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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
穢れとの闘い
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南の昼

台所へ入って行くと、車椅子が脇に置いてあり、良子は立って竈の前に居た。

伊知加と相良が入って行くと、良子は振り返った。

「兄さん。」と、目を見開いた。「まあ、瀧!」

良子は、急いでこちらへびっこを引き引きやって来た。

それでも、立ち上がるのも大変だったあの時に比べると、本当に良くなっているのは分かった。

「良子、お前歩けてるじゃねぇか。車椅子も無駄になりそうだな。」

良子は、笑って言った。

「佐弥子さんのお陰なの。私が歩く練習をするのに、毎日付き合ってくださって…本当に、感謝しているわ。」

佐弥子が、微笑んで言った。

「良子ちゃんが一生懸命だからよ。頑張りやさんよね。」と、伊知加を見た。「瀧様?伊知加様と主人には聞いておりますが。」

伊知加は答えた。

「どっちもオレ。だから好きに呼んでくれ。」

相良が、良子に言った。

「良子、オレは瀧とまたあっちに戻って来なきゃならないんだ。やることがあってな。」

良子は、顔を曇らせた。

「そうね…長くお世話になってしまっているし…。」

自分も行かねばと思っているのだろう。

だが、伊知加は言った。

「お前は危ねえからここに残れ。」え、と良子が目を丸くすると、伊知加は続けた。「オレから緑楠に頼んでやるから。オレ達は役所の警備兵達と合流して、いろいろ調べて来なきゃならねぇんだよ。そうしたら、お前は一人になるだろう。ここに居た方がいい。また、やること終わったら相良はここへ戻って来るから。こいつ、緑楠が見えるしな。能力者だからよ。」

相良は、頷いた。

「まあ、腹が減って死にそうになるけどね。」

佐弥子が、言った。

「でも、とりあえず昼ご飯は。今朝の儀式が終わりそうだと知らせが来たので、そろそろ配膳しようとしていましたの。伊知加様もどうですか?」

佐弥子は、夫が言う通りに伊知加と呼ぶと決めたらしい。

伊知加は、頷いた。

「だったら行く前に腹ごしらえだ。」と、相良を見た。「それから行こう。」

そうして、相良も手伝って配膳をしている間に、伊知加は先に話を済ませておこう、と、拝殿へと向かった。


拝殿では、確かに終わったようで、初生が緑楠に感謝の祝詞を上げていた。

それが終わるのを待って、伊知加は声を掛けた。

「初生。初音、話がある。」

二人は、驚いた顔をした。

「伊知加様!とりあえず本殿の方へ。こちらはまだ、儀式の最中で持ち込まれた穢れもそのままでございますから。」

伊知加は、苦笑した。

「だからオレ、穢れにそこまで敏感じゃねぇの。お前らと同じ、肉の身があるしさ。」

だが、緑楠の声が割り込んだ。

「いいからこっちへ来い、伊知加!話がしたいのだろうが。」

伊知加はため息をついた。

「へぇへぇせっかちだな緑楠は。」と、足を進めた。「行こう。」

初生と初音は頷いて、そうして拝殿から中央の階段を上り、本殿へ上がった。


本殿では、緑楠が座って待っていた。

「ほら、ここへ座れ。」と、きちんと自分の隣りに座布団を置いて言った。「主には誠に感謝しておるのよ。伊津岐を守り切ってくれたしな。あのまま太古のように術に沈むと考えたら、ゾッとするわ。」

伊知加は、答えた。

「そのために戻ったしな。とはいえ緑楠、オレはここらの首領から、あっちこっちの首領の名前を掴んで、証拠を掴んで全部の国に知らせなきゃならねぇ。南はこれで何とかなった。ここからはお前らの手腕だが、それはお前らがやれ。で、相良を借りてくぞ。良子はここで面倒見てやって欲しい。」

緑楠は、頷いた。

「問題ない。あやつらの穢れは消せる程度だったし、消したらああして能力も戻った。あやつと目が合った時、こいつも能力者かと驚いたものだった。良子は沙知に比べて気立ても良いし役に立つからの。佐弥子も重宝しておるから、こやつらも文句はあるまい。」

沙知とは、ここの巫女だ。

巫女としての仕事は問題ないが、どうやら動くのが億劫なタイプで、あまり家事を手伝ったりはしないようだった。

初生が、言った。

「来た時にはどうなることかと思いましたが、相良は時々緑楠様から直接指示を受けてあれこれ動いてくれるし、良子は佐弥子の手伝いをしてくれるので、我らも助かっておるのですよ。良子が残るのなら、しっかり世話しておきます。」

伊知加は、頷いた。

「よろしくな。で、警備兵に連絡を入れておいて欲しいんでぇ。オレ達が、源太の家を捜索したいと言っている、とな。まだ中は調べてないんだろう?」

初生は、頷いた。

「はい。一応、潜んでいる者がいないか徹底的に捜索はしましたが、その後は何も。地下に隠し部屋までありましたが、そちらにも誰も居ませんでした。最初に急襲した時に、外に出ていた者達が全てなようですな。」

