縁談のこと
結麻は、じっと聖の目を見て、言った。
「私、もう一生ここで伊津岐様にお仕えして過ごそうかと思ってて。」え、と聖も美智子も驚いた顔をする。そこで、美智子はやっと、茶碗から溢れる茶に気付いて急須を上げた。結麻は続けた。「それは、一生ほど独り身で居ろって言われたらどうしよかなって思うんですけど、今結婚しろって言われるぐらいなら、もう私独身貫きますって宣言して、縁談自体が来ないようにした方が良いんじゃないかって思うんです。」
美智子が、布巾でこぼれた茶を拭きながら、ホッとしたように言った。
「そう、仮になのね。びっくりした、一生結婚しないのかと思って。」
結麻は、しかし言った。
「いえ、基本そのつもりです。」え、とまた聖たちが仰天した顔をするのに、結麻は言った。「私、お母さんみたいに学校で誰かを好きだったとかもないし、ここから出ないのに出会いもないし、そもそも誰かを好きになって結婚したいってこと、無いと思うんですよね。絵姿を持って来られてどこどこの誰誰ですって言われて、じゃあ結婚でってのも、なんか違う気がするし。だから、私はここで、一生伊津岐様と話して過ごそうかなって思ってます。好きな物もいっぱい作らせてもらえるし、ここに居た方が結婚して外へ出るより、絶対好きに生きられると思うから。」
サクサクと言う結麻に、聖と美智子は顔を見合わせた。
「…今の子ってそんな感じなのかしら。」美智子が、言った。「大聖もそんな感じで、聖さんが候補を上げろと言っているのに、全く上げないままで誕生日も過ぎて、ここまで来てしまったし。他の宮でも、なかなか婚姻に前向きになってくれないと、悩んでいる親御さんが多く居るのよ。もちろん、神社に限ってのことだけどね。」
大聖は、自分にまで火の粉が降ると、横を向いて黙々と食事を再開し始めた。
結麻は、言った。
「…平均寿命も長くなっていますし、昔と同じように18歳って早いのかもしれません。私達、まだ中身は子供って感じですし。誰かと家庭を持って子供を育ててなんて、まだ考えられないんです。まして、私は巫女で伊津岐様からは、人の役に立つものをしっかり教えろって言われてるし。まだまだやることがあるから、ここを出て行きたくないっていうのが本音です。」と、箸を手にした。「…以上です。だから、これからは来た縁談は、巫女が生涯神に仕えたいって言ってるからと言って断ってください。その際、まだ若いからそんな風に考えているようなので、もっと年齢が上がったら分かりませんがと保険を掛けておいてくれても良いです。だって、私だって偶然誰かと出会って、好きになって結婚しますって言い出すかもしれないでしょう?その時、聖さんが責められたらいけないから。そんな感じで、緩く断ってくれていいので。」
聖は、息をついて、頷いた。
「…分かった。君がそうして欲しいのなら。」
美智子も、頷く。
が、あまり納得していないようだ。
美智子は、きっと結婚してから幸せなので、結麻のような考え方は理解できないのだろう。
だが、世の中幸せな結婚ばかりではないのを、結麻は前世の記憶でとっくに知っていた。
結麻と大聖は、聖と美智子の困ったような視線を受けながら、素知らぬ顔で食事をしたのだった。
二人が、食事を終えてその食器を持って外水栓へと片付けに出て行った後、聖が美智子に言った。
「…困ったものだな。あちらは別に、あの子に能力があるからばかりで縁談を持って来ているわけではないと思うのだが。」
美智子は、息をついて頷く。
「はい。結麻ちゃんは、この三年でとても美しく成長しましたわ。体も筋肉の上にぜい肉という形で、そんなに太って見えないのに、伊津岐様とお話しするのは問題ない良い所を選んで保っていて。あの子は顔にはあまりお肉がつかない体質のようで、それほど丸くなっていませんし、絵姿も他の子達と比べても抜きん出て美しいと評判で。」
聖は、頷いた。
「そうだな。そのせいで、大樹が毎日ピリピリしていて大変だ。あいつは役所の帰りにこちらへ寄って、縁談は来ていないか、結麻は承諾していないか、聞いてから帰るのだ。あんなに美しく育つとは、大樹も思わなかったのだろうな。心配でならないのだ。」
美智子は、言った。
「あんなに美しいのにもったいないと思うのは、私の俗な考えでしょうか。巫女でなければ、きっと外で自由に恋愛をして、誰かと幸せにしていたでしょうに。」
聖は、大きなため息をついた。
「…返事を書こう。あちらは、残念がるだろうな。もう、ほとんど結麻で決定しているような様子だったから。」
美智子は、頷いた。
「はい。無理強いはしたくありませんし、希望通りにしましょう。」
そうして、聖はまた、断りの文を書く事にしたのだった。
結麻は、台所を出て外の水栓で洗い物をしながら、言った。
「もう!私、顔も知らない人の所へ嫁ぐなんて無理よ!どうしてみんな、それで受けると思うのかな。大聖はどう思う?」
