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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
古(いにしえ)の呪
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いったいどこに

伊津岐は、あちこち気を放っては千紗の小さな痕跡を探した。

が、何しろ砂漠に落とした針を捜すようなものなので、全く分からない。

あちらから呼んでくれれば何とかなるが、しかしその声も、全く聴こえては来なかった。

他の神たちも、自分の結界の中の声を漏らさぬように聴いてきれている。

が、まだ千紗を発見したという知らせは来ていなかった。

「…これだけ探してみつからねぇってことは、もう黄泉なのか。」

伊津岐が言うのに、案じて共に探している伊知加が答えた。

「落ち着け伊津岐。お前のせいじゃねぇ。そんな悲壮な顔するな。」

伊津岐は、言った。

「あいつを外に出すのに、印も付けずにいたオレのせいだ。まさかって思ってたからよ…忠興と郷は、もう北に着いたか。」

伊知加は、首を振った。

「あいつらは人だから地上を進んでるしまだだ。千紗なら必ずお前を呼ぶだろ。今は声を出せねぇ状態なのかもしれねぇ。だから落ち着け。」

すると、そこへ声がした。

《伊津岐!》ハッと伊津岐が顔を上げる。清輪の声だ。《伊津岐、千紗の声がする!波矢豊の集落ぞ、我が結界の端を声が掠めたので耳を澄ませたら、確かに聴こえた!》

そうだった、清輪は結界を今、大きくしているから。

伊津岐は、そちらを向いた。

「波矢豊の…?なんでそんな所に!」

伊知加は、言った。

「それより行こう!早く千紗を保護しないと!」

伊津岐は頷いて、伊知加と並んで飛んだ。

千紗が、伊津岐を呼ぶ声は、その廃村に近付くほどに大きくなっていたのだった。


廃村に到着すると、その真ん中の道にポツンと、千紗が座り込んでいるのが見えた。

「千紗!」

伊津岐が途中まで降りて行くと、千紗はハッと上を見て、涙ぐんだ。

「ああ伊津岐様…!私、私ここがどこだか分からなくて…!拐われたみたいなんです!」

「千紗…、」と、降りて行き掛けて、足を止めた。「…お前…。」

伊知加が、伊津岐の肩を掴んだ。

「ダメだ伊津岐!待て。」と、伊知加が降りて行った。「オレが行く。」

伊知加が、千紗の前に降り立つ。

千紗は、急いで伊知加に駆け寄った。

「伊知加様!」

伊知加は、手を伸ばす千紗に、それを止めるように前に手を出して、言った。

「待て。そこまで。」と、千紗を見つめた。「千紗、みんなお前を探してた。なんでここに居るのか、全く分からねぇんだな?」

千紗は、頷いた。

「はい。機織り屋さんから出て少し歩いたら、誰かが飛び出して来て、そこから意識がありません。財布がないので、多分とられたんだと思います。」

伊知加は、頷いた。

「そうか。」と、息をついた。「…千紗。落ち着いて聞け。伊津岐は、今お前に近付けねぇ。お前は穢れちゃいねぇが、しかしな、黄泉の気配がする。で、お前は今魂魄だけだ。つまり、お前は死んだってことだ。」

千紗は、口を押さえた。

「え…私、死…?!」

でも、体はある。

それとも、体だと思っているけど、無い…?

千紗は、急いで下に落ちている石を拾おうとした。

が、その石は手をすり抜けて、掴むことができなかった。

「そんな…!」

私は、死んだんだわ。

千紗は、涙が後から後から流れて来るのを感じた。

賊に殺されて、こんな所に転がされていたのだ。

「…どこで気が付いた?多分、そこがお前の死んだ場所だ。体を回収しよう。」

千紗は、震えながら言った。

「あの…あっちの崩れた建物の中。でも、私の体はありませんでした。何も…ほんとに、何も。」

伊知加は、頷いた。

「そうか。とりあえず、見て来よう。」

気が付いて、生きていると思い込み、体が見えなかったのかも知れない。

何しろ、魂魄だけになると目で見ているわけではないので、自分に都合の悪いものは見えないことがあるのだ。

「千紗…。」

伊津岐は、上空からそれを見つめて、後悔していた。

やはり、巫女は外に出すのではなかった…!


