瀧
楢と砂月が部屋へと入ると、外から音も立てずに男が一人、入って来た。
「…楢さん。すみません、遅れました。」
楢は、首を振った。
「…それで?あいつは瀧か。」
その男は、頷いた。
「なぜか伊知加と名乗っていますが、瀧で間違いありません。オレは南で見たことがあるので、あの顔は忘れていない。何しろデカい男なので、目立つんです。大津の漁業管理所に寄って、それからこちらへ来ました。相良というやつは、南に居た時から腹心だった奴です。崎生達を捕らえたのは、瀧です。」
楢は、頷いた。
「ご苦労だった。お前はあいつらに見られるな。」
男は、そこをまた音を立てずに出て行った。
「…如月を付けてたんですか?」
楢は、頷いた。
「瀧が中之国へ入ったと如月から連絡があってな。そこから、ずっと様子を窺わせていたんだ。変わったことがあったら報告しろと。ただ、何があっても見ているだけで手出しはするなと言ってあった。だから…崎生達をまんまと捕らえられてしまったがな。だが、瀧相手では如月一人ではどうしようもなかっただろう。あいつは、能力者だからな。」
能力者…。
それは、伝え聞いていた。
「…楢さんだって…!松治達を助けなきゃ、こんなことには…!」
楢は、手を上げた。
「落ち着け、砂月。良いから黙っていろ。余計なことは言うなよ。」
砂月は頷いて、そうして待った。
すると、透が何やら小さくなりながら、瀧と相良の二人を連れてやって来た。
初めて間近に見た瀧は、確かに完璧なほどしっかりとした体型で、大きかった。
あちらで聞き込みをさせていても、この瀧とそんなに親しくない者達が口を揃えて言うには、良い奴だが怖い、という感想だった。
確かにこの体格では怖いかもしれない。
が、あいにく楢は見た目で判断する方ではなかった。
瀧は、入って来て言った。
「…南から来た瀧だ。今は中津国一之宮に雇われて警備兵やってる。こっちは相良。同じく南から来た。」
楢は、頷いた。
「知っている。オレが楢、こっちはいつも代理で仕事をしてくれる砂月。座ってくれ。」
瀧は、頷いて二人の前の椅子に座った。
小百合が控えめに入って来て、四人の前に茶の入った茶碗を置いて、出て行く。
透も、それと一緒に頭を下げて出て行った。
楢は、言った。
「…それで?オレが少し留守にしている間に、ここへ中の警備兵が来て帳簿を持って行ったと聞いているが、まだ何か?」
瀧は、答えた。
「いや。お前に会いたいと思って来た。オレのことを知ってると言ったな。オレに見張りを付けていたのはお前だろう。」
砂月は、眉を寄せる。
…気取られていたか。
楢は、頷いた。
「…その通りだ。南の実力者と聞いてるお前が、わざわざこちらへ来るんだから気にもなるだろう。ならば聞くが」と、瀧の目をじっと見た。「偽名を使っているのはなぜだ?伊知加と名乗っているそうだな。それは神の名ではないのか。」
え、と相良も砂月も驚いた顔をする。
そもそも神に関して、外では壊滅的に無知なはずなのだ。
瀧は、特に動揺するでもなく答えた。
「さあ?みんなそう呼ぶからもう良いかってそう名乗ってる。瀧ってぇと南で源太と対立していた印象しかねぇだろうし、その方が都合が良いんでぇ。ちなみに源太と対立なんかしてねぇぞ?あいつが言うことを聞かなかっただけだ。」
楢は、小さく息をついた。
「…それを対立というのだ。」と、楢は茶を少し飲んだ。「…それで。オレを名指しで来たのだから、あちらに居た時から知っていたのだろう?」
瀧は、頷いた。
「まあなあ、存在ぐらいは知っていた。が、別に興味はなかったし。こっちのことはこっちへ来てから知った。」と、前に体を傾けた。「…お前はどうなんでぇ。オレの何を知ってる。」
楢は、答えた。
