真樹の視点では2
それから、真樹は結麻を説得し、無事に神と話をさせる事ができた。
結麻は、思っていなかったほど、真樹を信頼してくれていたらしい。
手を繋ぐと、驚く事に神の姿がハッキリ見えた。
神は、それをお互いに思い合っている絆があるからだ、と言った。
…私からは、別に思っていないけど。
真樹は不思議だったが、しかしそれで巫女になれるのなら、やすいものだった。
神の話を聞くと、結局真樹は結麻の燃料になれ、ということのようだ。
…どうして努力もしなかったこの子のために、私の努力の賜物である力を分けなきゃいけないの。
真樹は、なので一瞬、答えに詰まった。
が、目的は大聖なのだ。
とにかく、巫女になるのが先決だった。
なので、承諾した。
これで、真樹は巫女になれるのだ。
とはいえ、真樹には結麻が居なければ何も見えないので、結麻とは上手くやって行かねばならない。
結麻が太って、真樹を必要としなくなった時、関係性が悪いと神社を出されてしまうだろう。
…大聖くんとの、結婚が決まるまでだわ。
真樹は、そう思っていた。
結麻に上手く取り入り、18になるまでしっかり務めよう。
そうしたら、きっと妻の候補に上げてもらえるはずだ。
それまでは、良い友達を演じていよう、と、真樹は思って日々を過ごしていた。
結麻は、そのうちに何やら理由のわからないことをし始めた。
役所で読んだ、本の知識だという。
そのせいで、これまでパッとしなかった結麻が、いきなり脚光を浴びるようになってしまった。
筋トレとかいう、おかしな動きで筋肉をつけた結麻は、真樹ナシでも境内の穢れを見て、掃除ができるまでになった。
その辺りから、大聖の結麻を見る目が軟化し始めたように思う。
大聖は結麻がやりたいと言うことを積極的に助け、よく一緒に行動するようになった。
…このままでは、もしかしたら大聖くんと結麻が仲良くなってしまうんじゃ。
真樹は、イライラとした。
が、それを表に出さないようにと気を遣って、毎日が鬱々とした。
結麻が失敗すると、胸がスカッとする心地になって、気遣うふりをする余裕もできるが、次々に結果を出して行く結麻に、段々に余裕がなくなって来た。
…釘を刺しておかないと。
真樹は、思った。
結麻の性格的に、真樹が大聖を想っていると知れば、恐らく自分は距離を取ろうとするだろう。
…急がなければ。
真樹は、思った。
結麻に自分の気持ちを話して、大聖との間を取り持たせるのだ。
そうしたら、仮に伊津岐が結麻を大聖の相手に選んだとしても、結麻はそれを拒否するだろう。
…大聖くんは、私を思っているはずなのよ。だって、あれだけ庇ってくれていたんだから。
横から割り込んで来て、大聖の相手になられたらたまらない。
真樹は、結麻に自分の大聖への長年の想いを伝えた。
思った通り、結麻は大聖と距離を取ろうとし始めた。
しかし、どうしたことか、そうなってからの方が、大聖は結麻の側に行こうとした。
…まさか、もう大聖くんは結麻のことを?
真樹は思って憤ったが、結麻は全く大聖のことを想っていないようだった。
何しろ、真樹が大聖への気持ちを打ち明けた時も、それは驚いた顔をしていたのだ。
恋愛とかそんなことは、結麻には全く考えてもいなかった事らしかったのだ。
とはいえだからといって、大聖が結麻を想っているような感じではない。
今なら、まだ間に合うはずだ。
真樹は、太るメニューを考えるために、美智子と結花と共に台所に籠り切りな結麻を良い事に、大聖の居場所を探しては、傍へ行って作業を手伝うふりをしながら、交流を深めようとした。
が、大聖は毎日、真樹を台所へ行かせようとした。
…あんな親子の楽しい語らいの中に、私が入って行けるはずがないじゃない。
真樹は、思っていた。
結花と結麻は、真樹と母との関係とは全く違い、とても仲が良かったのだ。
そんな様を見せつけられると、真樹は自分の不幸を突きつけられているようで、おもしろくない。
そんなところには行きたくなかったし、そもそも自分は大聖との仲を深めたいのだ。
だが、大聖はいつも難しい顔をして、真樹との会話を続けるつもりはない、と言う風に口をつぐんで、簡単な答えしか返してはくれない。
そんな様子の大聖に、業を煮やした真樹は、ある日大聖に自分の想いを告げることにした。
もしかしたら、大聖もこんな風だが結麻のようにお子様で、恋愛など思いもしないのかもしれない。
それならば、ここで意識をさせて、しっかし気持ちを固めて行った方がいいのだ。
真樹は、大聖に断られるとは全く思っていなかった。
