術の穢れ
二人が出て行くのを待って、楢は言った。
「…知ってはならない穢れとは?なんだ。」
瀧は、答えた。
「…不動結界。」楢は、スッと眉を寄せた。「あそこには、この世界のマズいものが隠されていた。まだ神が出現して間無しの頃、人は居るのか居ないのか分からねぇ程度しか居なかった。なのに、神たちは文明の遺産とも言える朽ちた建物、そして文化の名残りを見つけた。それは、この世界が一度滅んだことを意味する。神は、二度と人が破滅しないようにと、あの場所に全てを集めて積み上げて、土で埋めて山にした。そしてその上に、結界を掛けた。それが、神たちが生まれ出た最初の話だ。」
楢は、みるみる目を見開いた。
「…人は一度滅んだのか。」
瀧は、頷いた。
「そうだ。だが、本当に僅かだが生き延びていた人がいた。それらを、神が守ってまた、増やそうと励んだ結果、今がある。が…ほんの数週間前、結界の穴を見つけて中へと入り込んだ愚かな人が居た。そいつは、そこで恐らく人類が滅んだ原因となった、術を見つけた。自分の欲を満たすため、そいつはその術で神になろうと考えた。それで、滅んだ過去があるのにな。」
楢は、名津の話していた事と一致する、と瀧を見た。
「…年が明ける前、不安な気配があちらからするのを感じ取っていた。それがその時なのか。」
瀧は、頷いた。
「オレは、能力者として、人の選択に直接関わることができない神の代わりにそこへ行ったんでぇ。阻止するためにな。間に合わなかった…術は発動して、オレと、神が一人巻き込まれた。もう少しで死ぬとこだったが、退役神主の一人が命を犠牲にして術を解き、そいつらは砂になった。術の影響で山が吹き飛んだので、神たちがまた埋め戻し、遺産は全て消した。巫女の一人が記憶を犠牲にして術を封じて、あの土地ではもう、同じ術は発動できねぇ。なので、表向きはもう、滅亡の危機は脱した。」と、楢を睨んだ。「…が、砂になっていたのは男十一人と女一人。オレはその中に男十三人と女一人を気取っていた。二人、足りねぇんだ。」
…名津と祥だ。
楢は、思った。
「…そいつらを探しているのか。」
瀧は、頷いた。
「その術を使うと、当然だが穢れる。なぜなら、滅びの術だからだ。滅びた文明の遺物だからだ。それを持ち込むことで、また人類が破滅の道へ行くことを許すことになる。全人類、もちろん善良なものも含めた全てと、神の命が懸かっているからこそ、その穢れは強いんだよ。お前から、その穢れが感じられる。砂月からは感じられなかった。お前はその術を、知ってしまったんじゃねぇのか。」
楢は、そんな大きなことになる術なのだとは、思ってもいなかった。
それは防がれたのだから、名津の知る術を使ったぐらいでは問題ないと…。
「…お前は、どこまで知ってる。」楢は、瀧を睨んだ。「そうやってオレに聞いてはいるが、全部知ってるような口ぶりだ。オレも能力者だったからいろいろ見えるのは知ってる。が、見えているものを何なのか判断はつかなかった。なのに、お前は判断がつくんだ。皆がお前を伊知加と呼ぶんだろう。知らんふりをしているが、本当は分かってるんじゃないのか。伊知加とは、ちょっと前まで聞いたことがある、神の名前だ。お前は、その神なんじゃないのか。人のふりをしてるだけで。」
瀧は、目を細めた。
「…だったらどうする。全部見えててお前にオレがわざわざ問う意味は何だと思う?」
楢は、言った。
「お前の話では、神は人の選択に口出しできないんだろう。だからオレに選択させたいんだ。違うか?あいにくだったな、オレは何も言わない。お前にも分かるはずだ、守るべき者達が居る。オレが今捕まるわけにはいかない。」
瀧は、答えた。
「…そうか。」と、立ち上がった。「悪ぃがオレは、神じゃねぇ。言っただろうが、不動結界の中にオレが向かったのは、神にはそれができねぇからだ。オレは正真正銘人だよ。切られたら血も出るし、悪くしたら死ぬ。お前らと同じだ。オレがお前に自主的に話させようとしたのは、お前を殺したくねぇからだ。楢、お前の命は今、風前の灯火だ。オレが見ているものは、神にも見える。つまり、お前が術を使ったのは、もう神達には知られてる。」
楢は、険しい顔をした。
「…神が殺しに来るのか。」
瀧は、首を振った。