千紗に案内されて進んだ先に、伊知加は見覚えがあった。

…波矢豊の場所。

伊知加は、そう思いながら気を探った。

が、そこにはあれほど溜まりきっていた穢れの気配はなく、残った残照のようなものも、風に流されるように浄化されて行くのが見えた。

「…待て、もしかしたらここか?」

伊知加が言うと、千紗は頷いた。

「はい。あの、崩れた建物の中で気が付きました。」

伊知加は、頷いて慎重に中へと足を踏み入れる。

が、あの時感じた妙な穢れの圧力は、全く感じなかった。

「…伊津岐、波矢豊が居ねぇ。」伊知加は、崩れた天井の隙間から、空を見上げて言った。「波矢豊の核が消えている。」

伊津岐は、答えた。

《…なんだって?波矢豊は動けねぇんじゃ。》

伊知加は、頷きながら回りを見回す。

千紗は、さらに奥へと進んで、言った。

「ここで目が覚めました。」

伊知加は、そこへ足を踏み入れた。

そこには、もう何も残ってはおらず、しかし足元の床には、見覚えのあるような魔法陣のような紋様が描かれて、残されていた。

が、千紗の体はなかった。

「…魔法陣だ!」伊知加は、慎重にそれを踏まないようにしながら、顔を近付けて見た。「なんか見たことねぇ形。不動結界のとは明らかに模様が違うな。」

伊津岐が、言った。

《波矢豊は、魔法陣でどっかへ移動したのか?いったいどこへ行った!千紗の体…もしかしたら、取り引きに使われたのか?!沙耶を押し込んだから千紗が弾き出されただけで、千紗の体はどこかで生きてるんじゃ?!》

伊知加は、頷いた。

「…恐らく。問題は、何を取り引きしたかだ。また変な術を与えてたりしたら、面倒なことになるぞ。しかも、あいつはここから沙耶と千紗の体を連れて移動しやがったんでぇ。居場所を探さねぇと。」

沙耶を放り込むのに、千紗の体は格好の材料だっただろう。

何しろ巫女なので、穢れはきっちり祓われているし、能力者の体だ。

偶然だったのか狙ったのかは分からないが、千紗を拐った賊は、波矢豊が頷くだけのものを取り引き材料として揃えることができ、間違いなく取り引きは成立している。

後は、何を願ったかなのだ。

「…千紗、お前の体は恐らく生きてる。」千紗は、え、と驚いた顔をした。伊知加は続けた。「取り戻せさえしたら、お前を戻して復活できる。だからお前は、ふらふらさせずにどっかに保護しとかなきゃいけねぇんだが、神社はダメなんだ。死は穢れって判断されて、神の結界は弾いちまう。何しろお前、今は死んでる判定なんだよ。」

千紗は、困った顔をした。

「じゃあ…どうしたらいいんでしょう。」

伊知加は、息をついた。

「ま、人にゃお前をどうにかなんかできねぇし、能力者にしかお前は見えないし声も聴こえない。だから、神の結界内に入れないだけで、外のどっかに居てくれたら助かるんだけど。ただ、黄泉と紐付いてるからなあ。あっちから引っ張って来る可能性があって、もしそっちへ逝っちまったらオレ達にはどうしようもない。もう帰って来れねぇ。」

千紗は、どうしたらいいんだろうと、困った顔で伊知加を見上げた。

「そんな…踏ん張ったら黄泉に逝かずに済みますか?」

伊知加は、ため息をついた。

「分からねぇ。オレはあんまり詳しくねぇし。詳しいのはキリサと真比女だ。あいつらにどうしたら良いのか聞く。とりあえずお前、中之国の外へ戻れるか?ええっと、そうだな、警備兵の詰所辺りだ。あいつらにはお前は見えねぇが、安心だろ。」

千紗は、困った顔のまま言った。

「…死んでるからって高速移動とかできないんです。私、まだ生きてるつもりだったぐらいなんですよ?人は死んでも、飛んだりできません。」

伊知加は、ハァと息をついた。

「…郷を迎えに寄越す。」と、空を見た。「伊津岐、郷にこっちへ飛んでこいと言え。あ、途中で馬を調達してから来いって。千紗を中之国の外の警備兵詰所へ運んでくれって。」

伊津岐は言った。

《あのな、郷も神だ。あいつも千紗には触れられねぇぞ?忠興にこさせよう。ちょっと時間は掛かるが、それぐらいならここで見張っててやるから、千紗はそこで待ってろ。魂魄だから何も食わねぇでいいし、とにかくここで待て。それでいいだろ。》

伊知加は、言った。

「それでもいいが、その間に黄泉へ引っ張られたらどうするんだ?早いとこキリサに対応を聴いて来なきゃヤバいだろ。」

伊津岐は、舌打ちをした。

《…分かった、じゃあお前、そこで待ってろ。》え、と伊知加が目を丸くすると、伊津岐は続けた。《忠興達に知らせてから、オレはキリサに聴いて来る。すぐ戻る!》

「おい、伊津岐!」

しかし、伊津岐の気配がその場から、スッと消えたのが分かった。

伊知加と千紗は、取り残されて顔を見合わせたのだった。

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