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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
穢れとの闘い
132/337

北の国では

北国一之宮の本殿では、緑楠と真比女が並んで座っていた。

その前に、伊津岐とここの神主の紗羽さわと、その息子の紗知さちが並んで座っている。

緑楠は、言った。

「…じゃあうちの方は伊知加に任せて、我はこちらを何とかすれば良いのだな。」と、紗羽を見た。「紗羽、聞いたの?その名の奴の屋敷を今すぐ捜索させよ。」

紗羽は、頭を下げた。

「は!」

と、紗知に頷き掛けて、二人は出て行った。

伊津岐は言った。

「…今紅天から知らせが来たが、あっちの首領は二人共殺されて見つかったらしい。ってことは、こっちもあり得るぞ。」

緑楠は、息をついた。

「そうやもな。そこはもう、伊知加に任せておくよりあるまい。なんとのう犯人はわかっておるが、そやつに繋がる証拠を揚げねばならぬ。それを人が見つけられたら良いのだが。」

伊津岐は、頷いた。

「できるとこまでやるしかねぇ。」と、真比女を見た。「お前も。ちょっとは頑張れよ、あちこちに迷惑かけてんだぞ、オレ達五柱しか居ねぇのに。せめて面倒を起こすな。清輪は迷惑してるって言ってるだろ。そろそろ気付けよ。」

真比女は、顔をしかめる。

緑楠が、割り込んだ。

「そのように申すな、伊津岐。分かっておってもままならぬものなのよ。こやつだけ女神なのだからの。我らと違って当然よ。」

伊津岐は、横を向いた。

「紅天まで怒らせて。ややこしくなるの、今いろいろ正そうとしてるんだから。何をするにも、終わってからにしろ。不動結界だって、やっと解決したとこなのによ。」

真比女は、息をついた。

「…分かっております。我とてそれぐらい。あなたには気配りというものがないのですか。いつなりズケズケと物を申して。」

伊津岐は、答えた。

「ない。なんでお前相手に気配りなんかしなきゃならねぇ。オレらはお前の部下か。違うだろ。時と場合を考えろって言ってんの!」

真比女がぐ、と黙ると、緑楠が言った。

「落ち着け伊津岐。そのように強く申しては真比女とて意地になろうが。先程も、我には時を弁えず悪かったと申しておったのだぞ?もうそのことは置いておいて、今は外のことよ。主も帰って来なければなるまい?」

伊津岐は、早く帰れと言われているようで面白くなかったが、帰れるのならこれよりのことはなかった。

「…じゃあ帰る。後は頼んだぞ、緑楠。」

伊津岐が帰ろうと構えると、今出て行ったところの紗羽が戻って来て、慌てて言った。

「我が神よ!役所の警備兵達に指示をしに参りましたら、あちらに知らせが来ているところで!大勢が殺されて見つかったと…それが、伊津岐様からお聞きした、あやつら四人なのでございます!」

…死んだ?

伊津岐は、紗羽を見た。

「全員か?!殺されていたのか?!」

紗羽は、何度も頷いた。

「外のことなど我ら、あまり感知しておらぬので、あちらも殺人などがあっても勝手に処理して発覚しないように知らせに来たりはしないのですが、此度は人数が多く、しかも点々とあちこちの元締めの首領ばかりが狙われていたので…怖くなって知らせて参ったようでした!」

…ということは、南、西、北と全ての首領が死んだ。

東は元から居ない、後は、中…。

伊津岐は、緑楠を見た。

「…とにかく、帳簿を押収して来いと指示して証拠を集めとけ。オレは、自分のとこが気になるから、一旦帰る。」

緑楠は、頷いた。

「…犯人が居るの。恐らく、主の所に。」

伊津岐は、険しい顔で頷いた。

「だな。」と、真比女を見た。「…オレが口が悪いのは悪かった。が、ここから頑張れよ。緑楠に手伝ってもらって、みんなが安心して暮らせるようにしてやるんだ。お前の民なんだからな。」