「いいや。そもそも神が人を殺すと考えるのが間違いだ。」瀧は、楢を見つめた。「お前ら外の住人が、神の恩恵を受けていないと思うのか。神は全てに目を配り、穀物の成長を助け、海の生き物山の生き物を育み、人に与えている。それがあるから人は生きて、繁栄してる。古代に滅んだ人は、それを知らなかった。神が全て去った地上で、人は生きては行けねぇんだ。だから滅んだ。だから再び神は出現した。そして、今がある。もし、神が人を見放したら、どうなるか分かるか?」
楢は、苦々しい顔をした。
「…だからって、オレだけを殺すために皆を見放すことはないだろう。」
瀧は、首を振った。
「分かってねぇな。単独で見放す事だって出来るんだよ。神に見放された人は、神が与えているものを全て身の中に取り込めなくなるんでぇ。神の許可がないから、その恩恵に預かれねぇってわけ。食っても吐くか、消化できずに下すだけだ。それは何を意味する?」
…じわじわと…死ぬ。
楢は、つまりは地上の人全てが、神の恩恵の上に成り立っているのがやっと分かった。
直接手を下す必要などないのだ。
ただ、見放しさえしたら勝手に消えて行くのだ。
「…首領達に、なんでそれを適用しなかった。」
瀧は、答えた。
「人の間のことだしな。それも人の選択だからだ。もちろん、阻止しなければと指示はしていたぞ?それを、人が上手くやれてなかっただけ。今、それを正そうと役所の尻を叩いて動き出したところなんでぇ。だが、術は違う。それだけは、神には許すことができねぇものだ。善良な人も諸共犠牲になる可能性があるから、絶対に排除しなきゃならねぇのさ。」
楢は、今聞いたことを反芻した。
つまりは、守りたいと思っている人も諸共失うことになる術だからこそ、神はそこまで警戒しているのだ。
自分が死んでもいいが、名津と祥の二人は残り、次は誰がそれを手にして破滅の道を歩いて行くのか…。
楢は、がっくりと頭を垂れた。
「…術を、使った。」楢は、言った。「移動の呪文。それを、大津で拾った男達から聞いた。だが、それらは真面目に働いているし、環境さえきちんとしていればそんなことに関わる奴らではないとオレは思う。瀧、お前には分かるだろう。中の奴らは尊大で、残酷だ。能力者であるうちはそれは奉って大切にするが、そうでなくなれば手の平を返したようになる。捨てられて行き場がなくなり、彷徨って外へと出て来る奴も居る。あいつらは、そんな二人だった。オレは、やり直せるならやり直す機会を与えたいんだ。根っから悪い奴なんて、一握りなんだ。」
瀧は、頷いた。
「分かってる。その場に順応しねぇと生きられねぇ世界だ。中では悪いとみなされることでも、外じゃあ何でもない日常だ。だから、そいつらを全部悪ぃとは、オレは思ってない。が、そいつらはその記憶を持ってる限り、神に排除される可能性が高まる。だったら、さっさとその記憶を捨てて、真っ当に生きる方が良いんじゃねぇのか?このままじゃ、お前も祓え切れねぇ穢れになっちまう。そうしたら、死んだら地獄だ。お前が殺した奴らと、同じ場所でそれらに囲まれて未来永劫腐り続ける自分の命の中で身動き取れずに溺れて過ごすことになる。それでいいのか?その二人も、同じ道へ引きずり込むのか?」
楢は、床を見つめながら、苦渋の顔をした。
そして、言った。
「…ここから降りて行って、二つ目の筋、右から二番目の家に、名津と祥という男達が居る。それらが、術を教えた者達だ。オレは良い…が、そいつらを助けてやって欲しい。それから、松治達も。オレからの指示で、忠臣と咲也を殺しに向かった。」
瀧は、頷いた。
「…心配すんな。」と、楢に近付いて肩に手を置いた。「話したように、お前は術を使ったこと以外じゃ大した穢れもないし、罪も立証できねぇ。むしろ良くやったというほどだろう。祓えの儀式をして回ったわけだしな。たった一人で。」
楢は、顔を上げた。
「…オレの頭の中の、術は。」
瀧は、頷いた。
「今消す。」と、手を上げた。「術のところだけオレにくれ。」
楢は、瀧を見上げた。
「どうしたらいい。」
瀧は、答えた。
「そのまま。」と、手から光を発した。「すぐ消えるさ。」
楢は、目の前が真っ白になったかと思うと、スッと意識を失って、そのまま座っていたソファに倒れた。
瀧は、その記憶を持って、部屋の外へと向かったのだった。




