想い
その夜の食卓は、とても華やかだった。
魚の他に、さっさと体を流して戻った美智子が、米を炊く聖と大聖の横で手際よく他のおかずも作ってくれたのもあり、多くの品が相変わらず並んでいる。
その中でも、やはり焼き魚はとても美味しかった。
「何が違うのだろう。」聖は、不思議そうに魚を見た。「焼き立てなら更に旨いのではないか?」
遠赤外線効果って言って分かるだろうか。
結麻は、この世界で聞いたことのない単語は、なるべく使わないようにしようと思っていた。
なので、同じく不思議そうに言った。
「なんででしょうね。頑張ったからかなあ。」
美智子が、頷いた。
「調理に使うのに、火の勢いが無いからやりやすいかなと思ったわ。ただ、煙が凄いから、お外でやらないとね。」
確かにそうかも。
結麻は、思った。
鍋を温めるとかなら大丈夫そうだが、汁が落ちる物を焼くとああなるのだ。
肝に銘じておこう。
結麻は、思った。
聖が言った。
「大聖から、窯作りの計画を聞いた。明日、大樹にも手伝ってもらって、私と二人で穴を掘ろうかと思っているんだ。」
結麻は、顔を上げた。
「え、お父さんも中に入れるんですか?」
聖は、頷いた。
「君の父親だからな。伊津岐様には許可を戴いている。結花も暇だから来るそうだ。美智子が楽しみにしているんだよ。」
美智子は、微笑んで頷いた。
「ここで結花と会うのは久しぶりよ。私達、とても仲が良かったの。結花が巫女になるまでは、ずっと一緒だったのよ?学校で。」
そうなんだ。
道理で親しげな口調で話していたはずだ。
結麻は、言った。
「もしかしたら、聖さんとお父さんはお友達ですか?」
聖は、微笑んで頷いた。
「そう。大樹は結花と婚約するのに、必死だったな。結花は大樹のために巫女になるために頑張って太って、そして巫女になった。それに見合うためにと大樹は勉強を頑張っていた。幼い頃から、共に生きると決めていた二人なのだ。私は毎回、密かに結花に会いに来る大樹を父に隠して奥へ通していた。とはいえ、父は知っていて、見逃してくれていたようだったが、それも伊津岐様の指示だったようだな。」
伊津岐様は臨機応変なんだなあ。
結麻は、思った。
が、神主の相手だけは伊津岐が決めると聞いている。
そこだけは、譲れない何かがあるのだろうか。
分からないことには、口を出さずにおこう。
結麻は、気になったがそれ以上、何も言わなかった。
それより、真樹の様子が気になるのだ。
思えば、魚を焼いている時から離れて見ているだけで、何も言わなかった。
今も、何やら黙って食事をしているだけだ。
話を振ろうと思ったが、何やら話し掛けてはいけないような空気なのだ。
皆は気にしていないように食事をしている。
結麻は、後で聞こう、と思い、食事を早めに済ませようとご飯を掻き込んだのだった。
いつもは食事を終えたら一緒に風呂に入るのだが、今日は結麻はもう風呂に入ってしまったので、真樹と別れて先に部屋へ帰った。
真樹に話があるので、じっと部屋の前の廊下の気配を探って待っていると、真樹が歩いて来る気配を感じた。
結麻は、急いで障子を開けると、真樹に話し掛けた。
「真樹ちゃん!話があるの。寝る前にいい?」
真樹は、少し困ったような顔をしたが、頷いた。
「うん。いいよ。」
そして、そのまま結麻の部屋に入って来る。
結麻は、いつもと様子が少し違うような気がする真樹に、少し遠慮がちに座布団を勧めて、自分も前に座った。
そして、言った。
「真樹ちゃん…今日は疲れた?いろいろ、私がやりたいことに付き合わせてしまって。ううん、今日だけじゃないよね、ここへ来てからずっと、筋トレとか、付き合ってもらっちゃってる。私、真樹ちゃんのこと思いやってなかったなって。きちんと話をしておいた方がいいと思ったの。」
真樹は、驚いた顔をしたが、言った。
「…大丈夫、結麻ちゃんのせいじゃないよ。私…いつも結麻ちゃんがやりたいってことに付き合うしか、やる事ないから。だって、結麻ちゃんみたいにやりたいこともないし、結麻ちゃんはお腹がいっぱいだったら一人でも伊津岐様とお話しができるけど、私はできないもの…。」
そうか、真樹には見る能力がないから。
結麻は、言った。
「…真樹ちゃんは、私の心の支えになってくれてるよ?居るだけですごく助かってるし、やりたいことに付き合ってくれるから心強い。私が一人で伊津岐様と話すのも、限界があるし、儀式の時なんか長引くから、貯めてた筋肉とお腹の中のご飯だけじゃ、足りないものね。いつも助けてもらってる。」
真樹は、苦笑した。
「…うん。ありがとう。」
