巫女
聖は、口を開いた。
「…悟の言う通りだ。」結麻が聖を見ると、聖は続けた。「まず、伊津岐様他神達が、年齢を区切っていらっしゃるのだ。見える者、見えない者関わらず、一様に女子全員に、必要があれば神を認識できるように生まれた当初から計らってくださっている。が、15を過ぎると、物の善悪もわかるようになり、己で判断できるようになると全て本来の状態へと戻される。それでも魂に穢れがないならば、神を認識できるはずなのだが、そこはやはり人なので、それぞれ本来持つ能力というものがあり、見えるはずなのに見えぬ者も出て参る。巫女は魂に穢れがなく、尚且つ見える能力を持つ者、ということになる。ちなみに伊津岐様には、見えぬが魂に穢れのない女子であれば、お手をお貸しになり目を開くこともお出来になるのだ。が…ここ数年、巫女の数が極端に少ないのに、伊津岐様にはそのようなことをなさってはいない。」
充が、頷いた。
「そのご真意は定かでないが、魂に穢れがなくとも巫女には不適格と判断された者、また魂に穢れがある者ばかりであったのだと我らは思っている。」
沙良が、言った。
「…伊津岐様は、紅天様との会話の中で、この神倭の国の穢れがここに集まって来るので、浄化し切れていない中で育つ者が、巫女に育つとは思えないとおっしゃっておりました。そういうことでありましたのね。」
聖は、頷いた。
「その通りだ。近年、その数が減って我らも危惧しておるところ。」
佐織が、言った。
「男子が能力のあるもの以外、生まれた当初より15まで、神が見えないのはなにゆえですか?」
それには、悟が答えた。
「それは、女子の方が弱い器に生まれて、非力であるからぞ。男子に無体な狼藉を加えられたりしたら、それをすぐに報告することができるだろう。その狼藉の前に神を呼び出すことすらできるよう、そのように女子は優遇されておるのだ。分別もつくようになれば、危ない場所へ向かうこともなくなる。分かっておって危ない場所に敢えて参るのは、その女の選択ぞ。ゆえに15となっておる。そもそも女子は18で婚姻することが多いが、男子はそれを養える者が婚姻を許されるので、社会へ出なければなるまい?ゆえ、女子より穢れを受ける確率も高く、見えておったものも見えぬようになるのが大半ぞ。」
そういう事情があるのか…。
結麻は、それを黙って聞きながら、思っていた。
伊津岐は真樹を、結麻が太ればお役御免と決めていたようだった。
それを、結麻が無理に引き留めて、結麻が太ってもすぐには真樹を外に出さずにいてくれている。
そのことを、真樹自身は知らされていない。
あれから満足に話もできていない…。
それより何より、伊津岐が魂に穢れがなく神が見えない者を、見えるようにする事が出来るのだとしたら、あの時真樹を燃料とか決めずに、同じく見える能力を与えたら良かったはずだった。
が、伊津岐がそれをしなかったということは…。
「…聖さん。」結麻が思い詰めたような顔で聖を見て言うのに、皆が黙って結麻を見る。結麻は続けた。「まさか…まさか真樹ちゃんは、穢れを持っているんですか?」
そうだとしたら、伊津岐はかなり結麻の無理を聞いてくれていることになる。
最初、大人の事情があると結麻を巫女にするために真樹を側に置くと決めてくれた時も、太れば真樹を宮から出すと言われてそれを引き留めた時も、伊津岐はこちらに譲歩してくれていたのだ。
果ては、真樹があのままでは死ぬところだったのを、伊津岐は止めてくれた。
紅天は、自分なら放って置くと言っていたにも関わらず…。
聖は、息をついて頷いた。
「…持っておる。」結麻は、想像していた最悪の答えに、息を飲んだ。聖は続けた。「言わねばならぬと思うておったところよ。私も大聖も、それにこれら神主も見える者は皆最初から知っている。実は伊波様も志伊様も、反対なさっておいでであったとこれらから聞いていた。が、伊津岐様がお決めになられたことに、神ですら逆らえぬのに我らが何も言えぬだろう?己の親が穢れておると、余程己をしっかり持てる命でなければ、必ず穢れを受けてしまうもの。なので真樹には気の毒であるが、初めから早うここから出さねばと、回りの皆は思っていたのだ。」
知らなかった…!
