大聖視点では
大聖は、毎日真樹の穢れが大きくなるのを、なす術無く見ていた。
結麻は巫女として未熟で、ポテンシャルは高いはずなのだが、全くそれを気取れていない。
いや、全くというわけではないだろう。
何しろ、あの穢れが大きくなり始めた頃から、何やら結麻と真樹の間がギクシャクし始めていたからだ。
真樹の穢れは、結構早くから見えていた。
あれは、まだ学校に入学した頃だったろうか。
何やら黒く渦巻くようなものが、胸の中に見えて、最初は何か分からなかった。
が、父について拝殿で他の者たちの祈祷などに立ち会う度に、同じような物を多かれ少なかれ、皆持っているのを知った。
もちろん、持っていない者も子供の中には多かった。
父にあれは何?と聞くと、父はあれは、妬み嫉みや恨みなどから発生する穢れで、長く心にそれを持つと、魂自体が穢れてああして、胸の内に黒く見えるのだと教えてくれた。
…そんなものがあるのだ。
大聖は、初めてそれを知った。
それから、学校で過ごしていると、多くの子供達が、数年の内にその黒い渦巻きを胸に持つようになった。
それは、女子は15に近付くにつれてどんどんと増えていた。
恐らくは、親からのプレッシャーなどがそうさせていたのだろう。
例に漏れず、真樹も入学当初からあるその穢れが、男子にからかわれる度に更に大きくなって行くのを知った。
…あれ以上になると、一緒に教室で座っているのも気分が悪くなる。
大聖は、そう思って男子達を諌め、真樹の穢れがそれ以上大きくならないようにと気を遣った。
そうしないと、自分が学校に通えなくなるのだ。
回りが多かれ少なかれプレッシャーで黒くなる中、結麻だけは何やらのほほんと過ごしていて、真っ白だった。
どうやら、責務とかそんなものには興味もないらしい。
それはそれで、大聖自身ですら父を継ぐための勉強にプレッシャーを感じて必死な中、呑気過ぎて腹が立った。
何の努力も嫌いなのでしない、とにかく楽しく生きようという結麻の心地を感じる度に、大聖はますます結麻が疎ましくなった。
が、結麻の真っ白な魂は心地よい。
それがまたイライラさせた。
あの、誰より黒くなっている真樹と共にあれだけ長時間過ごしても、結麻は全く黒く染まらなかった。
…自分の事しか考えてないからか。
大聖は、もう呆れて物も言えない、と思って結麻とは接しないようにしていた。
そんな日々の中で、真樹の誕生日が来た。
思った通り真樹は何も見ることはできず、巫女にはなれなかった。
より一層大きな穢れがと思っていたが、案外に心が解放されたのか、真樹は落ち着いていた。
次に来たのが、結麻の誕生日だった。
あの暑い盛りに結麻は拝殿へと上がり、そして見事に伊津岐を見て、そのまま倒れた。
…努力もしない女ではそうなるか。
大聖は、興味も無くそう思った。
伊津岐に拒否された結麻は、家族諸共村八分にされんばかりに批判されたのは知っている。
が、人の噂は七十五日と言うではないか。
そのうちに、消えると考えていた。
しかし、結麻はそうは思わなかったようだ。
伊津岐に直談判という荒業に出て、なんとあの、穢れだらけの真樹と共に一之宮の奥へ入って来ると言うのだ。
伊津岐からそれを聞いた直後、聖が口を開く前に、大聖は伊津岐に言った。
「反対です!」伊津岐と聖が、驚いたように大聖を見た。大聖は続けた。「真樹は穢れている。一緒に長く居たら具合が悪くなります。それに結麻は、巫女としては不適格です。あいつは努力が嫌いで何も深く考えないし、だからあんなに体が細いのに!自業自得なのではないですか。」
伊津岐は、答えた。
「分かってる。が、これ以上不幸な命を出したくはねぇ。真樹の穢れはあいつの両親のせいだ。もちろん、それを大きく育てたのは真樹の意思だし、あいつも悪いのは分かってる。それでも、結麻はなんか憎めねぇ。あいつは何かある命だ。ここへ囲って様子を見たい。恐らく悪いようにはならねぇだろう。これはオレの長年の勘だが、結麻がもたらす利益は、真樹から被る災厄より勝るだろう。結麻が一人立ちするまでの事だ。その後は真樹を宮から出す。何故なら結麻まで穢れる可能性があるからだ。お前達は穢れなど受けない生まれだが、あいつは違うからな。それを断固として否と言い出したら…それは、結麻の選択だ。あいつも穢れて同じ道を行くしかねぇな。ま、それまであいつを利用すると考えろ。恐らくあいつは、何か持ってる。あの内にな。」
