秘密
あれから、ご飯の残りはないかとそっと台所へ行って、お櫃の中を覗いてみたが空だった。
が、美智子は抜かりなく、残りの米をきちんとおむすびにしてくれていた。
そこには、いつでも食べて良い分、としっかりメモまで残してある。
結麻は美智子に感謝して、おむすびに手を合わせると、それを持って巫女殿の部屋へと戻った。
そして、それを食べて空腹が落ち着いてから、やっと眠りについたのだった。
次の日、夜が明けてすぐ朝ご飯の前に窯の様子を見に行った。
恐らく三、四日は掛かると思っていた乾燥だったが、なんと窯は内側も含めて綺麗に乾いている。
…伊津岐様だな。
結麻は、思った。
昨日の様子だと、とにかく早くいろいろ便利にして欲しいようだったのだ。
朝の気温の低い外で、結麻は仕方なく一人、せっせと昨日真樹と集めて来ていた木を中へと運び込み、奥に立て掛けた。
多分、こうしていたような気がするのだ。
そして、その前に奥の木に着火しないように、綺麗に切り出してある、あちらの世界ではレンガのような、こちらでは角石と言われる石を積み上げて言った。
鍛え上げられた筋肉が、今役に立っていた。
そして、全部積み上げたところで、大聖がやって来るのが見えた。
結麻は、構わず手前の空けておいたスペースに、焚き付けの細い枝と、薪を積み上げて着火準備を始めた。
大聖が、脇まで来て言った。
「飯も食わずにどうした。もうすぐ朝飯だからって、母さんが言ってるぞ。真樹は配膳を手伝ってる。まだ寝てるのかと思ったら、もう部屋に居なかったから。」
結麻は、作業をしながら答えた。
「理由は割愛するけど、めっちゃ急がなきゃならないの。」
大聖は、むっつりと言った。
「…手伝うよ。」
え、と結麻は振り返った。
「いいわよ、薪を積んで着火するだけだし。あなた、今日も学校休むの?」
もう、いくらも通えなくなるかもしれないのに。
結麻が内心思っていると、大聖は苦笑した。
「昨日父さんと話した。そろそろ頃合いだなって。巫女も決まったしオレは神主として父さんが居なくても大丈夫なように、しっかりやらなきゃいけない。遊びは終わりなんだよ。それに、父さんが今朝から、お前の手伝いをしろ、って。珍しく夜に伊津岐様が降りてらしたそうなんだけど、何かお話があったみたいだ。」
…多分、私の前世の話をしたのね。
しかし聖は、大聖にその内容を伝えていないようだ。
結麻は、頷いた。
「炭ができたら便利になると思っておられるのかも知れない。じゃあ、薪を入れるの手伝って。めっちゃ燃やさなきゃならないの。」
大聖は、頷いた。
「分かった。」
二人は、せっせと薪を積み上げて組んで行った。
そして、松葉やら小枝やら枯れ葉を押し込んで、言った。
「…そうだ、火。」と、大聖を見た。「竈からもらってこよう。まだ着いてるかな?」
大聖は、首を振った。
「いや、火ならこうして」と、大聖は手の平を上に向けて、ポッと炎を出した。「どいてろ。」
結麻は、横へサッと退いた。
大聖は、出した炎を竈の中へと投げ、途端に一気に竈の中は、火の海になった。
「え、そんなにすぐこんなことになるの?!」結麻は、急いで蓋を手にした。「蓋!蓋しないと!」
二人は、そこそこ重みのある蓋を熱と闘いながらなんとか閉じた。
中から噴き出して来る炎で、結麻の前髪が少し焦げていた。
「そうか、すまん。もう少しゆっくり火が広がった方が良かったか。」
結麻は、頷いた。
「良いのよ、私が油断したの。まさかあなたがそんな術を使えるなんて思わなかったから。それ、私にもできるかな?」
大聖は、苦笑した。
「お前には無理だ。だってお前は人の…」と、言いかけて、息をついた。「…いや、いい。で、これをどうするんだ?」
結麻は、何やら気になったが、今は炭だ。
なので、言った。
「とりあえず、待つだけ。私、ほんとにうろ覚えで細かいことが分からないの。だから、試行錯誤して行くより無いと思うわ。火の勢いとか…そんなの、習ってないし。もしかしたら、あの勢いだし奥の炭にするはずの木まで燃えちゃうかも。レンガ…角石は積んだけどね。」
大聖は、息をついた。
「そうか。まあ、いろいろ試してみたら良いんじゃないか?」
結麻は、うーんと考えた。
「もっと簡単な方法がね…最初から欲張り過ぎてるかもなのよ。ほら、菜種油を売りに来るおじさんが、入れてる缶あるじゃない?四角いの。」
大聖は、眉を上げる。
「缶?一斗缶か?」
そうか、この世界でもあれは一斗缶というのか。
「そうそう、一斗缶。あれに木を入れて煙突付けて蓋をして、下から竈で加熱したら、多分炭になるのよね。簡単な方法ってそれ。」
大聖は、目を丸くした。
「じゃあそっちを先に試せばいいじゃないか。なんでこんなツボ作ってまで、大量に作ろうとしたんだよ。」
いやだから、私が見たのは職人の特集だったんだってば!