「…あちらで何人か、自分の結界内に囲って守って養ってる能力者の男だということを知っている。お前に依頼して、巫女を攫わせた男を殺して、巫女を保護していたな。その後、特に咎められることなく今は警備兵か。上手くやっているように思うな。お前こそ、調べたとか言うがオレの何を知ってる?」
瀧は、答えた。
「お前もオレと同じようなことをしてるのは、ここへ来て調べて知った。オレより規模は大きいし人数が半端なく多いがな。だが、この辺りの配置を見た時、昔は結界を張ってたんじゃないかって思った。お前も能力者だったのか?」
楢は、眉を寄せた。
確かに、ここの家から周辺には、結界を張っていた昔があった。
その中に囲うので、人数が増えて円形に外へ外へと家を建てたので、この辺りは丸く通路が張り巡らされていて、分かる者には分かるのだ。
「…お前には隠しても無駄か。」と、頷いた。「その通りだ。オレは能力者だった。が、お前ほど上手くはなれなかった…ここらの規模が大きくなり始めて、オレ達の利益が多くなり始めた頃に、ここの首領だった多治って男に、仲間が捕らえられた。あいつの傘下に入れと言うんだ。仲間数人を殺した後で、オレを呼び出して飲まねば残りも殺すと脅して来た。オレは激怒して…そいつを殺した。能力を使って、バラバラにな。その後、能力は消えた。」
瀧は、目を細めた。
「…殺しは穢れだ。殺す相手にもよるが、そいつは腐ってたんじゃないのか?本来ならそんな男を殺しても、浄化とみなされて能力は残るんだがな。」と、相良を見た。「相良も能力者だが、南の沢を馬車から突き落として殺した。が、その後も能力は残ってた。沢は穢れまくってたからな。なのにお前だけ能力を失うなんて、おかしな話だ。」
楢は、初めて動揺した顔をした。
「…知らなかった。ならば、なぜ?今も、能力は戻ってない。」
瀧は、じっと楢を見つめた。
「…そうだな、お前の心持ちの問題か。お前、殺してすぐは能力が使えたんじゃないか?」
楢は、その時のことを思い出して答えた。
「…確かに、直後は仲間をまとめて気で掴んで運んで、ここへ戻って来た。遺体も含めてな。」
瀧は、頷いた。
「本来、殺してすぐに消えるはずだ。なんなら能力で殺そうとしたら、その力が発動しねぇまである。発動したってことは、能力で殺しても良かった相手だったんでぇ。」
砂月が、横から言った。
「それは…それはどういうことですか?穢れとかなんとか、私達には詳しくわからないのです。」
瀧は、頷いた。
「オレは知ってる。って言っても巫女とか神主とかと接するようになって知ったことが多くてな。説明しよう。」と、相良を見た。「お前も聞いとけよ。知らねぇだろ?」
相良は、頷いた。
「ちょっとは習った。南で、緑楠様が話してくれたから。」
楢は、え、と相良を見た。
「…お前は神と話せるのか。」
相良は、頷いた。
「物凄く腹が減るけどな。でも、緑楠様と聞いて神だって分かるんだな。」
楢は、頷いた。
「オレは、元々能力者で、遠く神と神主の会話を聞き取ることもできた時があった。断片的だから、会話の内容までは詳しく分からなかったが、名前は聞き取りやすかったから。今はないがな。」
瀧は、言った。
「…だったらお前は、かなりの力を持って生まれていたんだ。普通の能力者なら、そんな遠くまで聞き取れたりしねぇ。その時、腹は減るか?」
楢は、首を振った。
「何しろ年中空腹だったからな。それが聞いているから腹が減るのか、食ってないから腹が減るのか判断がつかないのだ。」
…食ってないのに神の声が聴こえていたのなら、本来死んでいたはず。
相良は思って瀧を見たが、瀧は、頷いた。
「そうか、やっぱりな。」と、姿勢を正した。「じゃあ、穢れのことについて話そう。」
瀧は、楢と砂月を前に、どうなったら穢れを被り、どうなったらそれが祓われるのか、説明を始めた。




