三年後
それから、三年の時が経過した。
結麻は相変わらず、積極的に新しい物を開発し続け、今では庶民の生活も、少し良くなった。
何が良くなったかと言うと、まず炭だ。
炭はそれをまとめて入れて、テーブルの下に置いて布団を掛け、暖を取る掘りコタツが登場した。
厚着をしてコタツに足を突っ込めば、皆が薪ストーブの頑張りを待つ間、とりあえず寒い思いをせずに済むようになった。
新しく炭焼き職人も登場し、選べる職業がまた一つ増えた。
そして、ゴムだ。
精製の仕方を思い出す事がなかなかできず、かなり手こずったがいろいろな物作り職人達の意見も取り入れ、なんとかあの、ガタガタする車輪にゴムを巻くことに成功し、今では馬車もあまりゴツゴツと揺れることなく、それは重宝しているようだ。
もちろん、あのリアカーも今では立派なゴムを履いている。
そして、靴底にもゴムがつけられ、足への負担が減った。
滑り止めの効果もあり、雨の後の石畳も滑らなくなった。
結麻が一番ヒットだと思っているのは、髪ゴムだった。
どうにも水引で髪を結わうのは苦手な結麻は、このゴムに布を巻いた髪ゴムを愛用していて、それは巷の女性も同じらしい。
全てがこの中津国一之宮から生まれ、それを大樹がまとめて役所に提出し、それが全国に広まるという形だった。
そんなこんなで、いろいろやっているうちに、結麻は18歳になっていた。
「おい、結麻。」大聖が、言った。「昼飯だぞ。またなんかやってるのか。」
部屋で次に開発する物について考えている結麻の部屋に、大聖が呼びに来た。
大聖は、あの頃結麻と同じくらいの背丈だったのに、今では結麻より恐らく20センチ近く大きい。
結麻は、それがおもしろくなかった。
「…ゴムの利用も落ち着いたしね。後は職人の人に応用を任せて、次はタオルが欲しいなって。でも、どうやったらいいのかわからないの。」
「タオル?」大聖は、入って来て机の上にある紙に描かれた、結麻の絵を見た。「なんだよこれ、ブツブツしてるな。何の点々だ?」
結麻は、自分に絵心がないのは知っているので、赤い顔でそれを裏返した。
「ちょっと!勝手に見ないで、これは適当に描いたの!」と!息をついた。「多分、織り方なんだ。いつもの織り方でなく、ちょっとたるませたような形に糸を織ってね、そうしたら吸水性が格段に上がるから、お風呂から上がった時とかめっちゃ便利よ。」
大聖は、ふーんと顎に触れた。
「…織り方か。でも、どんな形に?」
結麻は、また紙を裏返して、そこに思いつくまま断面図を描いた。
「こんな感じ…横から見たら、糸が波みたいに見えるかな。引っ張らずに毎回緩めて、横糸をトントンしたらできると思う?」
大聖は、うーんと唸った。
「…どうだろう、緩んで来ないか。だったら出来てる布に波々と糸を縫い付けて行った方が早そうだが、手間が半端ないぞ。」
確かにね。
結麻は、筆を放り出した。
「あー!もう諦めるかな。別の何かにした方が良さそう。ちょっとご飯食べてリフレッシュして来るかあ。」
結麻は、立ち上がった。
大聖は、言った。
「それも良いが、境内の掃除は忘れるなよ。お前、いつも忘れてオレがやる羽目になるんだからな。しっかりしろよ、お前には縁談が中之国だけでなくあっちこっちから来てるらしいじゃないか。そんな風に巫女らしくないって知られたら、全部ナシになるぞ?」
結麻は、大聖と並んで神主の屋敷へと歩きながら、息をついた。
そうなのだ。
結麻が18になる年の始めから、嫌になるほど多くの縁談が舞い込んで、軽くパニックになりそうな程だったのだ。
…もう18歳になったのかあ。
結麻は、思った。
誕生日が来て、聖から決めたいなら決めていいと言われた時も、多過ぎて何が何だかわからない状態だったので、とりあえず全部キャンセルで、と伝えた。
主に神社に来るのだが、実家の方にも来ているらしく、父が発狂しそうだと母から聞いていた。
果ては、祖母まで自分の友達の孫をどうかとか言って来て父が暴れ出し、実家では結麻の縁談の話はタブーになっているらしい。
結麻自身も、もう18かという感じなので、全く結婚するつもりはなかった。