あんな怠惰な女が何を持ってるって言うんだよ。
大聖は思ったが、聖は伊津岐に頭を下げた。
「仰せの通りに。すぐに告示します。」
伊津岐は、頷いた。
「頼んだぞ、聖。美智子はオレが守るから、あいつが穢れることはない。案じるな。」
聖は、頷いた。
「は。よろしくお願い申し上げます。」
そうして、伊津岐は消えた。
そして、二人は儀式を受けて、巫女として宮に入ったのだ。
何も知らない母の美智子は、二人の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。
常に側に居る状態だったが、美智子のことは伊津岐が守ると言っていたので、何も心配していなかった。
それでも大聖は、二人が疎ましかった。
何しろ、見えるのだ。
その性質まで、本当にハッキリと伝わって来てしまう。
…しかし、結麻は予想外に頑張る女だった。
太り難いとなると、筋肉をつけようと理由のわからない道具まで作って、毎日鍛えてかなりの筋肉質な体へと変貌し、初めは見えなかった境内の穢れさえ、見えるように自力でなって行った。
…あいつは変わった。
大聖は、思った。
あれだけ怠惰な性質だったのに、今ではとにかく何かに一生懸命で、炭焼き然り、太りたいと新しい料理を生み出すのも然り、とにかく頭を使って、毎日必死に働いていた。
しかし、結麻が頑張れば頑張るほど、真樹は黒くなって行った。
側に居たら吐き気をもよおすほど、大聖には耐えられない穢れだ。
恐らく、父も同じはずだが、父はそれをおくびにも出さなかった。
なので、大聖も同じようにした。
…仲の良い結麻が励んでいるのに、何が気に食わずに黒くなるのだろう。
大聖は、それが不思議だった。
が、ある日、その意味を知ることになる。
大聖が、炭焼きの当番で一人、番をしていた時に、嫌な気配がして振り返ると、真樹がそこに居たのだ。
…最近多いな。
大聖は、思った。
離れていようと思っても、畑に居ても森に居ても、いつの間にかやって来て側に居る。
結麻は、恐らくまた母達と台所だった。
大聖は、言った。
「…お前も太る料理を学んで来たらどうだ?ここはオレ一人で充分だ。無駄にしかならないぞ。」
しかし、真樹は隣りに座った。
「台所へ行っても、結麻ちゃんが良いようにしているだけだもの。後で教わるからいい。それより、ここに居たいし。」
大聖は、息をついた。
「だったら火の番をしててくれ。オレは父さんを手伝って、川で釣りをして来る。」
大聖が立ち上がると、真樹はもう歩き出そうとする、大聖に言った。
「待って!」大聖がため息をついて振り返ると、真樹は言った。「私、大聖くんが好きなの!もう、ずっとよ。学校に居た時から。」
え…?
大聖は、身を震わせた。
背筋には、恐らく生理的に嫌悪する何かがあるのか、冷たいものが流れて行く感じがする。
大聖が固まったので、真樹は続けた。
「…ずっと、私を庇ってくれたでしょう?だから…私、ずっとあなたを想って来たの。だから、結麻ちゃんに力を分けなきゃならないって言われても、ここへ来られるならって巫女になった。大聖くんは、私ではイヤ?結麻ちゃんが好きとか?でも結麻ちゃんは、大聖くんに興味はないと思うよ。だって、変わったことばかりして注目されたいだけじゃない。」
大聖は、そんなことは思ってもいなかったので、どう返せばいいのか分からなかった。
が、辛うじて言った。
「…オレの相手は、伊津岐様が決める。だから、誰のこともそんなふうには見てない。」
だが、真樹は大聖の手を握って言った。
「それは、伊津岐様にお頼みするわ!きっと、結麻ちゃんの無理なお願いも聞いてくださったんだもの、巫女の私とならいいって言ってくれると思うの!大聖くんの気持ち次第だと思う。」
大聖は、思わず握られた手を振り払った。
驚いた顔をする真樹に、大聖は小刻みに震えて来る体を押さえながら、言った。
「…無理だよ。」と、その言葉を聞いてまた、黒く穢れを増幅される真樹から目を反らして、続けた。「…友達のことまでそんなふうに言うなんて…。理解できない。オレ、父さんの所へ行って来る。」
大聖は、そのまま真樹をそこへ置き去りにして、川の方へと逃げ出した。
こんなに体と心が嫌なショックを受けたのは、生まれて初めてだった。
…父さんに言うべきだろうか。
大聖は、心の中で葛藤しながら、どうしたら良いのか分からなかった。




