穢れと祓い
瀧は、言った。
「穢れってのは厄介で、心の中で誰かを恨んだり殺しても被るほど、生きていたら避けて通れない代物だ。だから人は、生きていたらしょっちゅう穢れるし、面倒なんでぇ。自分が罪のない誰かを傷付けても穢れるし、悪意を向けられて怖いとか、嫌だとかそんな感情を持っても穢れちまう。だが、そんな穢れも自浄作用ってのがあって、そいつがそのことを心の底から後悔して反省したり、嫌なことをされたならカラッと忘れたら、勝手に祓える。そんなことを自分の中で繰り返しながら、人ってのは生きてるわけだ。」
砂月と楢、相良は頷く。
瀧は先を続けた。
「で、大概は祓い切れずに残ったまま生活してるわけよ。で、また新たな穢れを被ったりする。それを、神社に参ることで強制的に祓うんだ。酷くなるとそれじゃ無理だし、そもそも根深いと引き剥がすのに痛みを伴うから、大変だ。痛いのは誰でも嫌だろ?だから、本来絶対神社に参るべき奴らが、足が遠のくことになる。で、もう神でもどうしようもないほど穢れたら、めっちゃ腐って腐臭がする。そいつらはもう、助からねぇ。死んでから永劫苦しむことになるんでぇ。」
砂月は、身震いした。
「それは…瀧さんからオレ達の穢れって見えてますか。」
瀧は、頷いた。
「見えてるな。だが、まだ祓える範囲だ。」
楢が、言った。
「…ここらの人が、神社の酒を飲んで苦しみもがいて死んだ様は何度も見ている。あれは、祓えないほど穢れていたからなのか?」
瀧は、顔をしかめた。
「飲んだ時は、どんな顔をしてたんでぇ。味は感じてるようだったか?」
楢は、頷いた。
「幼い頃から何度も見たが、最初はやはり美味い酒だと喜んでいて。だが飲み下してしばらくしてから、もがき苦しむ感じだ。そして、例外なく死ぬ。」
瀧は、言った。
「…吐いたりは?」
楢は、首を振った。
「吐きはしない。吐けない感じだったな。」
瀧は、息をついた。
「その酒、もしかしたら神社からもらったんじゃなく、盗んで来たとかじゃねぇの?」
え、と楢は考えた。
言われてみたら、神社の酒などどうやってもらったのだろうか。
外の信心深くもない者に、そんなものを樽ごと渡したりするものなのか。
「…分からない。だが、言われてみたら入手経路は知らないな。盗んだ酒はダメなのか?」
瀧は、頷いた。
「その時点で正式に神からもらったわけじゃねぇから、穢れるよな。酒ってさ、あれで良いものも悪いものも引き寄せるから、神社の酒なら神の力が籠められていて、悪いものは寄って来ねぇが、盗んだ時点でその力がスッと抜けるんだよ。その時点で、寄ってき放題ってわけ。それはもう、御神酒ってものではなくなってる。そもそも酒蔵ってのは、みんなそこに神棚を持ってて、神に見守られながら作るんだ。だからこそ、どんな酒でもとりあえず浄化作用はあるが、神社の酒は格別に力が籠もっててな。つまり、どんな酒でも、盗んだ時点でアウトってわけ。神社の酒に限ったことじゃねぇよ。」
砂月が、言った。
「では…神に守られていない酒を飲んだから、苦しんだと?」
瀧は、頷いた。
「なんか変なもんが混じったんだろう。それを、元々穢れてる奴らが飲んだら、毒にもなるだろうよ。本来、めっちゃ穢れてる奴が御神酒を飲んだら、まず吐く。体が受け付けないんだ、穢れを引き剥がして消そうとするから、痛みが強いし命が削られるからな。でも、それでも踏ん張って飲んだら、悪い所をゴリゴリ削って消し去ってくれる。死にはしない。いいとこ、削られ過ぎて呆けるぐらいだ。穢れ過ぎてたら、口に入れることさえ苦痛でできないしな。」
知らなかった。
楢と砂月がそう思っていると、瀧は続けた。
「…ま、そんなわけで能力者ってのは稀。オレもお前も同じ能力者として生まれたが、回りにも同じような奴は、恐らく居たんだ。だが、そいつらは穢れてそれを自浄作用で消せなくて、能力を失った。普通の人なら、そうなるのが通常の流れで、だからこそ能力者ってのは中でも敬われているわけよ。断固とした意思を持って生きてるわけだからな。そうしねぇと、能力は消える。」
楢は、言った。
「…多治を殺したことは、穢れになっていないと言ったな。ならばどうして、オレは能力を失った。オレは今三十だが、能力を失ったのは二十の時。それまでは、こんな中に生きていたが、お前と同じように能力は持っていたんだ。何が違う?」
瀧は、じっと楢を見つめた。
