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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
穢れとの闘い
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港町の屋敷

伊知加と相良は、源太の屋敷に到着していた。

人らしく馬で行ったので、時間が掛かってもう、今は夕刻だ。

船で行く選択肢もあったが、一度あの、吉から取り戻した高台の土地も、見ておこうと思ったのだ。

そこは、黒く焼け焦げて見る影もなかったが、土地はきちんとそこに存在し、焼け落ちた家々の残骸は痛々しかったとはいえ、やり直すにはちょうど良いと伊知加は思った。

全て、一から作り直せるからだ。

芽吹いていた菜の花も、もうそこには無かったが、伊知加は時間は腐る程ある、と思っていた。

何しろ自分には、有り余る時間が約束されているのだ。

…結麻は、焼畑とか言っていたな。

伊知加は、思い出して一人苦笑した。

ここで、また一からやり直そうと結麻が言ったのだ。

共に暮らして、生きて行こうと…。

だが、その結麻の意識はもう居ない。

魔法陣に囚われるというヘマを犯した自分を助けるために、その記憶を犠牲にして消えた…。

伊知加は、無言でそこを後にした。

相良は、何か思う所があるのだろうが、何も言わずに伊知加について来た。

そして、今源太の屋敷の前に立っているのだ。

そこを守る、警備兵が言った。

「伊知加様と相良さんですね。中をご覧になりたいとか。」

伊知加は、頷いた。

「ああ。お前らは中を調べたか?」

念の為に聞くと、警備兵は頷いた。

「中に誰か潜んでいないか、確かめてあります。」

つまりは、書類関係は全く調べていないのだろう。

「…分かった。とりあえず中を案内してくれるか。一人でいい。まず地下の隠し部屋へ行きたい。」

その男は、頷いた。

「はい。私が参ります。警備隊長の、四宮しのみやと言います。」

伊知加は、頷いた。

「四宮。じゃあ案内してくれ。」

四宮は頷いて、他の警備兵達に頷き掛けてから、先に立って屋敷の中へと入って行った。


入ってすぐの部屋は、受け付けのようなカウンターがあって、そこへ漁師達が、何キロのどんな魚を納品した、と報告する場所だったと伊知加は知っていた。

そうして、そこで大きく上前を跳ねられた額の金を受け取り、皆ここを出て行くという繰り返しだった。

それも、皆は仕方がないと思っていたし、現に幾らで南之国で売れているのかも、漁師達は知らない。

知った者は軒並み消されてしまい、残ったのは言いなりで疑いもしない者達だけだったからだ。

とはいえ、その中には何も知らないフリをしている漁師も居た。

左吉が、そうだった。

左吉が南の市場での取り引き額を見て、どう見てもおかしいと気取ったのを知った源太の刺客が、あろうことか左吉本人ではなく、大切にしている嫁と子供を狙った事があった。

それを、瀧であった伊知加が気取って守り、左吉は知ったことを知らないフリを通して切り抜けた。

そんな事があったのだ。

愚かなフリをしなければ生きられない。

そんな世の中だった。

そこを通り抜けて歩いて行くと、奥の部屋へとたどり着いた。

「う…!」

伊知加は、思わず鼻を押さえた。

…源太の腐った魂の欠片か。

伊知加は、気が遠くなりそうなほどの臭いに足を止める。

四宮と相良が、そんな伊知加に振り返った。

「…どうした?」

相良が言う。

能力者では、臭いまでは分からないようだ。

「…いや、臭いが酷ぇ。あいつの残骸がそこかしこに落ちてらぁ。死んでからまで迷惑な奴だよ、全く。」

四宮がクンクンと鼻を利かせながら、言った。

「…臭いますか?」と、床を指した。「でも、ここに隠し部屋があるんです。この下です。」

だろうな。

伊知加は、頷いた。

「ありがとよ。オレは鼻がいいもんでな。ここからは二人で行く。お前はこの辺で待っててくれ。それともついて来るか?」

四宮は、首を振った。

「いえ、ここで。もし残党が侵入して来たら先に対応できますしね。どうぞ、中へ。」

伊知加は相良に頷き掛けて、そうして二人で、地下へと降りて行った。


そこは、だだっ広いがらんとした雑に作られた部屋で、やはりここにも源太の臭いは残っていた。

が、外に比べたら幾らからマシだ。

伊知加は、無造作に置かれたテーブルの上に転がる、ゴブレットの数々を避けて、その下の大きな地図を見た。

地図には、赤い点があちこちに描かれてあり、それぞれに名前が書いてある。

この辺りには、源太と隣り町は何度も書き直したような跡があり、最終的に空白になったままになっているのを見て、これはそれぞれの首領の場所を示しているのだと悟った。

「…こいつはラッキーだ。」伊知加は、それを持ち上げた。「これがあればとりあえず居場所は分かる。やはり、それぞれで協力し合ってたわけだな。だが…この、中之国の辺り。焼け焦げたように穴が開いてる。」