「これしか本に書いてなかったからだよ!でも、原理から言えばそうかなって。」
ネットで見たのを今思い出したとか言っても、大聖にはわからないでしょう。
結麻は、そう思ってそう言った。
大聖は、息をついた。
「…不完全燃焼か。」え、と結麻が驚いた顔をすると、大聖は言った。「お前が言ってた事を考えたら分かる。思ってたよりお前って、頭が良いんだなと思ったよ。だったら、一斗缶でもやってみよう。父さんに言って、手に入れてもらうよ。」
頭が良いのは大聖だよ。
結麻は、それを聞いて思った。
理由のわからない知識を得て、それをすぐに応用して考えられる人はあちらの世界でもなかなかいない。
結局、結麻の知識は自分で考えたのではなく、前世誰かが考えた知識でしかないのだ。
少し落ち込んだ結麻だったが、前世の誰かが作り上げた知識が、自分を通してこちらの役に立つのなら、それを伝えるのが自分の役目だ。
伊津岐がそれを望むのだから、自分はそれを頑張れば良いのだ。
大聖は、言った。
「じゃ、飯食いに行こう。どうせすぐにはできないんだろ?」
結麻は頷いて、そうして大聖と共に、神主の屋敷の居間へと向かったのだった。
朝食の席で、聖が言った。
「…昨日、伊津岐様がいらっしゃって。」と、結麻を見た。「君も話したのだろう?」
結麻は、その話になるよねと頷いた。
「はい…。あの、おむすび食べました。」
美智子は、頷いた。
「良いのよ、そんな時のために置いてあったものだから。お米はたくさんあるし。」
真樹が、驚いた顔をした。
「え、結麻ちゃん一人で大丈夫だった?」
結麻は、真樹を見た。
「うん、昨日お腹パンパンだったでしょ?だから伊津岐様はいらっしゃったみたい。でも、話し終えたらめっちゃお腹が空いてた。」
あれだけ食べてもあの時間しか話せないんだよね。
結麻は、ため息をついた。
やっぱり、筋肉だけでなく脂肪も付けないと…力士を見習えばいい感じかな。
結麻は、ちゃんこ鍋を作るかとか、内心考えていた。
聖は、言った。
「…とりあえず、君は間違っていないのだと伊津岐様からお聞きしている。なので、これからも何かやりたい事があれば何なり言うといい。できる限り手伝おう。」
すると、大聖が言った。
「父さん、それなんですけど。」聖が、大聖を見る。大聖は続けた。「結麻が言うには、一斗缶に木を入れて、竈で下から燃焼しても同じように炭ができるのではと。一斗缶を買っても良いですか。」
聖は、言った。
「不完全燃焼か。」と、頷いた。「では、今日金属職人の所に行って、買って来るがいい。」
大聖は、頷いた。
「はい。」
美智子が、言った。
「結麻ちゃんは物知りなのね。炭がますます楽しみになったわ。いろいろ用途が広がりそう。伊津岐様のお墨付きですものね。」
結麻は、美智子に褒められて気恥ずかしかったが、頷いた。
その隣りで、真樹は黙って黙々とご飯を食べていたのだった。