伊知加は、頷いた。

「源太が誰に殺られたか、情報は入ってるか?」

それには、初音が答えた。

「いえ、未だ。何しろ船に乗り込んで行ったのを見た警備兵が、急いで船を止めて中へ駆け込んだ時には、もう船底で死んで見つかったそうで。外で出航準備をしていた船員達も何も知らぬようでした。彼らは普通の漁師で、源太に言われて大津へ向けて出航してくれと金を渡されたと言っていました。乗り込んで源太が船の中に消えるまで、皆が追いながら見ておりましたので、船員達が中へ入っていないのは皆知っています。殺ったなら、恐らく最初から中に潜んでいた誰かか、警備兵に見えない位置から船底へ向かって降りてすぐに殺した誰か、ということになりますが、あの船を使うと誰にも分からなかったでしょうし、事前に潜むなど無理な気がします。なので、誰が殺ったのか分からぬのです。」

伊知加は、考え込んだ。

…ということは、最初から源太を殺そうと、付け狙っていた誰かが居て、そいつが船底へ逃げ込んだ源太を追って行き、殺してすぐに逃げたことになる。

「…まあ、あいつに権力が集中していたから、面倒に思ってる奴は多く居た。殺せるなら殺しただろう奴も多く知っている。いつも金にあかせて集めた私兵に囲まれていて、誰も手を出せなかったが、これ幸いと付け狙っていた奴が居たのかも知れない。が、そうなるとそいつが、恨みを晴らしただけならいいが、代わって自分が牛耳ろうとしているのならまずいな。結局同じことになる。犯人は捜しておかなきゃならねぇ。」

初生は、頷いた。

「はい、誠にそのように。」

伊知加は、ポンと膝を叩いた。

「…まずは、裏社会の首領達のリストを作りてぇ。あいつらはあちこちの首領達と情報を売り買いしては、それを使って行動してたからな。中之国の首領は分かった。が、紅天のとこと真比女のとこが全くだ。そういや紅天がめっちゃ怒ってるのが元旦の夜中に感じ取れたが、あいつは何してる?捕らえたのか。」

緑楠が、答えた。

「あやつは臭過ぎて嫌がるよりも先に怒りが来たようでな。そやつらが鳥居をくぐった瞬間、激しい怒りの気の勢いでみんなふっ飛ばされてしもうて。」

伊知加は、目を丸くした。

「なんだって?まさかそれ、全員が被ったのか。」

緑楠は、渋々頷いた。

「あやつの所の神主も境内に居た一般人も全員ぞ。シンと静まり返った神社で、紅天はハッと我に返って、慌てて神主…克也を起こして、臭う奴らを拘束したらしい。泳がせる以前の問題だった。」

まじかよ。

伊知加は、顔をしかめた。

「オレはあいつのとこまで把握してねぇぞ?それだと外の誰に繋がってたのか、自供頼みじゃねぇか。しかも、恐らく中之国もそうだったが、首領本人が繋がってるとは限らねぇ。手先である可能性がある。首領まで行きつけるのか、それで。」

緑楠は、頷いた。

「そうよな。まあ分かっておるのだ。ちなみに清輪の所はやはり、外と繋がる役人は居なかったようだな。が、ちょこちょこ悪さをしている一般人が見つかって、そいつは外へ放り出されたらしいぞ。加護から外されておるから、恐らく長くは生きられまい。あやつはそのやり方で、これまで内に変なものを抱えずに生きて来たからな。」

ちょっとでも悪意があると、死ねと見捨てる。

それが、清輪のやり方だった。

基本的に、加護を外そうとしなければ、どんな外の住人でもとりあえず生きて行けるだけの、軽い神からの恩恵は受けているのだ。

それすらも外してしまうには、意識的にそれらに全く触れず、吸い込む空気ですら神の気を取り込むことは許さずに廃除するので、そうされた者達は、まず良い空気ではなく悪いものばかりを取り込むことになり、食べてもその栄養も体に取り込む事を許されず、全部そのまま出てしまうので、必ず衰弱して、死ぬ。

食物は、神が気を与えて育てたものだからだ。

そんなわけで、いくらなんでもと神は余程でなければそこまでしないので、神の恩恵に預かっているなどとは、誰も思わないのだ。

が、清輪は徹底していて、悪いものは悪い、と、決してそれを許さない。

そんなわけで、東之国では皆、滅多なことはできず、清廉潔白だった。

神倭では、東之国から婚姻相手に選ぶとなると、それなら問題ない、と言われているほどだった。

「…まあ、清輪のやり方は間違ってないのかも知れねぇが…とはいえ、オレには分かる。そうしねぇと生きて行けねぇ者も、外には居る。だからこそ、清輪だって外の奴らにまで、それを徹底してねぇんだもんよ。」

緑楠は、神妙な顔で頷いた。

「だの。とはいえこれからは分かるまい。外にも我らの民が出て参る。放置はできぬし、それらを守らねばならぬ。我とて万が一の時のことは、覚悟しておるよ。」

つまりは、緑楠もそのやり方を外に課す可能性がある、ということだ。

伊知加は、本来善良なはずの者達だけでも、助けてやらねばと心に誓っていた。


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