大聖視点では2
それから、父にこんなことを言い出すこともできなくて、大聖は日々、悶々とした。
真樹は、あれほどハッキリ断ったにも関わらず、あちこち大聖が居るのを探しては、側に来る。
大聖はたまらなくなって、伊津岐に相談した。
それを聞いた伊津岐は、黙って誰にもそれを明かさずに、大聖に真樹の位置を知らせてくれて、その度に逃げるように場所を変え、真樹とは顔を合わせないようにした。
が、そうすると真樹の穢れが更に大きくなり、食事の時でも無視できないようになった。
父は何かを気取っているのか、こちらへ視線を向けて来る。
…誰かに相談すべきなのか。
そう思った時、真っ先に結麻が思い当たった。
あれだけ疎ましく思っていた結麻だったが、最近では心を入れ替えて、毎日真面目に太ろうと努力している。
結麻に、相談してみよう。
大聖は、思って食事が終わるのを待った。
そして、結麻に真樹のことを話した。
結麻は、最初驚いたようだったが、真樹の気持ちを知っていたらしい。
結麻も真樹に話してみてくれるらしいが、やはり父に話した方が良いと言う。
大聖は、確かにもう黙っていることはできないと、その夜の勉強時間に、父に真樹とのことを切り出した。
父は、言った。
「…そうか。面倒なことになったな。もう、結麻があそこまで太って来ているし、真樹の務めは終わりにしても良いはずだ。一度伊津岐様にお伺いしてみよう。お決めになられたのは伊津岐様だから、ここは伊津岐様が命じられねば勝手なことはできない。」
大聖は、頷いた。
「はい。お父さん、オレ、そんなつもりで真樹を庇ってたんじゃなかったんです。あれ以上穢れが大きくなったら、気分が悪くなって学校に通えなくなると思ったから。なのに、こんなことに。もっと早くに話せば良かったんですが、結麻は真樹を信じて大切にしているし…もし、あんな気持ちでいることを知ったら、穢れを受けるのではないかと案じて。」
父は、ため息をついた。
「仕方がない。お前は思わせぶりなことを言ったわけでもないからな。伊津岐様も咎められないだろう。」
大聖は、頷いた。
「はい。確かに伊津岐様は何も言わずに、オレを助けてくれました。」
するとそこへ、伊津岐の声が割り込んだ。
「…困ったことになってるな。」
大聖は、姿が見えないのに話し掛けて来るのはいつものことなので、その姿は探さなかった。
聖も、天井辺りに視線を向けて、言った。
「伊津岐様。どう致しましょう。このままでは結麻も穢れを受けてしまい、面倒な事になりそうです。真樹の心情は、結麻が思っているほど結麻を想ってのことではない。どうしたら良いでしょうか。」
伊津岐は、答えた。
「…しばらく待て。結麻本人に考えさせねばならない。正月にはオレ達に挨拶をしに来るはずだ。真樹には見えないので真樹は結麻を必要とするだろう。その時、結麻は真樹の力を消費しながらオレ達と話す。真樹はそれを拒否することはできない。お前らも知っての通り、正月にはオレを訪ねて多くの神がここへ来る。それらの力に晒されたら、真樹の蓄えた力もすぐに尽きるだろう。その時、誰より死が身近になるはずだ。それを感じて、真樹が自ら巫女を降りるのか、結麻が真樹を傍に置く事を諦めるのか、それとも真樹がその場で死ぬのか。オレはそれを見極めたい。」
聖は、頷いた。
「は。では、仰せの通りに。それまでは、私がなるだけ浄化を掛けて、あの穢れが宮に影響を及ぼさないようにして参ります。」
伊津岐は、言った。
「その点は心配しなくていい。オレが真樹の事は一時的に封じて他と隔離しておこう。真樹にはそもそも能力自体がないから、それを気取ることはできない。問題ない、問題なのは、結麻だ。あいつは何も知らねぇし、しかも巫女として未熟過ぎて物事があまり見えてねぇ。自分がどれほど未熟なのか、今度のことで自覚してくれたらと思ってる。」
聖は、言った。
「わかりました。正月を待ちます。」
そうして、伊津岐の声は消えた。
聖は、大聖を見た。