食事の度に、やって来た縁談の話を聖がせねばならず、結麻も嫌だが聖もうんざりしているようだった。
結麻は、歩きながら言った。
「…結婚、しなきゃ駄目かな?」結麻は、ため息をついて続けた。「もうさ、伊津岐様に仕えてここで一生過ごしてもいいと思うのよ。」
大聖は、眉を上げた。
「…お前、ここから出て神倭の国を回るのが夢なんじゃないのかよ。」
結麻は、答えた。
「そうよ?でも、結婚しなきゃ出られないんでしょう。他の中之国の神社に行けるくらいよ。もう諦めたかな。結婚しないのと旅して回るの、どっち選ぶって言われたら、結婚しない方が楽しく過ごせる気がするの。伊津岐様とお話しできなくなるのも嫌だしなあ。」と、大聖を見た。「そういえば大聖は?あなたも相手を決めるんじゃないの?」
大聖は、顔をしかめた。
「そうなんだが、オレだって全く結婚しようなんて考えてないしな。誕生日に決めるはずだったんだが、伊津岐様に待ってもらってる。お前と違ってオレは、絶対いつかは結婚しなきゃならないからなあ…神主の後を、育てなきゃならないだろ。」
確かにそうよね。
結麻は、頷いた。
「そうね。聖さんだって美智子さんとお見合いみたいなものだけど、あれだけ仲が良いんだから、きっと大丈夫よ。大聖はそんなふうだけど優しいし、きっと上手く行くと思うわ。そうだ、子供が生まれたら、私も子育て手伝ってあげる!ここに居座るんだから、それぐらいはやるわよ?」
大聖は、息をついて答えた。
「…まあ、そのうちにな。」
そのうちって、もう決めなきゃなんじゃないの。
結麻は思ったが、大聖が黙ったので、何も言わずに居間へと入って行った。
すると、聖と美智子が並んで座って待っていた。
「待ってたわ、結麻ちゃん。さあ座って。今日はたくさん天ぷらを揚げたわ。」
結麻は、いい匂いに笑顔になって、座った。
「わあ、おいしそう!美智子さん、天才!」
美智子は、笑って味噌汁をついでくれた。
「さあ、食べましょうか。」
聖が、咳払いをした。
…またか。
結麻は、姿勢を正す。
聖が、言った。
「…また、なんだが、今回は南国一之宮の神主の息子からも来ていて。聞かないわけには行かなくなってね。」
神主の息子ぉ?!
結麻は、驚いて手と首を盛大に振った。
「ない!いえ、違う、お断りしてください!どうしても神主の息子だって言うなら、知らない土地の知らない誰かじゃなく大聖の方がいいぐらいです!」
大聖が、仰天した顔をする。
結麻は、それに気付いて慌てて訂正した。
「あの、違うわ!大聖に嫁ぎたいんじゃないから。あくまでも例えよ、例え!」と、聖を見た。「聖さん、それって神様が決めていらしたんですか?お断りできますよね?」
聖は、頷いた。
「これは、候補に入れて良いかということなのだ。我ら神主は、いくら何でも相手にできなさそうな女性を候補には挙げない。まず、神がお決めになるのための、候補を親が提示して、その中からお決め戴くのだ。なので、全く何もないところから、いきなりこの女性、と決められるのではないのだ。」
そうなんだ。
結麻は、納得した。
いくら何でも、相手の容姿とか性格とか、全く知らないところから選ばれて、はいわかりましたとは言えないだろう。
「では、候補から外してくださいとお伝えください。」
結麻は、言って箸を手にした。
聖は、ホッとしたように頷いた。
「良かった。あちらも恐らく、君の活躍を聞いて、その知識を欲しいと考えているのだろう。これから多くなるのではないか。何しろ、18になる息子を持つ神主が多いからな。次々に誕生日が来る。もう20歳なのに、結婚していない息子まで居るのだ。」
まじかよ。
結麻は、味噌汁を啜りながら思った。
ここは、言っておかねばならない。
なので、膝を正して箸を置いた。
「聖さん。」聖は、急に畏まった結麻に、思わず背筋を伸ばす。「お話ししておかねばならないことがあります。」
聖は、息を飲む。
美智子も、淹れていた茶が茶碗から溢れるのにも気付かず、固まってこちらを見ていた。
結麻は、思い切って切り出した。




