真樹の視点では
真樹は、本殿を辞して、ふらふらとした足取りでなんとか巫女殿の自分の部屋までたどり着いた。
いつもなら、力を使い過ぎたら何か食べて、回復しようとするところだ。
が、今はそれどころではなかった。
何を食べても吐きそうなほど、胸が苦しく呼吸もつらい。
一刻も早く、横になって体力を回復させたかった。
…こんなに具合が悪くなるのは初めてだ。
真樹は、思った。
一時は気が遠くなり、このまま死ぬのではないかと不安になって結麻の手を離そうとしたが、結麻は神との会話に必死になっていて、こちらの手をガッツリ握って離さない。
それを振り払う気力も、もうその時には失せてしまっていた。
幸いにも、伊津岐が気付いてやっと結麻へと送られていた力が途切れ、息を上げるだけの力が戻って来た。
え、ごめん!もしかしたら私のせい?!」
…あなたのせい以外で、なんだと言うのよ。
真樹は思ったが、乱れた息の間から、答えた。
「…大丈夫。私の役目はこれだから。」
そう、どうせ燃料なのだ。
その後も結麻は何か言っていたが、真樹はもうどうでも良くて、とにかくその場から離れたくて逃げるように本殿を出た。
心配そうにこちらを見ていた、結麻の顔を思い出し、真樹は冷たく笑った。
…いつもそうよ。
真樹は、思った。
幼い頃から、結麻は巫女の子として他とは違った扱いを受けていた。
何しろ巫女は退職しても神からの守りは健在で、その父も良い待遇に恵まれ、生活は安定していて周囲の大人にも大切にされ、太ろうと努力していなくても、特別に困っている様子はなかった。
しかし、真樹は違った。
父の真一が何が何でも娘を巫女にと、幼い頃より太ることを強要されて来た。
出された食事は全て食べねばならず、もう食べられないと言うと、容赦なく拳が飛んで来た。
そんな父に母も止めることはなく、言われるままに毎日たくさんの食事を作り、また弁当も作った。
それを食べて太らないと、自分の次に控える3つ違いの妹まで大変な目に合うので、真樹は必死に毎日食べた。
すると、他の女子より格段に太ることになり、目立ってしまった。
男子達からは過ぎた贅肉を揶揄してからかい、毎日は地獄だった。
そんな中でも結麻は、細い体で真樹の隣りに居り、その対比で余計に真樹の太り具合が目立ってしまい、陰口を叩かれる。
結麻はそれを知ってか知らずか、ずっと庇ってはくれたが、真樹からしたらそれを優越感を持って楽しんでいるように見えていた。
そんな中で、大聖は結麻と同じように真樹を庇ってくれる、唯一の男子だった。
大聖は神主の家系の跡取り息子で、誰も彼の言うことに逆らえない。
いつしか真樹は大聖のお陰で男子にからかわれなくなったが、真樹はそこで大聖にほのかな恋心を抱いた。
…どうして大聖くんは、いつも私を庇ってくれるんだろう。もしかしたら、大聖くんは私を…?
そう思うと、胸が熱くなった。
これまで、父の顔を見るのも嫌だったが、学校で大聖に会えると思うと、そんな父の横暴な振る舞いも気にならなくなった。
じっと大聖を目で追う毎日だった真樹は、ふと気付いた。
どうやら大聖は、結麻が嫌いなようだった。
その頃でも、時々は男子から体型を揶揄されていたが、そんな時はいつも、庇ってくれる大聖の視線が、結麻には何やら蔑むような様子なのだ。
結麻も、大聖のことは苦手なようだった。
大聖はいつも真樹の頑張りを認めてくれて、その後に必ず努力の欠片も見当たらない結麻を、貶めるような言葉を付け足した。
…もしかしたら、結麻と並んでいることで、自分の努力が引き立つのかも知れない。
真樹は、思った。
なので、いつも結麻の隣りに居るようにし、結麻と仲良く振る舞った。
努力もしない結麻にさえ、寛大な自分を大聖に見せていたら、きっともっと大聖は自分を見てくれるはずだ。
なので真樹は、結麻を慰め結麻と共に、仲良く振る舞っていたのだ。
結麻は、信じられないくらいに能天気だった。
父母は結麻を甘やかせて育てているらしい。
真樹は、これも巫女になり、大聖と共に生活するようになるまでだと15の誕生日を心待ちにしていた。
が、真樹には、神は見えなかった。
その時の父の怒りようは、並大抵ではなかった。
次の日から、父の関心は妹に向き、真樹は解放された。
母の関心も妹に向き、真樹は放置されることになった。
食べ物も満足に与えられなかったが、妹が密かに自分の食事を真樹に横流ししてくれたので、真樹は飢えずに済んだ。
お弁当もなので、三段ある妹のお弁当の一段をもらい、それを食べていた。
自分で作っていたわけではなかったが、そう結麻に言うことで、大聖も聞いているのを期待したのだ。
そのうちに、結麻の誕生日が来た。
…あの体じゃ、神様は見えない。
真樹は思っていたが、一応神社には行った。
大聖に会えるからだ。
大聖は、自分の誕生日と同じように、綺麗な神主の着物を着てそこに居た。
…ああ、私もあの隣りにいつか並ぶんだ。
真樹は、そんなふうに思ってうっとりと眺めていた。
すると、拝殿が騒がしくなる。
何事かと思っていたら、脇の人から順に何かがざわざわと伝わって来て、聞いたところによると、結麻は神が見えたらしい。
が、見えた途端に気を失い、倒れてしまったのだという。
「あの細い体じゃねぇ。」
あちこちから、批判のような声が聴こえて来る。
…何故あの子に見えて私に見えないの?!
真樹は、不公平さに歯ぎしりした。
結麻だけが、大聖の側で暮らすなんて考えられない。
真樹が、ジリジリと結果を待っていると、結麻は父母に隠されるように出て来て、馬車へと乗り込んで帰って行った。
…え…巫女は、そのまま奥に進むはず。
真樹が思っていると、隣りのおばさんが言った。
「細い体で巫女なんか務まらないって神様に言われたらしいよ!なんてこと、巫女の資質があるのに、太らなかったせいで!」
「ほんとよ、甘やかせて育てるからこんなことになるのよ!」
皆が、結麻の家族を批判している。
それはそうだろう、ここのところ、巫女の資質を持つ女子など、出てはいなかったのだ。
…もし、結麻に見えて神様と話せるなら、あの子なら私も一緒に巫女にして欲しいとか、言ってくれるんじゃないかしら。
真樹は、ふと思った。
そうだ、自分に巫女の資質が無くても、どうしても巫女が欲しい皆の中で、あの子を太らせて巫女になって欲しいと皆に思わせたら…?
幸い、結麻は自分の言うことはいつも聞く。
結麻を巫女にして、その功労者として自分も連れて入ってくれるように頼ませたら…?
真樹は、それしか手はない、と思った。
自分はもう、巫女にはなれない。
大聖の側に行くことはできない。
後は婚姻だが、大聖の相手として神に認めてもらうためには、やはり神の目に付く側近くで仕えて、しっかり務めることだろう。
それが、大聖と結婚する近道なのだ。
…そうだわ、結麻に見えたなら、それを利用させてもらおう。
真樹は、そう思って、家にこっそり帰って甘酒の瓶を手にすると、結麻の家へと足取りも軽く向かったのだった。