「…それはお前が一番分かってるんじゃねぇのか。」楢が、眉を寄せると、瀧は続けた。「心持ちが変わらなかったか。その時に。」
楢は、ハッとした。
言われてみたら、あの時初めて人を殺し、覚悟した。
自分は皆を守るために、これから何人でも殺してでも、共に生きて行こうと…。
自分の手を汚して助かるのなら、皆を助けて行けばいいと。
「…そのせいか。」楢は、言った。「もう一人殺したら、何人でも殺そうと思った。皆を守るには、それしかないと。」
瀧は、頷いた。
「その考えが、決定的な穢れになって、お前は能力を失ったんだ。だが…お前は不思議なことに人を殺した穢れを受けていない。」
楢は、答えた。
「それは…恐らく指示した部下にやらせていたから…。」
瀧は、首を振った。
「いいや。人殺しの穢れってのは実行犯だけでなく依頼した奴にも平等に降り掛かる。つまり、お前が殺せと命じて実際に殺して来た奴らは、皆神が祓えないほどの穢れを持った奴だった。善良な命に危害を加えないようにするには、殺すしかない奴らだ。それは浄化とみなされ、人殺しにカウントされねぇんだよ。そういうことになる。」
…まじか。
楢は、愕然とした。
つまりは、全部…。
「…それはどういうことだ?オレは穢れを祓って来たってのか。自分も穢れているのに?」
瀧は、頷いた。
「そうだな。そうなるな。何しろ神主達だって、神に命じられてそんな命を殺すことはある。だが、あいつらは穢れちゃいねぇのさ。」と、ずいと楢に寄った。「…ってことで聞きたいことがある。楢、お前、首領達を殺したな?全員。」
楢は、真顔で答えた。
「…何を言う。オレ一人で、神倭全域をここ数日でどうやって駆け回るのだ。」
「それが聞きてぇ。」瀧は、強い口調で言った。「楢、オレは神と話ができる。神から全員が死んで見つかったと話が来たのは、今朝のことだ。最初は南の源太。次に西、そして最後に北。なのに、この話を聞いたお前は、眉一つ動かさずに、それが真実だと知っているような口ぶりだぞ。なぜ、それが本当かとオレに聞かないんでぇ。お前が殺ったんじゃねぇなら、次はお前だと思わねぇのか。」
楢は、ぐ、と黙り込んだ。
砂月は、オロオロとそんな瀧と楢を見ている。
楢は、息をついた。
「…そうだったとして、お前はオレを捕らえるのか。」瀧が眉を寄せると、楢は続けた。「殺した証拠はない。そもそも神倭をそんな速度で移動する手段などない。経営する卸売市場も、何の不正もないはずだ。他と比べて、真っ当にやっている。あいつらの圧力を受けても見向きもせずにな。加えてオレは、殺しの穢れを受けちゃいないんだろ?神主にだってオレの仕業とは断定できないだろう。違うか?」
しばらく瀧と楢は睨み合っていたが、瀧は息をついた。
「…その通りでぇ。これから、神社に拘束してる松治達と会うつもりだが、あいつらもお前のことは言わねぇだろうしな。帳簿も、漁業管理所と役所の物を照らし合わせるつもりだが、咲也の奴が多分、処分しちまってるだろうしな。…それで、お前が漁業管理所の奴らを殺せと命じたんじゃねぇな?」
楢は、首を振った。
「オレは殺せとは一言も言っていない。もちろん、価格改訂されたらこっちは困るが、打つ手は考えてあった。もう実行していて、だからこそこっちに商品が多く流れて来てるんだ。オレはそもそも、殺しは最終手段だと思っている。話が通じない奴らだけ、死んでもらうだけだ。真っ当な奴ら相手に、そんなことはしない。」
だろうな。
瀧は、思った。
楢は頭が良く、二十歳まで能力者であっただけあって、考え方がしっかりしているのだ。
「…分かった。」瀧は、言った。「だが、お前がどうやってあちこち移動したのか、それを知らなきゃならねぇ。殺しは罪だが、今も言ったようにお前には殺しの穢れがねぇ。ここに居る奴ら、オレを見張ってた奴もみんなだ。つまりは、その殺しは全部祓いの儀式とみなされている。だから罪じゃねぇ。だが、この世には、知ってはならねぇことがある。お前には、その穢れがついてる。しかも、新しい穢れがな。」と、相良を見た。「…相良、お前もだ。知ったらマズい。ここを出ろ。砂月、お前もだ。」
砂月は、え、と楢を見た。
楢は、黙って砂月に頷く。
相良と砂月は旧知の友のように目で合図して、そうして二人でそこを出て行った。
瀧と楢、二人だけがそこに残されたのだった。