しばらく沈黙。
真樹が、何を思っているのか知りたいのだが、真樹は今心の中を見せてくれるつもりはないらしい。
結麻は、言った。
「…明日から、うちのお父さんも来て窯造りを手伝ってくれるみたいだし、ちょっと楽になるかも。美智子さんの仕事を二人で手伝おうか?お母さんも来るみたいだし、また炭を一斗缶で作って、お父さんとお母さんにもあのお魚食べさせたいなあ。ね、炭って案外あっさりできたよね。大聖にはほんとに手伝ってもらっちゃった。すごい笑われたのは悔しかったけど…大聖って、笑うこともあるんだね。」
そう、よく考えたら大聖があんなに笑ったところを見たのは、初めてかもしれない。
真樹は、じっとその話を聞いていたが、意を決したように顔を上げた。
「ねえ、結麻ちゃん。」結麻は、真樹の様子が変わったのに気付いて、じっとその目を見つめ返した。真樹は続けた。「結麻ちゃんは、大聖くんが好きなの?」
え、と結麻はびっくりした顔をした。
本当にびっくりしたのだ。
今の今まで、大聖をそんな風に考えたこともなかった。
「え、え、どうしてそうなるの?」と、しどろもどろに答えた。「ええっと、大聖とは学校で初めて会った時から、なんか馬鹿にされてるみたいで苦手だったわ。ここへ来てからも、私に辛く当たるのは大聖だけだったし、あんまり好きになれないって思ってたかな。確かに綺麗な顔はしてるけど…でも、今聞かれるまで、そんなこと考えたこともなかったよ。」
好きとか嫌いとか、そういった恋愛的なことは全く考えていない。
今生、まだ15歳なのもあるだろうが、よく考えたら前世でも、誰かを好きになったことはあっただろうか。
いや、なかったかもしれない。
すると、真樹は言った。
「あのね、私黙っていたけど、大聖くんがずっと好きだったんだ。」え、と結麻は固まった。真樹は続けた。「だって、私って他の誰より太ってて、男子からよくからかわれたでしょう?それを、いつも庇ってくれたのは大聖くんと結麻ちゃんだったの。だから、ずっと大聖くんを意識してて…いつの間にか、好きになってた。だから、結麻ちゃんと一緒に巫女になれるって聞いた時は、じゃあ大聖くんと一緒に過ごせるのか、って嬉しかったの。」
まじか。
結麻は、確かにそうなってもおかしくはない、と思った。
真樹は、確かに他の誰よりも太ってたのだ。
皆、太るように言われるので、頑張って食べてふくよかだったが、それでも頑張るにも限界がある。
結麻は、全く食べるのを頑張っていなかったので細かったが、そんな子は一握りで、みんなある程度は頑張って、ふくよかになっていた。
真樹は、その中でも殊更に太っていて、目立っていた。
だからこそ、男子にからかわれたのだ。
それを、大聖が庇っていたのは事実だ。
大聖も、真樹のことが好きなのだろうか…。
結麻は、言った。
「…でも、真樹ちゃん。大聖は、神主になるから。多分、もし想いが叶ってもずっと一緒に居ることはできないよ。伊津岐様に選ばれないといけないんでしょう?聖さんと美智子さんは仲がいいけど、でも伊津岐様が決められたんだって聞いたよ。だから…大聖のことを好きなままだったら、真樹ちゃんがつらくならない?」
そう、両想いになったとしても、お互いにつらいことになるかもしれない。
百歩譲ってもし、伊津岐様に選んでくださいとお頼みしたら、万が一ということもあるかもしれないけど…。
だが、伊津岐は真樹の両親のことは、好きじゃないとハッキリ言っていた。
真樹を大聖の相手に選ぶとは、結麻には思えなかった。
だが、真樹は諦め切れないのか、言った。
「だから、結麻ちゃんにお願いしようと思って。」え、と結麻が驚いた顔をすると、真樹は続けた。「伊津岐様に、お頼みしようかなって思ってて。今じゃないわ、だって相手の選定は、神主候補が18歳になった時と決まっているもの。その前に、伊津岐様にお願いして欲しいの。私もお願いする。結麻ちゃん、力を貸してくれない?」
どうしよう。
結麻は、困ってしまった。
「…その時になったら、伊津岐様に話してはみるけど…でも、逆に怒られたりしないかな。その、選定の式のことは私もよく知らないから…。」
それでも、もう結麻に打ち明けて開き直ったのか、真樹は言った。
「伊津岐様にご納得していただくのが先だもの!私、伊津岐様に選んで頂けるように、今から巫女のお仕事も頑張るわ。だから、結麻ちゃんも応援して欲しいの。」
結麻は、いつになく強引に話を進める真樹に、否とは言えずに仕方なく頷いた。
だが、その想いが届く事があるのだろうかと、密かにため息をついたのだった。




