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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
穢れとの闘い
133/337

中之国へ

一方、伊知加と相良は順調に航海して、大津に到着していた。

大津は夜でも活気があり、そんな夜中にも関わらず、市場の辺りには灯りが煌々と灯っているのが遠目に見えた。

もっと奥まで送って行く、と左吉は言ったが、この大きな船で川を遡るのは無理があった。

それに、伊知加には確認しておかねばならないことがあったのだ。

なので、そこで左吉とは分かれて、嫌がる左吉に無理やり船代を支払い、大津の港へと立った。

相良が、言った。

「大津は夜でも活気があるな!やっぱり全国の品物が集まって来る場所なだけあるね。」

伊知加は、頷いた。

「南からも北からも、西からだって川でここへ品が流れて来るからな。ここからまた、取り引きされて各地に渡って行くのさ。魚だけを扱ってるわけじゃねぇからな。朝出発しても夜到着したりするし、大津は忙しい港なんだよ。」

…それだけ、紛れるには格好の場所だがな。

伊知加は、思っていた。

何も知らない相良は、初めて夜に大津へ上陸したのではしゃいでいた。

「なあ、また腹が減った時に備えて、何か買ってもいいか?」相良は言う。「餅だけで足りなかった時のやつ。」

伊知加は、苦笑した。

「いいぞ。夕飯が食えてないからなあ。好きなだけ買え。」と、金の入った袋を渡した。「で、オレは行きたい所があるんでぇ。」

相良は、それを受け取りながら、頷いた。

「え、オレも行くよ。」

伊知加は、首を振った。

「また神が話し掛けて来たりしたら、めんどくせぇだろ。ここの漁業管理所へ行きてぇだけ。話を聞いて来るから、お前はここで買い食いでもしてろ。」

相良は、顔をしかめた。

「オレ、来た意味ある?」

伊知加は、答えた。

「お前が必要にならねぇ方がいいの。それって危機的状況ってことだからな。とにかくお前は気にすんな。じゃな。」

伊知加は、さっさと人混みに紛れて歩いて行ってしまった。

「…まあ、気を読んだらどこに居るのか探せるし、いいか。」

相良は、そう呟くと、金を手に活気のある屋台を回り始めた。


伊知加は、それを遠目に見ながら、相良には何もついてないな、と思っていた。

到着した時から、何かの視線を感じているのだ。

こうして相良と離れた今、相良の方には何もついて行かない。

つまり、自分を見ているのだ。

顔に見覚えはない。

なので、瀧の知り合いではなかったし、楢でもなかった。

穢れはそう多くもなく、しかし少ないわけでもない、外の民特有の気配の男だった。

…ついて来るならついて来い。

伊知加は思って、気付かないふりをしたまま、漁業管理所へと向かった。


少し高台にあるその建物に入って行くと、そこの受け付けに座っている男が、顔を上げた。

「…ええっと、漁師じゃないな。君は?」

伊知加は、答えた。

「伊知加。南の能力者で、今は中之国の神社に雇われて警備兵をしてる。」

男は、慎重に頷いた。

「では、こちらの石に手を置いて今一度今の言葉を話してください。」

…ほう、これは伊津岐の力だな。

伊知加は、珍しい物を見るような目でその石の上に手を置くと、同じことを続けた。

「伊知加。南の能力者で、今は中之国の神社に雇われて警備兵をしてる。」

石は、ほんのりと白く光った。

…ふーん、犯罪者対策か。

伊知加が思っていると、相手はホッとした顔をした。

「失礼しました、伊知加様。能力者の方とお会いするのは初めてです。私は伊鈴いすず。何か御用でしょうか。」

伊知加は、頷いた。

「ここんとこの実入りはどうだ?漁師は魚を卸しているか。」

伊鈴は、息をついた。

「…はい。役所には何度も申しておりますが、こちらの買い取り価格が安いと漁師から苦情があって…残念ながら、あまり多くは集められておりません。外の業者に流れておるのが現状です。なので、商品が少なく、値を上げないと採算が取れないので、どうしても外の業者より高めになってしまい、売れ残りも出ております。それを調べに来てくださったのでしょうか。」

伊知加は、頷いた。

「ここんとこ、公式から流れて来る魚の数が減ってるなってな。聖から、港をよく見て話を聞いて来るように言われたんでぇ。あ、ちなみにオレ、聖にタメ口なのはあいつと友達だから。」