真比女は、ハッとした顔をして、頷いた。

「…ええ。気を入れて励みます。」

そうして、伊津岐はそこから消えて行ったのだった。


咲也は、今にも忠臣が自分達の悪事をバラしているのではと、気が気でなかった。

早く殺してしまいたいが、しかし警備兵が自分を守るといい、屋敷の周りを取り囲んでいて、外に出ようとするとそれを阻まれる。

仮に阻まれなくても、恐らく皆がついて来るので、忠臣を殺すことはできなかった。

…もう、何日も経ってしまった。

咲也は諦めそうになる自分を、鼓舞した。

…いや、諦めたらこの屋敷は、妻は、子供はどうなるのだ。

ここで裕福に暮らすことができるようになり、親戚達もあれこれ取り入って来て、妻にも子にも親切に接する。

妻も楽に暮らせるようになってから、よく笑うようになったし、いつでも綺麗な着物を着て、贅沢を楽しんでいるようだった。

友達の主婦達の中でも、一目置かれる存在なようで、毎日が充実している。

咲也がこうなってしまってからも、日に一度は様子を見に来てくれるし…。

…だが、よく考えたら夫が殺されかけて、部屋に籠もっているのに日に一度とは少ない気がする。

今日も夕食を運ばせて来た時に顔を合わせたが、話すことは町の市場近くの茶屋でこんなものを食べた、とか、どこどこの奥さんはこんな着物で来ていた、とか、そんな話だった。

そこに、労りの言葉など、なかった気がする。

それに気付いた咲也は、なんと虚しいのだろう、と思った。

最初は、家族のために金を多く集めて来よう、と気軽に思っただけだった。

それなのにいつの間にか、自分は夜に出掛けることが多かったし、外での遊びに夢中だった。

妻も妻でそんな夫には呆れていて、金のなる木ぐらいにしか思わなくなっていたのかもしれない。

表向きは良い妻だったが、内心はここまで距離があるのだ。

…とはいえ、この環境を失うわけにはいかない。

咲也は、立ち上がった。

捕らえられた松治達は狂っているようだし、自分は忠臣さえ処理すれば、恐らく漏れることもないはず…。

咲也は、外を窺った。

どうやら、警備兵の交代の時間のようだった。


警備兵の交代の時間には、一度家の前に集まって、それぞれの部署の引き継ぎをする。

その一瞬だけ、裏口には人の目がなくなるのだ。

咲也は、それを待って、気配がなくなってから、裏口からまんまと抜け出すと、短刀を胸に、急いで忠臣の屋敷へと向かった。

まだ夕刻、各家庭では食事が終わった時間だが、忠臣の家はシンとしていた。

灯りがあるのは、どうやら台所の方だけで、忠臣の部屋には誰も居ないのか、灯りは灯っていなかった。

…まだ食事をしているのか?

咲也は、灯りのついている部屋へと回り込んで、そこの窓からソッと中を覗いた。

中では、夕食を前に、たった一人忠臣の妻がテーブルの前で座り、何かを待っているように書見をしていた。

…まさか、忠臣は留守…?!

咲也は、焦った。

つまりは、あいつはもしや神社へ向かったのではないのか!

マズい…マズい!

咲也は、神社の方向へと足を向けた。

もしかしたら、もう手遅れなのか…!

咲也は思ったが、必死に神社へ向けて形振り構わず走って行った。


神社前大通りには、夜になりまた人がパラパラと出て来始めていた。

夕食さえ皆で共に取れば、後は自由に外に飲みに出たりもするのが許されるので、夫婦で来ている者達も居る。

そこは外の繁華街とは違い、品よく綺麗に並べられた食べ物などもあり、飲み屋も治安の悪い様子もなく、子供ですら両親と共に来ているのが見える。

そんな中、咲也はフードを深めに被り直して、神社へと急いだ。

通りの突き当たりにある神社は、午後五時を過ぎると鳥居のしめ縄が下ろされて、中へは入れないようになっている。

神も、夕刻には見回りに出るので留守になる、というのがその理由だった。

境内は社務所も含めて真っ暗だが、遠くに見える拝殿と、本殿の方は明るく光っていた。

拝殿の扉は閉じられており、中に誰かが居るのかどうかも確認はできなかった。

が、鳥居の前には、馬車が1台、待機しているのが見えて、間違いなく誰かが中に来ているのは確かだった。

…出て来る所を襲おう。

咲也は、思った。

恐らくあれは、忠臣だ。

殺してしまえば、中で何を話していても、裁判で証言することもできず、後で聞き逃したことを聞くこともできず、自分の有罪を立証するのが難しくなるかもしれない。

神は、見ていたとしても人世のことに関与しないので、言えないはずだ。

咲也は、じっとそこで、忠臣が出て来るのを待つことにした。

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