大晦日と年明け
その夜、真樹の部屋を訪ねた結麻だったが、もう眠いと言って話はできなかった。
それからも、折を見て話そうと真樹を探すが、見つけて寄って行こうとしても、真樹の方が避けて行くので、話ができない。
大聖とも、二人きりだと真樹の視線が怖くて、あれから聖とどんな話になったのか、聞くことはできなかった。
そうなって来ると、聞けるのは一人だ。
何もかも見ていて知っている、伊津岐だった。
が、伊津岐をそんなことに使って良いのだろうかと迷い、結局お正月の来客のための準備に忙しくて、結麻はいつしかそんなことを忘れて作業に没頭していた。
もう大晦日で、明日は多くの人々がこの中津国一之宮へと押し寄せる。
というか、大晦日の夕方からもう、かなり境内は人で溢れ返っていた。
神様とその神主、妻、巫女は、そんなわけでもう大晦日から到着していた。
「お酒が足りてないって。」美智子が叫ぶ。「結花、ごめん、食料倉庫へ行って来て外へ持って行って!巫女達は表に出られないし!」
結花は、頷いた。
「任せて!二之宮の奥さんが外で頑張ってくれてるから!」
ちなみに三之宮の神主の奥様は、今ここで必死に天ぷらを揚げている。
美智子は大鍋に雑煮を大量に作って、それをかき混ぜていた。
巫女達は、何もできないので巫女殿の居間に集まって、そこで座っているだけだ。
結麻は、気になって台所の様子を見に来たのだが、大変なことになっていた。
「え、大変!美智子さん、私お米ぐらいなら炊きますけど!」
美智子は、頷いた。
「ありがとう!そっちでお米洗って!」
三之宮の奥様が言った。
「うちの巫女ちゃん、佐織ちゃんっていうの!あの子手際が良いから呼んで来て一緒にやるといいわ!」
結麻は、頷く。
「佐織さんですね!分かりました!」
結麻は、急いで巫女殿へと取って返した。
ちなみに巫女は、一之宮で伊津岐が見えると、伊津岐からどこどこの宮で巫女をやれ、とか指示を出す。
つまり、全員が一之宮に仕えられるわけではないのだ。
ここ十五年ほどは、見えても伊津岐が気に入らないのか何なのか、他の宮に振り分けられていたりして、そんなわけで一之宮には巫女不在でここまで来て、そして久しぶりに真樹と結麻が巫女となっていた。
結麻は、必死に巫女殿へと駆け込むと、驚いたように振り返った、真樹、そして二人の巫女を前に、言った。
「佐織さん!佐織さんはどちらですか?」
ふくよかだがそれは美しい、結麻よりは数年年上の巫女が、手を上げた。
「はい、私。どうかしましたか。」
結麻は、頷いた。
「台所が大変で。私はこれからお米を炊くんですけど、三之宮の奥様が、佐織さんを呼んで来るようにって。」
佐織は、慌てて腰を上げた。
「あら大変。」と、他の二人を見た。「では、行って参ります。」
長年巫女をしていると、上品になるのだろうか。
結麻は、それを見て思った。
すると、もう一人の巫女が言った。
「まあ、でしたら私も。」と、立ち上がる。「お米ぐらいなら炊けますわ。だって、皆炊事のお手伝いはしますでしょう?」
巫女はそうだよね。
結麻は、頷いた。
「はい。来て頂いたら助かります。二之宮の奥様は、表で皆様の対応をなさっておいでらしくて。拝殿には、多くの氏子さん達が来ていらっしゃるので、神主様方は皆そのお相手をなさっているし。」
何しろ、一之宮だけではなく、二之宮、三之宮の氏子代表も来ているのだ。
その上、一般の参拝に来ている人々には、境内でお神酒を一杯ずつ振る舞っていた。
佐織が、こちらへ歩いて来た。
「参りましょう。こちらのお屋敷は私も知ってますわ。毎年来ますから。あちらは真樹さんと仰るとお聞きしましたけど、あなたは?」
結麻は、慌てて頭を下げた。
「はい、結麻と申します。」
佐織は、軽く頭を下げた。
「よろしくお願い致します。佐織です。」と、脇の巫女を見た。「こちらは沙良さん。私と同じ歳で、私達は18歳なの。」
おお、成人済みだ。
結麻は、言った。
「私と真樹ちゃんは、今年巫女になったばかりの15歳です。よろしくお願い致します。じゃあ、とりあえずお米を炊きましょう!」
二人は頷いて、先を迷いなく歩いて行く。
本当に、ここは熟知しているようだった。
結麻は、最近顔も満足に見てない、真樹を見た。
