告白
忠臣は、あの日気を失って家へと運ばれ、目が覚めた時にあれだけ常に僅かでも吐き気がしていたのに、それがスッキリとしているのに驚いた。
妻の千夏が、脇で看病してくれていて、忠臣が目覚めるとこう言った。
「…だから毎年神社には行こうって誘ってるのに。あなた、疲れてるからってここ数年、お正月は寝てばかりだったでしょう?子供達もあなたに近寄らなくなるし、家の中が微妙な空気になってて困っていたの。それが、二人共珍しくあなたの様子を見に来てたのよ?信じられる?」
忠臣は、驚いて千夏を見た。
「え、忠興も千紗も?」
千夏は、頷いた。
「そう。一緒にご飯を食べるのも嫌がってたあの子達が、お父さん、神社に行ったんだね、ってホッとした顔をしてた。あの子達は神様に忠実だし、やっぱりあの態度には腹を立てていたんじゃない?」
…そうなのか。
忠臣は、呆然とした。
薄っすらと覚えている…ゴツい体の警備員が現れて、無理矢理に酒を飲まされた。
飲んだ時には、体の中から焼かれるようで、後悔したが吐き出すことを許されなかった。
助かりたかったら、飲め、と…。
スッキリとしている頭で考えてみると、自分はこれまでなんてことをして来たのだろう。
生まれた時から、神社と関わらずにいた事はなかった。
それなのに、咲也に命じられて様々な情報を仕入れて渡し、金を貰うようになってから、その小さな悪事が神に知られるのではないかと恐れ、怖くて近づけなくなった。
今回のことも、咲也が懸念していたように、自分も絶対に神社へ足を踏み入れたくなかった。
様々考えたが、参拝が常識な世の中で、行かないと表立って言うことなどできなかった。
なので意を決して行ったが、案外に神は咎められることはなく、肩透かしを食らわされた心地だった。
が、神の酒を口にした時、酒が通った所から順にヒリヒリと痛んで堪らなくなり、吐いた。
少し楽になったが、しかし皆の注目を浴びてしまった以上、それを飲み下さないという選択肢はなかった。
そして、痛む喉や内臓を無視して、また酒を煽ったのだ。
…助かりたいなら、飲め。
それはつまり、自分は助かったということなのか。
忠臣は、途端に湧き上がって来る罪悪感に、押し潰されそうになった。
…なんてことをしてしまったんだ。
忠臣は、思った。
給料は多いが、全て千夏に渡しているのもあり、忠臣の自由になる金はそうなかった。
必ず夕飯は皆で揃ってという神からのお言葉で、全員が夕方には仕事を終えて帰るこの国で、夜遊びもできる場所は少なかったし、不自由はしていなかった。
だが、咲也に誘われて行った外の繁華街には、それは面白い世界があった。
夕食後に連れ出されたそこでは、夜はかえって明るく華やかで、国の中では禁止されている娼館まであったのだ。
忠臣は、その世界に夢中になった。
そうしたら、たちまち金に困ることになり、そういうことならと咲也が持って来た、外の仕事とやらのために、情報を集めたり、便宜を図ったりした。
それで金は手に入り、遊び歩く事ができた。
そうしているうちに、子供達は忠臣から離れ、口も効かなくなった。
そうなると夕飯も共にという雰囲気ではないので、余計に夕刻に家に帰ることすらしなくなり、仕事を終えてすぐに外へと向かう毎日になっていたのだ。
そんな父親なので、子供達の顔を、ここ最近は見てもいない。
妻ですら、毎日顔を合わせても、碌な会話もない状態に陥っていたのだ。
…神に背いた生活など、していたから。
忠臣は、涙を流した。
そんな自分でも、神は助けてくれたのか。
「もう!いくらなんでも今夜は遊びに出るなんて言わない…、」千夏は言いかけて、ハッとした。「…どうしたの?!」
忠臣は、言った。
