誰が悪いのか
「…ってぇことは、その楢って奴がここらの外の首謀者か。どんな奴だった。」
伊津岐が伊知加から一通り話を聞いて、そう言った。
伊知加は答えた。
「歳は三十代後半ぐらい。まだ若い。手先の奴らは二十代ぐらいが主流だが、松治って奴だけ歳上だったな。だが、驚いたことに、あいつらは思ったほど穢れてねぇ。確かにクセェが、咲也ほどじゃなかった。楢でさえもな。」
大聖が、言った。
「…それはどういうことです?」
伊津岐が、言った。
「…つまり、そいつらは恐らく自分の利益のためだけに、こんなことをやらかしたわけじゃねぇってことだ。生きるため、そして他を養うため。それでも穢れはするが、私服を肥やすためにやるのとは穢れ方が違うんでぇ。」と、聖を見た。「…久しぶりに地下牢を開かなきゃならねぇぞ、聖。そいつらを役所の牢には入れられねぇ。何故なら、咲也の野郎は殺そうとするだろうからだ。神社の牢なら、穢れを祓いながら何とか匿えるだろう。」
聖は、頷いた。
「は。準備をしておきます。」
伊知加は、言った。
「警備員にも穢れてる奴はいる。恐らく咲也の息が掛かってるんじゃねぇか。佐伯に頼むのが一番だろう。あいつは真っ当な奴だった。賊は二手に分かれて今夜襲撃するつもりだ。両方に向かわせねばならないが、どう振り分ける。」
伊津岐は、考え込む顔をした。
「…佐伯は忠臣の方へ。お前は咲也の方へ行け。咲也の息が掛かった奴が、あいつを逃がそうとするかもしれねぇしな。」
伊知加は、顔をしかめた。
「まあいいが、オレも臭いで感覚が鈍るぞ。お前よりはマシってだけで、臭わねぇわけじゃねぇからな。」
そうだった、咲也は強烈な臭いを放っている。
少しでも能力を持っていたら、恐らく堪らなく臭うので、面倒なことになるのだ。
それに気を取られて、他が頭に上らないからだ。
伊津岐は、息をついた。
「…じゃあ、佐伯に咲也の方へ行かせよう。そっちのがまだマシだな。お前が臭いで目を回したら、何もかもおじゃんだしよ。」
伊知加は、頷いた。
「目は回さねぇが、確かに直視するのを避けようとするから、逃がす確率が上がるかもな。とはいえ…あいつ、昨夜馬小屋まで歩いただけでも、もう崩れて来てたからあちこちに欠片を落としながらだったぞ。町中はだから、臭いが充満しててめんどくせぇことになってる。」
まじかよ。
大聖は、思って顔をしかめた。
恐らく一般人は感じないので平気だろうが、あの臭いが蔓延しているなんて、考えたくもなかった。
聖が、言った。
「では、その賊は今夜現場を押さえるとして、楢と申す首謀者はどう致しましょう。忠臣と咲也の二人もです。あの二人は被害者という立場に今夜はなるので、捕らえることはできないでしょう。このままでは、根本的な解決にならぬのでは。」
伊津岐は、言った。
「まずは、そいつらから自供を引き出して役所の二人はどうにかできる。が、伊知加が調べて来たことでも、そいつらは絶対に楢のことは口にしねぇだろう。こうなって来ると、外の町から調べて回るしかねぇな。利益が楢ってやつに、集中することになってるだろうから、そこからの金の流れだ。どうなってるのか、そこんとこ調べて来なきゃならねぇ。」
伊知加は、言った。
「オレは南のあの港町のことなら詳しく知ってるが、こっちのことはあまり知らねぇんだよ。ただ、そういう力を持つ奴らのネットワークは知ってる。その中に、確かに楢の名前も見た気がする。そっちから調べて、芋づる式に引っ張り出して行くしかねぇな。今頃あっちも、南の役所の手先が炙り出されて、大騒ぎしてるだろうからな。あちこちそれで金が回ってたわけだし、どっかに糸口があるんじゃね?」
大聖は、言った。
「…また南ですか。」
伊知加は、言った。
「問題ねぇ。今回は一人で行って来る。そもそもオレ、飛び方思い出したからよ、馬も要らねぇし速さが違うわ。」
聖が言った。
「人は能力者でも飛べぬのです。ですから、どうか見咎められないように気を付けてください。我らでも、空高く上がってわからぬようにしています。」
