油の需要
油揚げと厚揚げは、瞬く間に美智子によって皆に公表された。
その後、野菜を衣に付けて揚げる天ぷらや、魚のすり身に味をつけて片栗粉を練り込み、揚げるさつま揚げも結麻は披露した。
もちろん、あの日に大樹と聖が釣ってきた魚は、大きめだったので切り身にして生姜醤油に漬け込み、片栗粉をつけて竜田揚げにして食べたのだが、それも皆に好評だった。
そんなこんなで白飯が進み、結麻は無事に年末までに10キロの増量に成功した。
なぜ重さが分かるかと言うと、測るための目安石というのがあり、それを載せた天秤の片方に結麻が乗ることで、今どれぐらいの重さなのか、測る事が出来るようになっているのだ。
目安天秤という名で、これはこの世界のあちこちにあって重さを測る基準となっているのだ。
ちなみにこの、目安石は、役所で製造して全国に配られていた。
重さは1グラム単位からあり、小さな物から大きな物まで、全国共通で測れるようになっていた。
結麻はでっぷりとして来た腹と、丸くなった頬を見ると、何やら複雑だったが、これで正月行事にも無事に出る事が出来る。
お正月には、他の中之国の神主や巫女達も、こちらへやって来る。
結麻だけ痩せていたら、おかしな目で見られそうで、急いで太って良かったと思っていた。
聖が、言った。
「結花の若い頃に似て来たな。」と、微笑ましく結麻を見た。「努力して太るための食事を考えて、本当によくやったと思っているよ。今では、他の宮でも巫女には菜種油で揚げた食事を出して喜ばれているらしい。体重を簡単に維持できると評判なのだ。」
結麻は、頷いた。
「良かったです。巷ではお豆腐屋さんが油揚げと厚揚げも販売を始めたそうですね。一般家庭でも、女の子達が楽に太る事が出来たらいいなと思っています。」
結麻が二ヶ月でここまで太れたのも、糖質と脂質のお陰だ。
伊津岐も、最近では気軽に出て来て結麻に話しかけて来るようになった。
とはいえ、母の結花が巫女の時は、もう10キロほど重かったらしいので、もっと頑張れと言われていた。
美智子が、言った。
「結麻ちゃんは太って良かったけれど、真樹ちゃんは…最近、あまり食が進んでいないようね?顔が細くなって来ていて心配だわ。」
結麻は、ハッとして真樹を見た。
言われてみたら、真樹は少しスッキリして来ている。
確かに、結麻が米を大きな茶碗に三杯食べるのに、真樹はいつも一杯だった。
最近は、真樹とそんなに一緒に居ることはなく、どうもあちらから避けられているようだったのだ。
「…真樹ちゃん、もしかしたら油物は嫌いかな?ごめん、私が太ることばかり考えて、真樹ちゃんの好みを聞いてなかったよ。」
真樹は、首を振った。
「ううん、違うの。みんなとてもおいしいよ。でも、すぐにお腹がいっぱいになっちゃうの。」と、箸を置いた。「ごちそうさま。」
私、まだおかわりしようと思ってたのに。
結麻は、真樹に言った。
「何か気になる事でもある?そうだ、最近伊津岐様と話してないよね?手を繋いで呼んでみる?」
真樹は、また首を振った。
「…いい。大丈夫。」と、立ち上がった。「ごちそうさま。」
そうして、食器を持ってそこを出て行った。
自分の分は自分で洗う決まりなので、洗い場へ行ったのだろう。
結麻は気になったので、おかわりをしようと思っていた茶碗を置いて、後を追おうとした。
が、大聖が言った。
「…お前は太らなきゃだろ。」う、と結麻が固まると、大聖は続けた。「食えるなら食っとけ。」
確かに、食べてあと10キロ太らなきゃだけど…。
結麻は、真樹を気にしながらも、仕方なくまたおかわりをして、そうしてお腹いっぱいにしてから、食器を持って洗い場へと向かったのだった。
洗い場には、もう真樹は居なかった。
側の籠には、真樹が洗った食器が入っている。
結麻がため息をついて食器を水につけて洗い物を始めると、そこに大聖がやって来た。
「…大聖。洗っとこうか?これから聖さんと勉強でしょ?」
大聖は、首を振った。
「いいよ、自分で洗う。」
結麻は、頷いてゴシゴシと布で食器を擦る。
すると、大聖がボソリと言った。
「…実はな。」結麻は、手を止めずに大聖を見る。大聖は続けた。「あいつ。真樹に…ずっと好きだったって言われた。」
結麻は、瞬間固まった。