「真樹ちゃん、行こう。お手伝いしなきゃ。」
真樹は黙って頷いて、そうして四人は台所へと向かったのだった。
必死に米を洗っては炊き、洗っては炊き、袴の裾を捲り上げ、着物に襷を掛けて邪魔にならないようにして、四人はひたすら米を供給し続けた。
そこにあった米を全て炊き終えて、お櫃へと移し終えてやっとのことで、ホッとした時には、もう深夜だった。
境内の方では、拝殿の前のさい銭箱の前などは、ますます人が増えて大変な事になっているらしい。
そこへ来て初めて、これまで拝殿の中で神主たちと食事をしていた氏子総代始め、代表を務めている人達が外へと出て、人員整理をしてくれ始めたようだ。
彼らは、これから交代で三が日を、参拝客たちを整理したり世話をしたりと、奉仕してくれるのだ。
巫女たちが、やっと米炊きを終えて目の前の居間の畳の上で座り込んでいると、そこへ神主三人とその息子達が戻って来て、同じように疲れ切った様で畳の上へと座った。
「…政子、茶をくれ。もう、あやつらの話を聞いておって疲れたわ。」
神主の一人が言う。
すると、佐織が今疲れて座り込んだところなのに、スッと立ち上がって言った。
「充さん、橘さん、お疲れ様です。」と、三之宮の奥さんを見た。「政子さん、こちらへ。私が配りますわ。政子さんもちょっとお座りになったら。」
政子と呼ばれた三之宮の奥さんは、ホッと畳の縁に座った。
「ありがとう、佐織ちゃん。あなたを連れて来て本当に良かったわ。」
…めっちゃ気が利く。
すると、沙良も疲れた体に鞭打って、立ち上がった。
「悟さん、高久さんも。お疲れ様です、お茶をお飲みになりますか。」
悟と呼ばれた神主が、手を振った。
「ああ、我らは良い。休んでいろ、沙良。」と、キョロキョロした。「郁子は?まだ外か。」
すると、そこへ結花が誰かを連れて帰って来た。
「やっと氏子さん達が出て来てくれて。」と、傍らの女性を見た。「二之宮の奥様、郁子さんよ。」
結麻は、頭を下げた。
「こんばんは、結麻です。」
真樹も、頭を下げる。
「真樹です。」
郁子と言われたその女性は、疲れ切っているようだったが、微笑んで言った。
「まあまあ、かわいらしい。新しい巫女さんね?よろしくね、私は二之宮の、そちらの悟さんの妻の郁子です。」と、悟を見た。「悟さん、終わったようね?伊波様は、本殿にいらっしゃるのかしら。」
結麻は、首を傾げた。
「伊波様って?」
結花が、窘めるように言った。
「もう、不勉強なんだから!二之宮の神様よ。三之宮の神様は志伊様。あなた、新しい食べ物ばかりで基本的なことを何も学んでないでしょう。」
すると、政子が言った。
「まあまあ結花さん、それぐらいで。結麻ちゃんは別のことで頑張ってくれているでしょう?菜種油でお豆腐を上げたり、天ぷらを作ったりとても皆喜んでいるのよ。今日の氏子さん達も、珍しい美味しい物が食べられて良かったって、張り切って出て行ってくれたわ。それに、炭も。試供品を配るために、先にうちの神社に送って来てくれたでしょう?使ってみたの。とっても便利。お魚が美味しいの。」
郁子も、頷いた。
「ほんとに!とってもおいしいのよね、炭火焼き!今までありふれた物ばかりで、正直悟さんも高久も飽きて来ていたのに、最近では食事が楽しいって。沙良ちゃんもまたよく食べてくれるようになって、伊波様ともよくお話ししているのよ。」
沙良は、頷いた。
「ああ、あれを考えてくれたのが、そちらの結麻さんだったのね。ありがとう、食欲がなくてどうしようかと思っていたのに、揚げ物はおいしくてたくさん食べられるの。特に揚げ出し豆腐がとても好きで。フフ。」
沙良は、嬉し気に微笑む。
美智子が、大きな盆を手に言った。
「さあ、お疲れ様。私達も、夜食にしましょう。早めにおむすびを食べただけだったでしょう?氏子さん達に出した物の残り、たくさん天ぷらがあるわ。さつま揚げも。結麻ちゃんのアイデアで、お豆腐を潰して混ぜてみたのよ。ふんわりして、美味しそうでしょ?」
佐織が、微笑んだ。
「まあ美味しそう。楽しみですわ。」
…佐織さんって上品だなあ。
結麻が思っている中で、結構な重量であるはずの巫女たちはサクサクと動いて食事の準備をし、そうして深夜の、食事会を始めたのだった。