何しろ、長年自分を庇い続けてその努力を認め続けてくれた大聖が、自分を想わないはずはないと思っていたのだ。
真樹は、炭焼き窯の番をしている、大聖の側へと寄って行った。
大聖は、真樹が近付いて来るのを見て、言った。
「…お前も太る料理を学んで来たらどうだ?ここはオレ一人で充分だ。無駄にしかならないぞ。」
…また同じことを言うのね。
真樹は思って、お構いなく隣りに座った。
「台所へ行っても、結麻ちゃんが良いようにしているだけだもの。後で教わるからいい。それより、ここに居たいし。」
大聖は、息をついた。
「だったら火の番をしててくれ。オレは父さんを手伝って、川で釣りをして来る。」
大聖が立ち上がると、真樹はもう歩き出そうとする、大聖に言った。
「待って!」大聖がため息をついて振り返ると、真樹は言った。「私、大聖くんが好きなの!もう、ずっとよ。学校に居た時から。」
やっと言えた。
真樹は、大聖の反応を見つめた。
きっと、驚いてはいるだろうが、自分の心の中の感情が、恋愛感情だと気付いてくれさえしたらいいのだ。
図書館で読んだ物語にも、若いと恋愛感情が分からなくて、恥ずかしくて避けようとするとか書いてあった。
だが、一度想いを理解して通じ合えば、みんな幸せに愛し合っていたのだ。
しかし、大聖は黙って身を震わせただけで、固まっている。
真樹は、まだ分からないのだろうかと付け足した。
「…ずっと、私を庇ってくれたでしょう?だから…私、ずっとあなたを想って来たの。だから、結麻ちゃんに力を分けなきゃならないって言われても、ここへ来られるならって巫女になった。大聖くんは、私ではイヤ?結麻ちゃんが好きとか?でも結麻ちゃんは、大聖くんに興味はないと思うよ。だって、変わったことばかりして注目されたいだけじゃない。」
そもそも、結麻を嫌っていたのは知っている。
大聖が、結麻を想っているはずなどない。
が、大聖は言った。
「…オレの相手は、伊津岐様が決める。だから、誰のこともそんなふうには見てない。」
…だから、頼めばいいじゃないの!
真樹は、イライラして大聖の手を握って言った。
「それは、伊津岐様にお頼みするわ!きっと、結麻ちゃんの無理なお願いも聞いてくださったんだもの、巫女の私とならいいって言ってくれると思うの!大聖くんの気持ち次第だと思う。」
そうよ、あれだけ好き放題していても、伊津岐様は結麻を咎めたりしないのだ。
こちらが誠心誠意頼めば、絶対に聞いてくれるはずなのだ。
しかし大聖は、思い切り真樹の手を振り払った。
…え?
驚いた顔をする真樹に、大聖は小刻みに震えた体を押さえながら、言った。
「…無理だよ。」
真樹は、目を見開いた。
言われたことが、理解できなかったのだ。
大聖は続けた。
「…友達のことまでそんなふうに言うなんて…。理解できない。オレ、父さんの所へ行って来る。」
大聖は、そのまま真樹をそこへ置き去りにして、川の方へと逃げ出した。
真樹は、それを見送りながら、思った。
…いいえ。あなたは自分の責務に忠実なだけ。きっと私を想っているのよ。それに気付いていないだけなのよ。
真樹は、もっと大聖と接して、気持ちを自覚させなければ、と思った。
なので、それから毎日ほど大聖を探して歩いたが、なぜか大聖は、そこに居ると思うのにいつの間にか居なくなっており、全く話をすることができなかった。
そうして、そのまま正月まで、食事の時以外は顔を見ることもできないまま、過ごすしかなかった。
真樹は、完全に力を失って細く見る影もなくなった体を、自分の部屋の畳の上へと投げ出して、息をついた。
…結麻の身代わりに、死ぬことなんてできない。
だが、真樹の責務は結麻の燃料として生きることで、それを果たせなくなったら恐らく、伊津岐はここに居ることを許してはくれないだろう。
何しろ、結麻はいくらか太ったお蔭で、自分の力がなくても、難なく神を見て、話すことができるのだ。
もう力にはなりたくない、死んでしまうと訴えたら、恐らく巫女をやめされられる。
…まだ、今はここから出るわけにはいかない。
大聖と、確かな絆が構築できていないままにここを離れたら、大聖の妻となる道は閉ざされてしまう。
この4カ月間、結麻の機嫌を取りながら良い友達を演じて来た自分が、全て無駄になってしまうのだ。
だが、このままでは結局、結麻に力を吸い取られて死んでしまうだろう。
それが、結麻を通して神を見る、代償だからだ。
…どうしよう。
真樹は、起き上がるのもおっくうな自分の体を持て余しながら、そのままそこで一人、目を閉じた。
誰も真樹の様子を見に来ることはなかった。




