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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
穢れとの闘い
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引き返す道

咲也がじっと外の木の影で息を潜めて待っていると、思った通り鳥居の大きなしめ縄をくぐって、忠臣とその息子の忠興、それに娘の千紗が出て来た。

出て来てすぐに、千紗と忠興は身軽に馬車へと駆け込んで行く。

結構な時間をそこで待っていた咲也は、体をほぐしてから、最後に乗り込もうとする忠臣を後ろから襲った。

「…!」

忠臣は、何かが後ろから走って来ると慌てて振り返ったが、その手に握られている短刀を認識するまで時間が掛かった。

「うわ…!」

馬車の中から、忠興が慌てて飛んで出て来た。

「父さん!」

「ぐ…、」

忠臣は、背中の右下辺りが熱く熱を持つのがわかった。

何かが、背中を大量に流れて行く。

…刺された…!

忠臣がそう認識して、フードを目深に被るその男が、更にもう一度腕を振り上げるのを見て、避けようとした。

が、背中の熱さは痛みのようで、それが全身から力を奪っているようで、身動き取れなかった。

「…やめろ!」

背後から、警備兵達が走って来る。

間に合わない…。

忠臣は、覚悟した。

が、忠興の声が叫んだ。

「やめろ!」と、手を前に突き出した。「父さんから離れろ!」

忠興の手からは、何かの空気のようなものが発しられて、男はそれに吹き飛ばされて結構な距離を飛んだ。

「ぐわ…!」

相手は声を上げて、背後の鳥居へと叩きつけられた。

フードがめくれ上がり、それが咲也なのだと誰の目にも分かった。

「…咲也!」警備兵達が、咲也を取り囲む。「忠臣殺害未遂の件で、現行犯逮捕する!」

神社の中からも、わらわらと神社を護衛する警備兵達が走って出て来た。

その中には、家まで迎えに来てくれた佐伯と、聖と大聖の姿もあった。

しかし、咲也は白目を剥いており、警備兵達の声が届いているのか分からない。

佐伯が、言った。

「…忠臣を狙って来たか。」

気を失っているのか、とにかく身動きしない咲也を縛り上げながら、警備兵は答えた。

「は。ご指示通りに屋敷を抜け出すこれを泳がせて追って、一度忠臣の屋敷へ行き、その後こちらへ参りました。しばらくそちらでじっと中を窺っていましたが、忠臣目掛けて走り出して…気付かれないように離れておりましたので、間に合いませんでした。」

忠興が、震えながら言った。

「オレ…オレ、殺すつもりはなくて。あの、押そうとしたら、手から何か出たんです。それが吹き飛ばして鳥居にぶつかって…。」

聖は、頷いた。

「それが能力者の力。先ほども言うたの、しばらく力の制御を覚えるために、こちらへ通うが良い。ちなみにこれは、死んではおらぬ。まだ、今はな。」

大聖が、鼻を押さえながら、何度も頷いた。

「まだ腐った命が中に。辺りにも撒き散らされてて、物凄い臭いだ。」

聖は、動じる様子もなく言った。

「神の力の象徴とも言える鳥居にぶつかった時に、腐った命が絶えきれずに弾け飛んだのだ。今中に残っているのは、欠片ぞ。」と、手を上げた。「ここらを掃除する。そやつはもう、まともに動くことも叶うまい。辛うじて生きておるのは、欠片でも命が中に残っておるから。とはいえ、神の結界内で浄化の力に晒されておれば、そのうちそれも消える。そして死ぬだろう。引き返す道もあったのに…愚かな奴よ。佐伯、咲也を神社の地下牢へ。それを記録せよ。」

佐伯は、頷いた。

「は。」と、皆に指示を出した。「こちらの地下牢へ運べ。」

警備兵達が、ピクリとも動かない咲也を、神社の中へと運び込んで行く。

聖は、忠興を見た。

「…忠臣は。」

忠興は、ハッとして父を見下ろした。

今の今まで、千紗と三人で、神社の拝殿で出された食事を取って笑い合っていた父が、今は息を上げて横たわっている。

「…父さん!」と、真っ白い着物の背中が真っ赤に染まっているのを見た。「…なんてこった、止血を…!」

千紗が、馬車から飛んで出て来て言った。

「私がやる!」と、血などものともせずに言った。「兄さん、うつ伏せにして!」

千紗の職場は、療養所だ。

忠興は、忠臣をうつ伏せにしながら言った。

「でもお前、道具は。」

千紗は頷いた。

「いつも持ち歩いてるの!所長が何があるかわからないから、常に携帯用のキットは持ち歩けって!」と、馬車の中から自分のカバンを引っ張り出した。「任せて、止血するから!」

千紗の手際は、見たこともないほど良い。

さっさと忠臣の着物の背中を小刀で切り開くと、患部を見て、言った。

「…これは…」と、布を大量に出して、押し付けた。「…内臓まで傷付けてるかも…。所長に頼まないと、中まで縫うとなったらこんな所では無理だわ。」

佐伯が言った。

「私が運びます。」佐伯は、言った。「この近くの療養所は、すぐそこです。主要な機関は全部神社回りに集まっていますからね。」

聖は、頷いた。

「頼む。」と、息を上げる忠臣を見た。「忠臣、千夏さんには私から知らせを送らせよう。頑張るのだ、これから新しい生なのだからの。」

忠臣は、頷いた。

「…はい…。」

そうして、警備兵が持ってきた板の上に忠臣を乗せると、そのまま療養所の方へと走って行った。

大聖と聖は、それを見送ったのだった。


松治達は、手厚い保護を受けていた。

とはいえ、地下牢の中で込められて、基本的に日は入らず、環境としては最悪だったが、全員が同じ広い座敷牢のような所へ入れられており、一面畳敷きで、イグサの良い香りがしていた。

