外の出来事
角石を運んで行くと、思った通り真樹は無表情で土を黙々と運んでいた。
努めてそれに気付いていないふりをしながら、結麻は言った。
「お父さん、どう?」
大樹は、振り返った。
「おお結麻。ちょうど良かった、結構掘り進んだんだ。角石を積んで壁にするのはいいアイデアだ。こっちへ持って来てくれないか。聖が狭いのに中に潜ってくれてるんだよ。」
え、危ない!
結麻は、急いで角石をたんまり腕に抱えると、持って走った。
「はい!私の方が体が小さいから、やり方さえ教えてくれたらやるけどな。」
下から、聖の声がする。
「いや、間に泥を詰めて固定したいんだ。これは慣れてないと綺麗に積めないからな。私と大樹がやるよ。」
大樹は、頷いた。
「後は父さん達に任せろ。角石を、手に届く位置まで持って来てくれてたらいいから。巫女の仕事はまだあるだろ?」
結麻は、顔をしかめた。
巫女の仕事とは、美智子が今受け持ってくれているものだ。
機織りや裁縫、畑仕事などやることはたくさんある。
今は、畑に植えてあるものも少ないので、好きにさせてもらっているだけだった。
だが、炭焼きは窯ができないと始まらないし、結麻には他にやることがない。
母が来ている今、巫女の仕事をしっかり教えてもらえるチャンスだった。
何しろ、美智子はいろいろ甘やかせてくれるので、ついそれに甘えてしまうのだ。
結麻は、頷いた。
「分かった。じゃあリアカーをこっちまで持って来ておくね。」と、真樹を見た。「真樹ちゃん、私はお母さんに聞いておきたいことがあるから、神主の屋敷に戻るけど、あなたはどうする?」
真樹は、答えた。
「私は、ここでまだ手伝えることがあるかもしれないから。結麻ちゃんはお母さんと話すんでしょう?」
話すといっても、巫女の仕事のことだけど…。
結麻は思ったが、もしかしたら残りたいから真樹はこう言ったのかもしれない。
後で母に聞いた仕事の内容は自分が真樹に教えたらいいし、居たいならここに居てもいい。
その方が、自分も母と気兼ねなく話せる気がする。
そんなことを思った自分が嫌だったが、結麻は頷いた。
「じゃあ、私は行って来る。」と、屋敷に足を向けた。「お父さん、聖さん、大聖、後はよろしくね。」
だが、聖が下から言った。
「大聖、お前は戻って昼の報告を。伊津岐様には、昼は大聖が来ると申し上げてある。代わりを頼む。」
大聖は、頷いた。
「はい、父さん。」と、結麻を見た。「ほら、行くぞ、結麻。」
結麻は、マジかよと思ったが、真樹を気にしながら、頷いた。
「う、うん…。」
真樹が、結麻と大聖の背中を見ている気がする。
結麻は、大きなため息をついて、神主の屋敷へと戻って行ったのだった。
神主の屋敷へと近付いて来ると、大聖が、足を止めて言った。
「…お前、どうしたんだよ。今朝からなんかおかしいぞ。真樹と何かあったのか。」
う、鋭い。
結麻は、眉を寄せた。
「別に…ちょっといろいろ。」
大聖は、息をついた。
「喧嘩か?いつも一緒に居ると、いろいろあるだろうし仕方ないと思うが、さっさと仲直りしろよ。仕事が滞るだろ。」
誰のせいだと思ってるのよ。
結麻は思ったが、気のない返事をした。
「ああ、うん。」
大聖は、ますます眉を寄せて、結麻の顔を覗き込んだ。
「…ほんとに分かってるのか?お前ってさ、顔と態度に全部出るんだよ。何でも一人で抱え込もうとするな。そもそも、お前が太って力を付けたら、真樹はお払い箱になるかもしれないのに。もし、お前らの関係性が悪いんなら、伊津岐様が強制的に米を食わせてお前を太らせて、真樹をここから出すぞ。それでもいいならいいけど、友達なんだろ?」
え、真樹ちゃんが出される?!