伊知加は、顔をしかめた。
「ん〜、ま、努力する。」
いや、絶対見えないようにして欲しいんだってば。
大聖は思ったが、何しろ伊津岐と伊知加は良く似ていてそういうところが適当なので、気になった。
だが伊津岐が言う。
「伊知加、大事なことだ。オレはあいつらには見えねぇが、お前は見える。人の体だし矢でも射られたら避け切れなかった時まずいことになるぞ。空は隠れる場所もねぇしな。」
伊知加は、伊津岐を見た。
「死んだら死んだ時だと思ってる。」え、と伊津岐が驚いた顔をすると、伊知加は続けた。「オレ、分かったんだけどよ、黄泉で言われたんだ。人の体が死んだら、魂魄は外へ出るだろ?人はそのまま黄泉へ行くしか先はねぇが、オレは中身が神だからよ。選べるわけよ。」
伊津岐は、目を丸くした。
「え、お前死んでも神に戻るだけか?」
伊知加は、頷いた。
「そう。神としてここに留まりたければ留まればいいし、黄泉へ行ってもっかい人やるならそれでもいいってのがオレ。だから別に、こだわりはねぇ。とりあえず、いろいろ正したらいつ死んでもいいかなって思ってるとこ。そもそもお前だって、自分から選んで黄泉へ行けるだろうがよ。神は皆そうだ。行きたければ行けばいいし、そうでないならここに留まってればいいってこと。オレ達みたいな命の死ってのは、消滅のことなんだってさ。キリサだって、だから分裂してるがこいつらの中にこうやって生きてるわけよ。もう記憶なんかねぇだろうがな。」
だからこだわりがないのか。
聖と大聖は、呆然とそれを聞いていた。
伊津岐も呆然としている中で、聖が我に返った。
「…では、楢の方は伊知加様にお任せするということで。とはいえ、生きるためにとは、何やら哀れな気も致します。どの程度の穢れでありましょうか。祓える範囲なら良いのですが。」
伊知加は、答えた。
「まだ祓える。忠臣より楽なぐらいだ。だが、あいつは人も殺してるからな。完全に祓うのは難しい。とりあえず、黄泉へ行っても崩れてもがき苦しむことはねぇぐらいには、祓えるだろうと言うことだ。」
大聖が言う。
「穢れを見たら、人を殺してるとか分かるんですか。」
それには、伊津岐が頷いた。
「分かる。穢れにも種類があって、よく見たら色も違って浸潤の仕方も違うからな。お前も数見てたら分かるようになるわ。利己的な奴は、人を殺してなくても咲也みたいになっちまうこともあるしな。人を殺していても、楢みたいに完全に腐らない奴も居る。人の身に隠された中身は、みんなそんな感じだ。」
大聖には、まだそこまでは、わからない。
だが、聖は頷いた。
「時に見えてしまって、裏を取らせて捕らえるように指示を出すこともございますから。私には色で分かるようになって参りました。」
伊津岐は、頷いた。
「お前らってそうなって来たら引退して神主の里に引っ込むことになるからなあ。とはいえ、お前はまた子供が生まれるから、あと二十年は行けないか?大聖に代を譲っても子育てがあるだろうが。大聖の方が本来、子供を作ってる歳だからな。」
神主は、代替わりが早い。
だが、確かにまだ腹に居る子を放って置いて、引退とは行かないだろう。
「…は。我らも大聖が結婚して子供が生まれ、落ち着いたのを見たらと話しておりましたが、確かにまだまだかもしれませぬ。」
伊知加が、言った。
「意味のねぇことは起こらねぇし、それも意味があるのかもな。大聖はまだ結婚する気がないようだし、聖は優秀な奴だし。引退するなってことかもよ?何しろ大聖はまだ未熟だしな。」
大聖は、少しムッとした顔をしたが、その通りなので下を向く。
伊津岐は、言った。
「聖は学校なんざ行ってなかったし、大聖はそっちの知識も得て神主修行が遅れてるのは仕方ねぇよ。なるようになる。心配すんな。」
…学校で遊んでなければ良かった。
大聖は、息をついた。
他の神主代理より未熟となれば、神倭最大の中之国の、一之宮の威信にも関わって来る。
もっとしっかり励もう、と大聖は思っていたのだった。