「大聖、ということだ。伊津岐様にお任せしよう。伊津岐様はいろいろ考えてくださっている。確かに、結麻は真樹を妄信していて、心の内を全く疑っていない。真樹に利用されているなど、全く思っていないのだ。お前の話だと、真樹は思っていた以上に結麻のことを大切には思っていないようだからな。」
大聖は、頷いた。
「はい。現実を知ってしまう前に、真樹がここを出る事になれば良いと思っていますが…結麻が、真樹の本心を知って、穢れを受けるような事態は避けたいと思っておりますので。」
聖は、頷く。
「せっかくに伊津岐様が巫女を置こうとしてくださったのだ。こんなことで失いたくないからな。それは私もそう思っている。ただ大聖、我らはこの宮を穢れさせるわけにはいかないのだ。巫女の本来の役目は、宮が穢れに沈みそうになったら、その穢れを持って死んで逝くこと。伊津岐様のお力で、これまでそんなことはなかったが、その昔にはそんなことが起こったらしい。真樹が存在することで、同じ事態になるかもしれない。その時は、結麻には巫女の役目を果たしてもらうしかないのだ。そこは、覚悟をしておくのだ。分かったな。」
大聖は、暗い顔をした。
…その役目すら、結麻はまだ知らない。
そう考えると、能天気な結麻が何やら恨めしかったが、それでも知らない方が、結麻の心の負担がなくて良かったのかもしれない、と大聖は思っていたのだった。
大聖が、そんなふうにこれまでのことを反芻していると、橘が言った。
「…大聖?なんだ、ぼうっとして。」
大聖は、ハッとした。
今は、伊津岐、伊波、志伊の前に高久と橘と共に座っていたのだ。
…神の御前でぼうっとしてしまった。
大聖は、首を振った。
「いや、何も。少し疲れたのかも。」
高久が、息をついた。
「神の御前でだが、伊波様ともお話ししていたんだ。父も案じていた。今日会った時には、伊津岐様が何やら遮断してくださっているようだったが、あの真樹の穢れ、大変なことになっているな。だから必要以上に疲れるのでは。」
伊波が、頷いた。
「確かにあの穢れは酷い。こちらであのようなものを見るとは思ってもおらずで、我らも伊津岐殿にもう限界なのではと話していたところでな。」
志伊も、頷く。
「あまり長く見ておると、胸糞悪くなって来るゆえ。さっさと退出してくれて助かったと思うておった。」
大聖は、頷く。
「確かに…大変に酷い様に。」
伊津岐が、言った。
「…まあ、聖とは話し合ってある。今日の出来事で、結麻がよく考えてくれていたら良いと思うがな。どちらにしろ、真樹はこれ以上ここに置くわけにはいかねぇ。結麻の選択次第じゃ、あいつもここから出すしかねぇな。何しろ、真樹の魂が穢れてるという事実を聖から聞いて、真っ白だったあいつからは黒い気がうっすら発生していた。あれが固定されたら、まずいことになる。後は、結麻次第だ。」
大聖は、目を見開いた。
…結麻からも穢れが…?!
恐れていたことだった。
このままでは、せっかく巫女として隔離しているのに、その魂の白さが維持できなくなる。
「…それをあいつに話しましたか。」
大聖が言うと、伊津岐は首を振った。
「いいや。結麻に選択権を与えた時、オレは手助けしないと言った。全てはあいつが選ぶことだ。それをあいつが望んだんだからな。」
橘が、言った。
「…ですがまだ子供なのに。巫女の役割すら理解できていないような、何の悟りも感じない命でした。」
ちなみに橘と高久は、共に成人していて18歳だ。
だが、まだ婚姻はしておらず、婚約者を決める選定の儀もまだ行われていなかった。
伊津岐は、頷いた。
「これでもオレは譲歩してるぞ?あいつが子供なのは分かってるからな。本当なら真樹をこの場で始末しても良かったが、それを己のせいだと結麻が穢れるのを避けて、それは回避してやった。紅天には呆れられたよ。」
伊波が、頷いた。
「その通りぞ。伊津岐殿は十分過ぎるほどあやつを守ってやっている。後はそれに気付いて、結麻がどのように選択するかぞ。待つしかない。この三が日には答えは出よう。」
大聖は、あいつには無理だ、と内心慌てた。
何しろ子供も子供なのだ。
…早く行って、話してこなければ。
大聖は、ソワソワと伊津岐がその場を出て行くのを許すのを、待っていたのだった。