「え、ちょっと待って、それってどういうこと?伊津岐様がそう言ってたの?」
大聖は、息をついた。
「オレが聞いたんじゃない。父さんが聞いたんだ。一番最初に、ここへ来た時からな。真樹の両親のことは、伊津岐様から聞いてるか?」
結麻は、不安になりながら首を振った。
「詳しい事は何も。ただ、嫌いってことぐらい。」
大聖は、またため息をついた。
「…そうか。だったらオレからは言えない。が、だから真樹は、本来ここに長くは居られないんだ。お前が太るって伊津岐様に宣言したから、それを待ってる状態。それまでだったら、いいかって言うのが伊津岐様のお考えだ。だから、お前はしっかり太らなきゃならない。筋肉じゃ駄目だって分かったんだし、観念してもっと食って太れ。結花さんに話を聞くなら、仕事のことよりそこのところを聞いて来い。仕事のことなら、オレが教えてやれるから。」
結麻は、慌てて言った。
「待って、でも私が太ったら真樹ちゃんがここから居なくなるってことでしょ?結婚以外で巫女を下ろされて神社から出るなんて…周囲に何を言われるか。」
結麻が神様が見えたのに、拒否されたと聞いただけでもあの様子だ。
結麻には真樹が居たので乗り越えられたが、真樹はここを出たらたった一人で頑張らなければならないのだ。
大聖は、言った。
「…仕方ない。伊津岐様が見えない時点で、本当ならここに入れないはずだった。お前はここに居るから…外で、何が起こってるのか知らないだろう。」
結麻は、頷いた。
「知らない。誰も何も話してくれないから。っていうか、あなた達としか話せないのに、知っているはずがないじゃない。何かあったの?そんな、含みを持たせて言わないで。」
大聖は、屋敷の方へ踵を返した。
「…伊津岐様が降りられたのを感じる。お待たせさせられない。オレはもう行くよ。何か聞きたいなら、オレじゃなく結花さんに聞け。それじゃあな。」
「え、大聖!」
大聖は、呼び止める結麻の声には答えず、屋敷へと入って行った。
結麻は、ますます不安になりながら、とにかく母に聞こうと、急いで台所横の居間へと向かったのだった。
美智子と結花は、そこでまだ朝見たように茶を飲んでいた。
違うのは、美智子が作った菓子を二人で摘まんでいたことだ。
結花は、結麻に気付いて振り返った。
「あら。結麻、戻ったの?」
結麻は、頷いた。
「うん。お父さんが後はやるって。」と、靴を脱いで、畳へ上がった。「ねえお母さん、聞きたいことがあるの。」
結花は、頷いた。
「そうね。あなた、まだ機織りも裁縫もしてないんでしょ?美智子にやってもらってるんだって聞いたわよ。本来、巫女は自分の衣装ぐらい自分で縫わなきゃだめなのに。」
結花は、バツの悪そうな顔をした。
「それは…そうだけど。」と、母の腕を掴んだ。「お母さん、違うの、それはまた今度。聞きたいのは、外で何かあったのかってことなの。私、神社から出てないし外の人とは一切話せないから、何も知らないわ。何か変わったことがあった?」
結花は、美智子と顔を見合わせる。
…何かあったんだ。
結麻は、直感的にそう思った。
結花は、言った。
「…あなたは気にしなくていいの。そういったことに煩わされないのが巫女よ。俗世のことで思い悩むと、穢れが生まれるかもしれないわ。巫女は、そんなものを浄化するのが役目であって、穢れを生むなんて言語道断なのよ。だから、外の人と話してはいけないの。」
しかし、結麻は首を振った。
「真樹ちゃんに関わることなの?」え、と結花は目を見開いた。結麻は続けた。「大聖が、私が太ったら真樹ちゃんは外に出されるって言うの!最初から決まってたって。でも、巫女に選定されたのに結婚以外でここを出たら、村のみんなが何を言うか分からないわ!私、真樹ちゃんにそんな想いをさせたくないの。だって、私を勇気づけてここへ連れて来てくれたのは、真樹ちゃんなんだもの…。」
結麻が、下を向いて悲し気にするのに、結花と美智子はまた顔を見合わせた。
そして、結花は結麻の頭を撫でて、言った。
「…それは仕方がないのよ。だって、あなたが巫女にしてくれって伊津岐様に頼んだ時、太るからって言ったんでしょ?だから、伊津岐様が飲んでくださったのよ。真樹ちゃんを連れて来たのは、あなたの燃料のため。太るまでに倒れて死んでしまわないための、保険だったの。あなたは努力したわ、それだけ筋肉質になってるんだもの、私には分かる。でも、それでは足りないわ。神様と約束したことは、必ず守らなければならない。そうでないと、自分だけでなく回りにまで災厄が降り掛かると言われているの。伊津岐様はあんな風だけど、とても力のある神様よ。それに、神様には神様なりの決まりがあって、柵がある。伊津岐様が否と思っても、その理に沿って行動しなければならないの。だから、しっかり太らないと。真樹ちゃんが、あなたが単独で巫女を務められるようになったら、ここを出されるのは仕方がないことなの…思えば最初から、伊津岐様はこれを知っていたんじゃないかって思う。」
結麻は、どんどんと不安になる胸を押えながら、言った。
「それは…どういうこと…?」
結花は、ため息をついた。
「…真一さんが、厄払いの祈祷を頼んで、拝殿で祝詞を読んでいる聖さんを後ろから殺そうとしたのよ。」え、と結麻は固まった。「聖さんは伊津岐様の守りがあるから、殺そうとしても人の子には殺せないわ。だからその力が跳ね返されて…真一さんは亡くなったの。そして、真樹ちゃんのお母さんの奈美さんと、妹の真那ちゃんは、北一之国の親戚を頼って向かったわ。ここには居ない。だから真樹ちゃんも…ここを出たら、多分お母さんの所へ行く事になると思う。巫女を出した家系が、不幸になるのは巫女に問題があると言われるの。だから…外では、既に真樹ちゃんの評判は、事件が起こった先月から最悪の状態よ。これ以上は言えないけど…伊津岐様には、魂の中まで見えるのよ。」
ということは、伊津岐様には聖さんを襲撃する、真一さんの心根が見えていたってことなの…?
結麻は、真樹を連れて来ないで良かった、と思った。
が、何より、これから真樹とどう接して行ったらいいのか、また分からなくなってしまった。
大聖の事を想っている、真樹にこんなことは言えない。
絶対に、伊津岐は大聖と真樹の結婚を、許さないと思うからだ。
…でも、真樹ちゃんは魂だって綺麗なはずよ。
もし伊津岐に会ったら、家族ではなく個々を見て欲しい、と頼んでみよう、と結麻は思ったのだった。




