炭
窯の中はもう冷えてはいたが、手前の燃えカス辺りがまだ、プスプスといっているようで、もうしばらく待つことになった。
その間に、またリアカーを引いて土の場所へ行き、そこに敷き詰めて壺に蓋をするだけの量を採った。
結麻が土を籠に入れて回収している間に、大聖と真樹は周辺からまた、新しい炭にする木々を拾って来て、リアカーに積み込んでいた。
長いのもあったが、大聖が後で斧で切ってくれると言う。
真樹は、作業を始める前は少し暗い顔をしていたが、作業を終えてホッとしたのか、嬉しげに言った。
「これで、また炭焼きができるね!今度は成功するかな。」
大聖は、答えた。
「成功させないと。それより、まずは一斗缶の方だ。あっちが上手く出来てたら、もっとオレもやる気が出るんだが。」
結麻は、驚いた顔をした。
「え、やる気が出ないの?」
それにしてはサクサクこなしてくれていたけど。
大聖は顔をしかめた。
「結果もわからないんだぞ?伊津岐様が手伝えって言ったと父さんが言うから、とりあえずやってるけどオレだって炭がどんなものなのか、まだ分かってないんだからな。」
そう言われたらそうか。
結麻は、息をついた。
「これを運び終えたら、一斗缶の中を見ようか。多分、できてると思う。」
大聖は、息をついた。
「だといいけど。」
やなこと言うなー。
結麻は思いながら、前でリアカーを引いた。
後ろからは、真樹と大聖が押して助けてくれる。
そうして、無事に荷物は窯の場所まで運び終えたのだった。
それから、昼ご飯のおむすびと玉子焼きを美智子が持ってきてくれて、三人はそこで昼食を済ませた。
その後、土が乾かない間にと急いで三人で窯の中身を外へと出し、大聖が考えた通りに床一面に土で底を作って、窯の壁とくっつけてしっかりと形にした。
これで、開いているのは前の低い穴と、上の竹筒の煙突だけになる。
その後、下に竈の役目をする穴を掘らねばならないが、さすがに子供三人では、体力的に無理そうだった。
「…父さんに言ってみる。」大聖は、言った。「ここはこれまでにして、一斗缶の炭を見て来よう。さっきお母さんが、もう缶が熱くなかったと言ってただろ?だったら開けても良いはずだ。」
結麻は、頷いた。
「そうだね。大聖の設計だと、角石もたくさん要るし、今日は無理そう。先に炭ってどんなものか、二人に見てもらいたいし。」
大聖は、言った。
「まるでお前は見たことがあるような言い方だな。」結麻がギクリとすると、大聖は続けた。「冗談だ。さ、行くぞ?」
ヤバいヤバい、ボロが出るところだった。
結麻は思いながら、真樹にも頷き掛けて、大聖について歩き出した。
台所の土間へと行くと、脇に一斗缶は置いたままになっていた。
大聖が、その缶に触れる。
「…完全に冷めてる。」と、結麻を振り返った。「良いか?開けるぞ?」
結麻は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「うん。開けてみて。」
大聖は、火かき棒を使って、テコの原理でその蓋を開いた。
すると、懐かしいような炭の香りがフッとして、結麻は急いで一斗缶に駆け寄り、中を覗いた。
「ああ!」と、その真っ黒になった木を掴んで出した。「できてる!」
ツヤツヤと黒光りする、その木は燃え尽きることなく、綺麗に形を残したまま、炭化していた。
大聖も、一本をそっと握ると、引き出した。
「…ほんとだ。どこも灰になってない。綺麗に全部炭になってる。」
結麻は、嬉しさのあまり、それを振り回して言った。
「これが、木炭よ。」と、カンカンと脇の座るための石で叩いた。
すると、まるで硝子が割れるような音を立てて、それはパッキリ割れた。「少し使う時には、こうして割ってね。植木鉢とかあるかな。それか、陶器の鉢みたいなの。」
大聖は、あちこち見回して、何かの深めの皿のような物を持って来た。
「これは?」
これは、恐らく美智子が花を生ける時に使っている鉢だ。
が、これで良いかもしれない。
結麻は、頷いた。