とても粗末とは言えないきちんとしたテーブルもあり、毎日巫女の母親だという、結花という女がきちんとした食事を持って来てくれて、その時にランプの油もきちんと注ぎ足してくれた。

もちろん、牢の中にはきちんと仕切られた厠もあり、布団はふかふかとしていて陽だまりの匂いまでしていて、何も不自由はしなかった。

ハッキリ言って、自分達の普段の生活よりも、ずっと良い待遇だった。

ここから出してもらえない以外は。

ここは出入り口近くの広い場所だが、奥にはここより酷い場所ばかりが並んでいるのは、入る時に警備兵達の持つランプに照らされていたので知っている。

他は、格子だけが嵌り、床は掘った岩のまま、もちろん調度もなく小さな桶が恐らく厠代わりに置かれているばかりなのを、見たのだ。

つまりは、あちらもこちらをそんなに手酷く扱おうとは思っていないのだと分かった。

松治、渥美、正、崎生、つよし晴海はるみの6人は、今日も夕食を終えて、退屈だろうからと結花が持って来てくれた、月刊神倭という雑誌を、それぞれ眺めて過ごしていた。

崎生が、言った。

「…瀧って奴なんだ。」皆が顔を上げる。崎生は続けた。「オレ達を捕まえたの。あいつは、悪いようにはしないと言った。なんか南から来た能力者とか言って、何かオレ、その時信じていいって思っちまった。そしたら、やっぱり酷いことはされなかった。」

剛と晴海も激しく頷く。

松治が、言った。

「…なんか聞いたことあるな、その名前。」と、ハッとした顔をした。「…そうか、南の。それ、あいつじゃねぇか、ほら、楢さんが言ってたじゃねぇか。オレは瀧ほど上手くは立ち回れなかった、って言って。そいつは誰だと聞いたら、そいつも南で誰か保護して生きてるだのなんだの。詳しいことは教えてもらえなかったが、南から来た漁師に瀧のことを聞いたら、あいつはマジで良い奴だって、でも怖いんだよなって言ってた。あれ、能力者だからなのか?」

渥美がいう。

「…ってことは、そいつを信じて大丈夫ってことか?もしかしたら、ほとぼり冷めたらここから出そうって思ってるんじゃ。」

松治は、うーん、と顔をしかめた。

「どうだろうな。ここ数日、世話してくれる結花さんだけしか姿を見てねぇ。」

正が言う。

「あの人は良い人だ。巫女の母親ってんで、どんな酷い奴だと思ってたけど、毎日こっちに何が足りないのか聞いてくれるし、めっちゃ上手い飯をたらふく食わせてくれる。デカいお櫃持ってそこで待ってて、いくらでも柵越しにお代わりついでくれるしな。」

晴海は言った。

「お前食い過ぎ。オレ達は遠慮してるのに。」

正は、頬を膨らませた。

「ここの飯美味すぎるの!食ったことねぇもんまで出て来るし。」と、息をついた。「…なんかさ、ここへ来て清々しいような気持ちになっちまって。最近こんなにぐっすり寝てなかったなって思うほど良く眠れるし。布団は分厚いし気持ちいいし、牢の中なのに快適過ぎてな。」

皆は、顔を見合わせる。

確かにそうなのだ。

神社の地下牢なんかに連れて来られた時には、殺されると本気で抵抗したが、警備兵達に抑え込まれてここへ放り込まれた。

入った直後は、頭は痛いし吐き気はするし、その上、下して何度も皆で厠と布団を行ったり来たりしたものだった。

その時には、もう命はないもんだと思ったが、今はこうして落ち着いた気持ちになっている。

忠臣を、咲也でさえ、殺さなくて良かった、という気持ちになっているのだ。

「…楢さんさえ、守れたらいい。」松治は、ポツリと言った。「オレ達はあいつらを殺せなかったが、咲也が何かゲロっても知ってるのはオレ達だけだ。だから、取り調べが始まったら、それさえ口にしなきゃいいんだよ。後は…瀧がなんとかしてくれるかもしれねぇし。」

渥美は、頷いた。

「だな。」と、布団の方へ歩いた。「そろそろ寝る準備しようや。」

皆が頷いて立ち上がった時、突然に地下牢の扉が前触れもなく乱暴に開かれた。

「?!」

6人が振り返ると、白目を剥いた咲也が、何の抵抗もなく連れて来られるところだった。

「え…咲也?」

正が言う。

警備兵達は、松治達の牢の前を通り過ぎ、奥の岩だけの牢の鍵を開けるとそこへ咲也を放り込んだ。

…捕まったのか!

6人が思っていると、警備兵達はそのまま鍵を閉じて、そうしてまた、松治達の牢の前を通り過ぎて、地下牢を出て行った。

松治達は、顔を見合わせて呆然としていた。


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