大聖は、結麻が洗った食器の水気を切って拭きながら、答えた。
「…まあ、オレもどこかに縁談を持って行かれて誰かと結婚するって事になるのかもしれないし、無理とは言えないんだよ。神社同士とかなると、きっと神様同士で話をするんだろうし。」
え、と結麻は大聖を見た。
「え、そうなの?」
大聖は、頷く。
「そうだろ。だって、みんな仕えてる神が居るわけだから。」
結麻は、食器を渡しながら言った。
「…ってことは、伊津岐様と南国一之宮の神様…って誰だっけ。」
「緑楠様。ちなみにお前、南国って読んでるけど、宮の名前の時は読み南国だからな。」
まじか。
結麻は、えへんと咳払いしてから、言った。
「その…南国一之宮の緑楠様と、伊津岐様がそれでいいって合意してるってこと?」
大聖が頷こうとすると、声が割り込んだ。
「違う。オレは何も聞いてねぇ。ってか、お前一生オレに仕えるつもりかよ。」
結麻は、いきなり出て来た伊津岐には、もう慣れていたのですんなり頷いた。
「もう、その方がいいかと思って。伊津岐様にはお世話になりっぱなしだし。他の神様にはお正月ちょっとお顔見るぐらいだけど、伊津岐様とは四六時中ですもんね。愛着あります。」
伊津岐は、眉を寄せた。
「愛着ってお前…。」
大聖が、割り込んだ。
「だからお前、一生子供も産まないで、こんな生活続けるのかってこと。」結麻が、大聖の棘のあるような言い方に驚いて、そちらを見た。大聖は続けた。「お前な、人の子として生まれたんだから、人の子としての幸せってのを考えて生きろよ。結婚しないのもお前の選択かもしれないが、お前を放って置かない男だって居るんだ。もし、伊津岐様に他の神が強く言って来て、お断りになれなかったりしたらどうするんだよ?誰でもいいから、自分で選んで結婚した方がいいんじゃないか。」
言われてみたらそうかもしれないけど…。
「…伊津岐様、私の縁談もどこかで受けて来たりします?」
伊津岐は、首を振った。
「オレは基本的に誰と誰と誰の中から結婚したいけど誰にする?って聞かれねぇと答えねぇし、勝手に結婚相手を決めて来たりしねぇよ。他の神からの圧力だって、別に弱みを握られてる神は居ねぇし、大聖が心配してるようなことはないと断言はできる。が、結麻が結婚しねぇってのが問題だ。ずっとここでオレに仕えるってことは、お前は人として孤独になるってことだぞ?もし仮に、大聖や他の神主の息子と結婚したとしても、子供を生んだらオレのことは見えなくなる。その能力が子供に移ることになるからだ。それが残るがどうかは、その子供次第だが、残らねぇことも多い。お前のその能力は、結花からもらったってことになるわけだ。」
結麻は、そういうことなのか、と驚いた顔をした。
「え、そうなんですか?!ってことは、親が巫女でないのに子供が巫女って時はどうなるの?」
伊津岐は、答えた。
「それは、そいつが生まれながらに持ってる能力ってだけのことだ。結局本人次第ってことだな。」と、息をついた。「そんな事はいい。それより、大聖の言うことは間違ってるが間違ってない。なぜならオレが縁談なんか持って来ることはねぇが、人ってのは面倒な根回しってのをするだろう。結麻、お前の親父は外で働いてるな。役所だったな?多くの人と接するんじゃねぇのか?」
結麻は、父が何だろうと、首を傾げた。
「お父さんの職場が何の関係があるんですか?」
それには大聖が答えた。
「伊津岐様が仰りたいのは、お前との婚姻を進めたいばかりに、お前の父親に圧力をかけてそっちから話を持って来ようとするってことだ。お前の父親も、社会での立場ってのがあるだろう。どうしても、断れないように持って行くことができるだろうって仰るのだ。オレも、そう思う。」
結麻は、顔をしかめた。
結局、みんな自分の欲ばっかじゃないの!
結麻は、プイと横を向いた。
「…みんな、私の知識が欲しいってそればっかりなんでしょう。自分の利益ばっかり!もうしばらく普通の巫女の仕事だけやって、便利グッズの開発はお休みする!そんな欲にまみれた人達となんて、余計に結婚する気になれないわよ!」
結麻は、ぷんすか怒って、その場をずかずかと音を立てて去って行った。
伊津岐と大聖は顔を見合わせたが、大聖が言った。
「…申し訳ありません、伊津岐様。結麻は、どうにもあんな感じで。世慣れないのです。」
伊津岐は、息をついた。
「わかってらあ。15やそこらでここに入って、外と隔絶されて育つんだからよ。だが、オレに一生仕えるって言い出したのはあいつが初めてだ。みんな外へ出たいってさっさと結婚して出て行ったもんな。困ったヤツだ。」
そう言いながらも、伊津岐は悪い気はしていないようだ。
大聖は、直情的で深く考えない結麻が、心配だった。
何しろ、あの頃からそういうところは全く変わっていないのだ。