いくら能力者でも、立場は断然神主の方が上だからだ。

取り繕うより、神主と友達だと言っておいた方が、少々話し方が乱暴でも警戒されないだろうとそう付け加えた。

伊鈴は答えた。

「それはありがたい。」と、伊知加をカウンターの中へと案内した。「どうぞこちらへ。ゆっくり話を聞いてもらいたいと、正月の儀式に資料まで携えて行ったんですけどね。大勢居てそれどころではなくて、聖様に談判できませんでした。」

伊知加は、案内されるままにカウンターの中へと入り、来客用スペースのソファに座った。

「そうか。あいつも忙しいからな。で、お前らが提出した、価格設定の意見書はあるか?」

伊鈴は、待ってましたと自分の机に走ると、そこから分厚いファイルを引っ張り出した。

「やっとこれが役に立ちます。徒労に終わったと残念に思っていたのですが、ここ数年の間に提出した意見書と、役所から来た指示書です。正月のために、頑張って準備してたんですけど。」

伊知加は、頷いた。

「見せてくれ。」

伊鈴は、伊知加の前にそれをドスンと置く。

伊知加は、それをめくって一枚目から物凄い速度で進んで行き、そうしてそれを綴じた。

…確かに、こっちからはもっと高値の買い取りを提案している。

伊知加は、思った。

が、役所からの回答が、全て改善するようにと赤い色で金額が安めに設定されて、指示書として降りていた。

「え、あの、中身…。」

一瞬だったので、伊鈴は何やら不満な顔になって来る。

伊知加は、言った。

「…全部買い取り価格を下げろと指示されてるな。」

伊鈴は、え、と頷いた。

「はい、そうなんです。こちらからは現状を説明して、もう少し高めにと注釈欄に書いているのですが、お聞きして頂けないようで。これはもう、談判に参るよりないかと思っておりました。このままでは、中之国の公営漁業が、立ち行かなくなってしまうので…。」

真面目に言うと、公営なので潰れることはない。

が、閑古鳥が鳴く状況では、ここの職員もやり甲斐もないだろう。

伊知加は、言った。

「…神社に嘆願は、今になってやっとか?これはもう数年前から始まってるが。」

伊鈴は、首を振った。

「いいえ。いくらなんでもおかしいからと、数年前外の業者との価格の違いが顕著になり始めた頃に、数人の職員が調査して、それを役所に資料として送付しました。役所からは次長がそれを確認してくれたようで、詳しい話を聞きに行く、と返答をもらってホッとしていたのです。そうしたら…ある日、大津の沖で船が沈没しました。事故の一報を受けて慌てて港へと調査に向かうと、居るはずがないのに…更に調査をと思ったのか、そいつらが皆その船に乗り込んでいたのが分かって。全員犠牲になりました。船底で、三人共見つかりました。それにより、その話は立ち消えになってしまいました。」

…殺したな。

伊知加は、眉を寄せた。

次長が受け取った、というのがマズかったのだ。

何しろ、次長はあの咲也なのだ。

咲也は春樹に知られる前に、先に手を回したのだろう。

つまりは、価格の指示書を下ろしていたのは、恐らく咲也なのだ。

役所の方では、もしかしたら提案通りに決めていたのかも知れない。

が、それを改ざんしていた、としたら辻褄が合う。

もちろん、外の業者が利益を得るためにだ。

伊知加は、頷いた。

「…分かった。」と、そのファイルを手にした。「これ、借りてっていいか?聖に見せるよ。多分、次からは上手いこと行くとは思うが、お役所仕事ってのは時間がかかるからな。待っててくれ。」

伊鈴は、ホッとしたように頷いた。

「ありがとうございます!良かった、今日の夜番がオレで!いつもなら夜番なんかしないんです。ほんとに幸運だ!」

伊知加は苦笑して、そのファイルをよっこいしょと背中の袋に放り込むと、立ち上がってカウンターの外へ向かった。

「じゃあな。まだ寄るとこあるからよぉ。」

伊鈴は、頷いた。

「はい。よろしくお願いいたします。」

そうして、伊知加はそこを出た。

空が白々としていて、もうすぐ夜明けなのが分かった。

ついて来る誰かは、まだ伊知加の後ろを追って来ていた。

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