「じゃあそれに、竈の灰を…」と、側の灰掃除用のスコップですくうと、鉢に入れた。「入れて。その上に炭を置いて、着火するの。」
美智子が、聖と共に魚を持って台所へ入って来た。
「あら?」と、寄って来た。「炭ができたの?」
結麻は、頷いた。
「はい。あの、今から試しに着火しようかって。」
聖が、脇からそれを覗き込んで、感心したように言った。
「ほう、形はそのままで炭になっている。灰になってないぞ。」と、手を上げた。「どれ。」
聖の手からは、早すぎて見えなかったが、どうやら炎が飛んだらしい。
見る間に炭は白くなり、息を吹きかけると赤くなって、一瞬で着火したのが分かった。
「ほら、これで!」結麻は、嬉々として言った。「これをこのまま、机の上に置いておいたら、手元が温かいし、足元なら足元が温かくなるはずです!しかも、しばらく保つんです。」
一同は、珍しげにそれを見つめた。
「…どれぐらい燃える?」
大聖が言うのに、結麻は顔をしかめた。
「うーん、三十分から一時間ぐらい?継ぎ足さなきゃならないわ。でも、もっと上手く作った炭なら、二時間から三時間は保つはずなの。私はそこまでの技術はないしなあ。」
聖が、言った。
「それでも薪に比べたら長い方だ。もっと作ってみても良いかも知れないな。」
美智子も、頷いた。
「良かったわね、無事に炭ができて。」
結麻は、そこでハッとした。
美智子は、聖が釣ってきただろう魚を手に持っている。
「あ、それ!」え、と美智子が驚くのに、結麻は続けた。「お魚、炭で焼きませんか?一斗缶に灰を入れて、そこに炭を並べて入れるんです。金網あったでしょう?」
美智子は、頷いた。
「ええ、いつも竈に置いてお魚を焼く網が。」と、それを持って来た。「これでいい?」
結麻は、頷く。
大聖が一斗缶をひっくり返して中の炭を出すと、聖が灰を集めてスコップで一斗缶へと入れた。
その上に、割った炭を次々に投入し、そこに大聖が着火する。
「…薪より着火しづらいな。」
聖が、頷く。
「強めに力を絞ればすぐだ。お前はまだ臨機応変に力の大きさを変えられていないな。」
大聖は、少し恥ずかしそうにする。
いや、十分早いですって。
結麻は内心思ったが、言わなかった。
美智子が、魚に塩を振って、そして次々に一斗缶に載せた網の上へ魚を載せた。
徐々に魚の焼ける良い匂いがして来たが、それ以上に魚の脂が落ちた時の、煙が凄かった。
…わ、外でやるべきだったかも。
結麻は思ったが、もう手遅れだ。
台所の扉を開け放ち、聖と大聖が術で風を流して煙を外へと誘導しながら、家が煙だらけになるのを防いでくれる。
美智子と結麻は、涙目になりながら、魚をひっくり返したりして、必死に魚を焼いた。
とりあえず、魚は焼けたが、結麻の顔は煤けて真っ黒だった。
大聖が、その顔を見て、吹き出した。
「ぶっ。お前なんだよ、その顔。」
「え?」結麻は、顔に触れた。「なんかおかしい?」
触った手も炭を掴んで真っ黒だったので、顔はさらに黒くなる。
大聖は、もう我慢できずに声を立てて笑った。
「真っ黒だ!髭みたいに見える!」
「ええー!?」
結麻は、恥ずかしくて下を向いた。
聖が、苦笑して言った。
「とりあえず、これからは炭を使って調理する時は、外でやろう。」
美智子が、黒くなった顔で頷く。
「でも、とてもおいしそうよ?ほら、こんがり。焦げずに焼けたわ。」
聖は、苦笑しながら美智子を見た。
「よく頑張ったな。とりあえず、君も風呂へ入って来るといい。私が米を炊いておこう。」
美智子は、とんでもないと首を振った。
「え、そんな!聖さんに炊事までさせられないわ!」
聖は、首を振った。
「いつも頑張ってくれているのだ。たまにはな。」と、結麻を見た。「さあ、君も。ここは私と大聖と真樹に任せて、風呂で流して来るといい。」
「…はい。ありがとうございます。」
結麻は頷いて、顔を上げられずにその場を離れて行った。
大聖は、まだ笑いの発作から立ち直っておらず、肩を震わせている。
しかし真樹は、無表情でそんな様を、離れて眺めていたのだった。