「…すまん。」千夏が目を丸くすると、忠臣は続けた。「オレが悪かった。全部。神社に行かないと…神に御礼をしなきゃならない。それに、聖様にお話をしないといけないんだ。」
千夏は、怒っていたのだが涙ながらにそんなことを言い出す夫に、冷静になったのか、落ち着いて言った。
「…そうね。落ち着いたら行きましょう。」と、息をついた。「…目が覚めたら呼んでくれって忠興が言ってたの。ここに呼ぶわね。」
そうして、千夏は出て行った。
忠臣は、忠興にも謝らないとと涙を拭いていると、忠興が顔を覗かせた。
「…父さん。」
忠臣は、そちらを見た。
忠興は、もう二十歳を過ぎていて、役所ではなく今は菜種油職人の道に進んでいる。
が、最近では炭焼きも習い始めたとか千夏に聞いた。
忠臣は、言った。
「…どうだ、忠興。炭焼きは順調か。」
忠興は、頷いた。
「ああ、重宝されて最近では学校のクラスも炭焼き職人が増えて、そっちの講義に行くこともあるよ。」
忠臣は、頷いた。
「そうか。良かった。」
だったら自分が捕まっても、忠興が千夏の面倒を見てくれる。
忠臣がそう思っていると、忠興は今まで千夏が座っていた、椅子に座って言った。
「父さん、浄化されたんだね。目が覚めた?」
え、と忠臣は目を見張った。
「…オレは、やっぱり穢れてたか。」
忠興は、頷いた。
「ああ。オレも千紗もちょっとそういうの感じるから。父さんも小さい頃は能力者だったって自慢してただろ?オレ達に遺伝してるんだよ。」
確かにそうだった。
忠臣は、思った。
だが、自分は学校に通い始めた頃に、自然に消えてなくなったのだ。
男子は、だいたいそんなふうだった。
「待て、ってことはお前には残ってるのか?能力が。」
忠興は、苦笑した。
「残ってるって言ってもちょっとだけ。気配とか臭いとか。父さんが夜出掛けるようになってから、すごい変な臭いがしててね。オレも千紗も、とてもじゃないが一緒にご飯なんか食べられないぐらい酷かったんだよ。だから、穢れをもらって来てるなって思って、神社へ行けって言ったじゃないか。なのに父さん、正月の参拝すら行かないんだもの。ここ最近は、側に寄るのも辛かったよ。家に居ないでくれた方がホッとしてた。だってそれは臭かったからね。何かが腐ったみたいな臭い。」
そうだったのか。
忠臣は、言った。
「…父さんが悪い。父さんは、夜遊びばっかしてて、金が欲しくて悪い奴らの仕事もした。だから、そのせいで穢れてたんだろう。今は分かる。父さんは、全部聖様に話して、罰を受けなきゃならない。母さんにはまだ言ってないが。」
忠興は、頷いた。
「そうかもしれないって思った。だって母さんも、毎日遊び歩けるほど、お金は渡していないはずののにって心配していたからね。同じように夜遊びしてる職人も居るけど、そんな人達も、金はなんとかなる、あっちで稼げるとか言ってて…遊びにハマってそんなことをしてる人達は、みんな軒並み臭くなって、それでいつの間にか、行方不明になってたりするんだ。多分、死んだんだと思う。大丈夫だよ、父さんは正気に戻った。元の父さんなら、オレは嫌いじゃない。母さんのことは心配しないで。オレ、これでも結構稼ぐから。面倒みるよ。千紗だって治療所で頑張ってるしな。何も心配しないで。とにかく、体が回復したら、一緒に神社へ行こう。ついてくよ。」
忠臣は、また涙を流した。
「…ごめんな、こんな父さんで。後は頼む。父さんは、一から出直すよ。」
忠興は頷いて、忠臣が泣いている間、黙って側に居てくれた。
ここまで育てて来て、本当に良かった、迷惑掛けて本当にすまない、と忠臣は心の底から思っていたのだった。
そんな様子を、窓の外から窺う影があることに、忠臣も忠興も、全く気付いていなかった。




