだから、その後オレと父さんで、死ぬほど拝殿を浄化したぞ。放って置くと、他の穢れも引き寄せて伊津岐様の手に負えなくなったら、伊津岐様自身が穢れてしまうからな。そうなったら、ここはおしまいだ。中之国全体が穢れに沈んでしまうことになるからな。」
穢れって大変なんだ。
結麻は、今更ながらに思った。
「…お会いしてみたいなあ、大聖のおじいちゃん。お名前は?」
大聖は、答えた。
「聖矢。おばあちゃんはもう亡くなった。神主の里に移ってすぐだったって聞いてる。だから、10年前かな。」
ってことは、10年前に代替わりしたのだ。
「そっか…残念、おばあちゃんにも会ってみたかったな。私、巫女だけど神主の里には行けるのかな?」
大聖は、首を傾げた。
「どうだろう。行けると思うぞ?」
すると、伊津岐の声が答えた。
「巫女が行けるのは、他の神社と神主の里だけだ。」え、と振り返ると、伊津岐はそこに浮いていた。「お前さ、ここでオレに一生仕えるとか言ってるけど、こんなところで燻ってたら精神的につれぇぞ?何なら行って来たらどうだ。考え方も変わるかもしれねぇし。そもそも出会いがないんだからよ、行けるとこはみんな行って来たらどうだ。」
結麻は、目を輝かせた。
「え、本当ですか?!行って良いの?」
大聖が、咎めるように言った。
「待ってください伊津岐様、南までは結構な距離があります。ここから10日は馬車で行かなきゃならないのに。評判の巫女だとか言われて、道中あちこち大変なんじゃないですか。隠れて行くこともできないんですよ。」
巫女の移動は、各神社に知らされるからだ。
伊津岐は答えた。
「結麻のためだ。ここしか知らねぇから、結婚しねぇとか言い出すんだからよ。心配なら、お前がついて行け。それでいいだろ。」
大聖は、結麻を見た。
結麻は、懇願するような目で大聖を見上げている。
大聖は、ため息をついて頷いた。
「…では、そのように。父さんにも話しておきます。」
伊津岐は、答えた。
「ああ、そっちはオレが言っとくよ。準備があるだろ、それをお前がやってやれ。じゃ、オレは聖に言ってくらぁ。」
伊津岐は、その場から消えた。
結麻は、布巾を手に万歳をした。
「やったー!初めて中之国以外の村に行けるー!」
しかし大聖は、その様を盛大にため息をついて、見ていたのだった。