…告白したのか。
結麻は、ここのところ増量メニュー開発で忙しくしていて、真樹とゆっくり話していなかった、と後悔した。
もし、真樹に相談されていたなら、もう少し待てばと言えたのだ。
何しろ、大聖は今、それどころではないぐらい勉強に忙しいのだ。
「え…それで、なんて答えたの?」
結麻が言うと、大聖は答えた。
「…オレの相手は伊津岐様が決める。だから、誰のこともそんな目で見てないって。」
だろうね。
結麻は、ため息をついた。
そして、食器洗いを続けながら、言った。
「…そうよね。真樹ちゃんの気持ちは、実は知ってたの。だから…あんまり私が大聖と一緒に居ると、嫌な気になるだろうなって、遠慮したりしてた。だからギクシャクしてるように見えたんじゃないかな。ほら、炭焼き始めた辺りよ。」
大聖は、思い当たる事があったのか、頷いた。
「…あの時か。喧嘩したのかと思ってた。オレはそんなこと、考えたこともなかったから。学校へ行くことを許してもらった時も、父さんから強く言われたんだ。誰かを好きになってはいけない、そんな目で見てはいけないって。必ずその子と添い遂げられるとは限らないから。もしかしたら、偶然その子に決まるかもしれないが、その確率は限りなく低いから、って。お互いに辛くなるから、父さんもなるべくそんな目で見ないように、振る舞ってたって言ってたな。だから、オレはそういうの困るし。そう言ったんだけど…。」
結麻は、食器を籠に移して、言った。
「…伊津岐様に頼むから、って?」
大聖は、驚いた顔をした。
「…知ってるのか?」
結麻は、またため息をついて首を振った。
「いいえ、そうじゃないかなって思ったの。私にも、伊津岐様にお願いして欲しいって頼まれたから。でも、多分そんなことじゃ駄目だろうと思って、一応分かったとは言ったけど、そのつもりはなかったわ。」
大聖は、自分の食器を水に漬けて、洗い始めた。
結麻は、脇に場所を譲った。
「…どうしたもんかな。断ったけど、あれから毎日一緒に炭の様子を見に来たり、畑の見回りにもついて来たりするんだよ。結麻は台所で母さん達と忙しいし、そっちで料理を習って来いって言うんだけど、聞かないんだ。だから、最近はなるべく居場所を伊津岐様にお教え戴いて、こちらへ来ると分かったらすぐに移動して会わないようにしてる。つまり、顔を合わせるのは食事の時だけなんだが、いつも恨めしげに見てて目が合うんだ。こっちが参って来そうで。」
…恋は盲目だもんね。
結麻は、息をついた。
「…それ、聖さんには話した?」
大聖は、食器を籠に置きながら、首を振った。
「まだ。でも、今夜は言うべきかなって。痩せて来てるだろ、真樹。」
確かにね。
「…私から、一度真樹ちゃんに話を聞いてみようか?でも、大聖は仮に伊津岐様が許したとしても、真樹ちゃんと結婚する気はないんでしょう?」
大聖は、すぐに首を振った。
「ない。まだ15だぞ。まだ後三年は相手が決まらないはずだろ?三年あっても、そんな気になるか分からないのに。真樹は…性格的に、合わないと思うしな。オレ、いろいろ見えるしさ。」
そうか、見えるのか。
「え、じゃああなたも伊津岐様と同じで、いろいろ見えるの?」
大聖は、頷いた。
「見えるぞ。お前はほんとに怠惰な奴だし、適当っていうか、深く物事考えねぇなって初めて会った時から思ってたけど、人って変わるよな。今のお前は、なんか一生懸命だ。真樹のことも、大事に思ってるし…そう思うと、なんかお前のためにも無碍に扱うのもって、迷ってたんだ。だから相談したんだけどな。」
うわ、見えてるなー。
結麻は、バツが悪い顔をした。
確かに何の目的もなく生きて来たし、前世を思い出してからこの方、必死に世の中を良くして、自分の立場も良くして、伊津岐様に認めてもらおうとしている。
目標があるのだ。
目標の無かった時の自分は、大聖に悪く言われても仕方がなかった。
結麻は、言った。
「…じゃあ、ここを出すとか言われたらって心配だけど、大聖が困るなら聖さんに相談してみて。私も、ちょっと真樹ちゃんに話を聞いてみるよ。こんなことは、話し合わなきゃ。ね?お正月までに解決しよう。」
大聖は頷いて、そうして二人はそれぞれの部屋へと、戻って行ったのだった。