相良は、脇からそれを見た。

「ほんとだ。そこの首領と仲違いでもしたのか?名前を焼くなんて、よっぽど腹を立てたんじゃないか。だが、それだけじゃ証拠にはならないぞ。もっと具体的な何かがないと。」

伊知加は、頷いた。

「そうだな。」と、くるくるとその紙を巻いた。「そっちの棚にめっちゃ何か押し込んであるぞ?」

相良は、頷いた。

「これは出納帳だよ。」と、引っ張り出した。「…魚の入値と売値。へぇ。あいつ売値の三割しか漁師に支払ってなかったのか。」

伊知加は、息をついた。

「だろうな。ま、源太は死んだしもう関係ねぇ。他は?」

相良は、あちこちから紙を引っ張り出した。

「…定例集会議事録とかいうのがある。」と、それをめくった。「…うーん、やっぱり。統一するべきという議題になってる。つまり、魚の買い取り価格だな。高い所へわざわざ遠出して売りに行く漁師が出ているから、実入りが少なくなってる港があるらしい。みんな大津へ向かうから、大津の方では結構な高値で買い取っていたようだ。だが、中之国の首領は集会に出てないようだから、そこは通告すると満場一致で決められた。が、次の集会で、やっぱり中之国の方では、漁師が勝手に売りに来ているからと、是正するつもりもなかったようで、どう制裁するべきか話し合ってるな。結局、越境して売りに行くのを漁師達に禁止する形にしようと決めてる。こうして見ると、中之国の首領がかなり強い意思を持ってて、群れようとはしてないように見える。」

伊知加は、丸めて筒になった地図を上げた。

「…だから焼いたのか?」

相良は、顔をしかめた。

「どうだろうな。確かにタバコの火で焼いたみたいな丸い焦げ跡だけど、何か議事録の書き方がさ…なんか恐れてみたいなんだよ。この、中之国の首領ってのを。他の議事録見たら、どこどこの誰々を処分、とか平気で書いてるのに、中之国の首領だけは、名前すら書いてない。つまりは、その名前すら恐れてるほど、他の首領は怖がってた気がするんだ。めっちゃ強い人なのかも。」

…楢は、そこまでゴツい男ではなかったが。

伊知加は、あの捕らえた松治達を泳がせている間、それらが報告に向かう先にもついて行って、その顔を見ていた。

確かに強い意思を感じる目だったが、しかしそこまで肉体派の男ではない。

あれは、知能で生き残って来たタイプの男だと、伊知加は思っていた。

しかも、人を殺した穢れを確かに受けているのにも関わらず、その命は腐りもせず、黒く変色するだけに留まっていた。

楢は、恐らく自分の中の正義を貫いて生きているのだろうと思われた。

「…それも持って行こう。」伊知加は、言った。「各地の外との取り引き記録と、外の方の買い取り記録を照らし合わせて、精査をした方がいい。法外な値で取り引きされていたら、これまでのことも合わせて役所の公正取引部が動く事ができる。利益を吸い上げている奴から、これまでの分を返させるという形を取れるしな。各地の市場での取り引き記録を出させなきゃならない。あいつらが闇帳簿とやらを隠せないように、今すぐな。」

相良は、頷いた。

「だったら南に帰らなきゃ。神様ネットワークが一番早いんだから。神様に通達したら、神様から神主に伝わってすぐに動けるけど、あちこちに文を送ってたら到着もバラバラだよ。」

伊知加は、苦笑した。

「お前、神なんか居ねぇと言ってたのに、利用しようってのか。」

相良は、慌てて言った。

「え、いや違うんだ!単純にそっちが早いって思っただけで…。」

伊知加は、笑った。

「冗談だ。お前も神と間近に過ごして、なんか変わったな。」と、空を見た。「その必要はねぇ。緑楠は今北に居る。間に合わねぇから、オレが言う。」

相良は、驚いた顔をした。

「え、瀧でも直接神様に念を送れるの?!めっちゃ遠くても?!」

伊知加は、頷いた。

「ああ。任せとけ。」

伊知加は、伊津岐や紅天に向けて念を放った。

それに、真っ先に反応したのは、紅天だった。

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