結麻は、思った。
そういえば、真樹はあの時も両親を恨んで、もう顔を見たくないとまで言っていた。
あの恨みが、穢れとなって伊津岐にも聖にも、恐らく大聖にも見えていたのだ。
充が、追い討ちを掛けるように言った。
「…それだけなら親のせいと哀れに思うところだが、真樹の穢れは我らが見ている前で、大きくなって来ている。聖に理由を聞いたが…これ以上はとこちらでも話し合っていたところなのだ。」
結麻は、衝撃を受けた。
大きくなっている…それは、もしかしたら大聖への想いが叶わないから…?
結花が、言った。
「あなたも感じていてはずよ。私にはもう見えないけど、巫女だったからか最近では真樹ちゃんを見る度に重苦しい心地になっていたの。あなたもあまり、真樹ちゃんと接しないようになっていたと聞いてるわ。分かっていたけど、見ないようにしていたんじゃない?」
結麻は、確かに居心地が悪くて、あまり近くに居るのがつらいと感じることもあった。
が、常ではなかったのだ。
「…常にそうじゃないわ。楽しく話せる時もあった。本当に穢れているわけじゃないんじゃない?浄化する事が、出来るんじゃないかと思う。」
佐織と沙良が、顔を見合わせる。
佐織が、言った。
「…我らも何も。巫女が穢れているなど考えてもいなかったからかもしれませんが、穢れを感じませんでした。確かにまだ、浄化できるのでは?」
悟が、息をついた。
「…それは、表に出て来る時ばかりではないからぞ。魂を見ようとしなければ、その奥底の穢れなど見えぬ。巫女には魂まで見通すことは出来ぬので、それは無理なのだ。」
結麻は、言った。
「ならば、伊津岐様では?」皆が、結麻を見る。結麻は続けた。「伊津岐様なら魂の穢れも祓っておしまいになるのでは。」
聖が、首を振った。
「伊津岐様は確かにそれをなさる。が、ここまでやって来られなかったということは、それが真樹の選択であると判断なさっておいでだからだと思われる。魂まで穢れようと思うと、己で負の感情に進んで溺れなければならぬ。恨みなら恨みを、ずっと心に持ち続けて居なければ、魂まで穢れることはない。困ったことに、恨みは人を極限まで穢れさせる。常に心に浮かんで来るのを消し続けるのは並大抵のことではない。が、それをせねばならぬのよ。穢れたくなければな。」
そんなこと、学校でも教わらないのに。
結麻は、思った。
結局真樹は悪くない、と結麻は思ってしまうのだ。
自分だって真樹のような境遇になったら、親を恨んでいたかも知れない。
…とはいえ、大聖のことは…。
結麻は、暗く落ち込んだ。
それを見た、聖が眉を寄せる。
同じく悟と充も、少し嫌な顔をした。
充が、言った。
「…ならぬな。」と、聖を見た。「聖、もうこれ以上はならぬ。せっかく結麻が巫女として一人で立てるようになり、奥で穢れなく隔離していたのに、これでは本末転倒ぞ。伊津岐様にお話に参ろう。」
充も、頷く。
「今すぐ参った方が良い。我らも行くゆえ。」
聖は、迷うように結麻を見たが、頷いた。
「…ならば参ろう。」と、巫女達を見た。「巫女は巫女殿に戻ってもう休め。」
美智子が、竹の皮に包まれた、おむすびを差し出した。
「それぞれに3個ずつ作ったわ。これを持って行って。結麻ちゃん、真樹ちゃんにこれを渡したら、今日は話をせずに自分の部屋へ入って休むのよ。もう夜中の2時だわ。明日は、ゆっくり寝ていても大丈夫だから。」
結麻は、佐織と沙良と共にそれを受け取ると、頷いた。
だが、自分のせいで死にかけた真樹に、声も掛けずにおむすびだけ渡してなんて、できるだろうか。
しかし、言われた通りにしないと、また何かあったら結局回りに迷惑を掛けてしまうのだ。
結麻は、佐織と沙良に気遣われながら、巫女殿へと戻って行ったのだった。




