情報の出所は
その日の夕食の席で、聖が言った。
「…今日は何やら大きなツボを作ったらしいな。私も大聖に教えてもらって見て来たよ。それにしても、不完全燃焼とはなんだ?私は、酸素という言葉も聞いたのは初めてだ。大聖も知らないことが気になるようで、私に聞いて来たが答えられなくてね。良ければ、詳しく教えてくれないか。」
結麻は、内心ギクリとした。
やはり大聖は、知りたくて聖にまで聞いたのだ。
結麻は、どこまで答えたら良いんだろうと思ったが、聖も美智子も、興味津々と言った目で結麻を見ている。
結麻は、仕方なく答えた。
「あの…うろ覚えなんです。でも、その本には、みんなが呼吸しているこの空気の成分は、窒素、酸素、二酸化炭素、その他で構成されている、と書いてありました。人は酸素を取り入れて二酸化炭素にして出してます。ちなみに酸素が燃えると二酸化炭素になるんです。で、酸素は多すぎても駄目なんで、空気中の約8割ぐらいが窒素で、酸素はめっちゃちょっとです。あくまでも割合ですけど。」
聖は、ふんふんと頷いた。
「ほう。その酸素というものが、物が燃えるのに必要なのだな。そして、燃やしたら二酸化炭素というものになる。私達は、それを燃やして生きていると?」
結麻は、頷く。
「はい…。あの、ほんとにうろ覚えなので。細かくなんでだとか言われても、分からないんですけど。」
そもそも、もしかしたらこの世界では違うかもしれないし。
酸素ではない他の何かかもしれないのだ。
聖は、言った。
「ということは、不完全燃焼とはその言葉のままなら、完全に燃えないということか?その状態を、あのツボの中で作り出し、木々の水分やそこに含まれる酸素などを完全に燃やし尽くして、燃えないように熱する。そしたら炭ができる、ということなのか?」
聖は頭が良い。
結麻は、さすが大聖の父親だと感心しながら頷いた。
「はい、そうです。その炭に火をつけると、ゆっくりと燃えて薪より燃え尽きる速度は遅いです。火に焚べるのも、そんなにしょっちゅう頑張らなくてもいいし。ただ、火力が弱いので、薪ストーブほど派手には温かくはならないかも知れませんけど。」
美智子が、言った。
「でも、本当にそれができたら、台所とか書斎とか、手元が寒い所で皆に重宝されそうよね。近くで手を温めるだけなら、あちこちに置いておけそうだもの。」
それ火鉢って言うんです。
結麻は思ったが、頷いた。
「はい!寝室とかも、冷え切るのを防げそうですし、灰の上に置いておいたら、容器が燃えちゃうこともありません。だから、良いかなって。」
聖が、頷いた。
「そんなことが、昔の賢人に書き残されていたのに、私は知らなかったな。恐らく誰も知らないだろう。いったい、どこにそんな文献が?覚えはあるか。」
結麻は、困って顔をしかめた。
「それが…その時にはそんなに重要だとは思っていなくて、よく覚えていないんです。でも、古い物でした。あ、もしかしたら父について行った、役所で見たのかも知れない。」
役所には、山程古い文献が集められて積んであった。
が、それを皆が気にしている様子はなく、ただ文化財として保管しているだけのようだった。
あの中にあったとしても、おかしくはないと誰もが思うだろう。
聖は、合点がいった顔をした。
「ああ、あの中に。大樹が私はいつ見ても本を読んでいると、そんなに好きなら役所にあるぞと教えてくれたことがあったな。別に私は好きで本を読んでいたわけではなかったから、見に行ったことはないんだ。何しろ、ここには必ず神主が読んでおかねばならない本が多くてね。未だに全て読み終えていないほどなのだよ。」
神主、大変だ。
結麻は、同情した。
生活のこともしなければならないし、人々の面倒も引き受けなければならないし、神様の話を聞かねばならないし、とにかくやることが多すぎる。
…他の神社もこんな感じなのかなぁ。
結麻は、ふと思った。
そういえば、ここは中一之国だが、その中には神社はこの中津国一之宮だけではない。
他に、中津国二之宮、三之宮がある。
結麻は、ふと言った。
「…神社のお仕事は大変だなって思うんですけど、他の宮とは交流はないんですか?そういえば、私がここで伊津岐様が見えなかったら、他の宮にも行かなきゃならなかったって…。」
真樹が、頷いた。
「私は行ったよ。全部見えなかったの。」
聖は、困ったような顔をした。
「…実は、ここで見えなかったのなら、他の宮でも見えないのだ。だが、一応全ての宮に別の神が居られるし、挨拶に回るということになっている。伊津岐様がその中で一番お力がお有りになり、立場も上であられるらしい。なので、ここが一之宮になっているのだ。」
伊津岐様って、あれで神の中では偉い神なんだ。
結麻は、意外なことに驚いた。
「他の神様には、お会いしたことがありませんけど、お会いする機会はあるんですか?」
聖は、頷いた。
「ある。正月には、皆こちらの宮へ集まって来るのだ。他の宮の神達が、伊津岐様にご挨拶に来るので、こちらはお迎えするご準備を整える。他の宮の神主達も手伝いに来てくれるので、正月は人手が多くて少し、楽はできる。」
そうなんだ!
結麻は、神様達が寄り集まって来るお正月が、少し楽しみになった。
しかし、大聖が言った。
「…だが、神の数が増えたら、負担もそれだけ大きくなるぞ。ほら、食え。正月までに太らなきゃ、真樹だけの力じゃすぐ二人共倒れるぞ。」
そうだった!
結麻は、真樹と顔を見合わせると、また空の茶碗を差し出して、美智子におかわりをついでもらった。
そして、一心不乱に米をかきこんだのだった。
そんなこんなで、もうお腹がはち切れんばかりになった結麻と真樹は、それぞれ自分の部屋へと帰った。
部屋へ入る前に、必ず風呂に入らなければならないのだが、お腹がいっぱいだと苦しくて、長くは入っていられなかった。
真樹も結麻も言葉少なになりながら、また明日、と隣り同士の部屋へと入ると、押し入れから布団を出して来て、敷いた。
その上に横になると、あの炭窯が無事に機能してくれるのか、途端に心配になって来る。
真樹と大聖の貴重な時間をもらってまで、作り上げた窯なのだ。
とはいえ、あれが明日までに乾いているのかもわからなかった。
なので気にしない気にしないと眠りに入ろうとしていると、閉じた障子の外から声がした。
「おい。」え、と目を開けて慌てて障子を開くと、そこには伊津岐が浮いていた。「ちょっと話がある。お前、今腹いっぱいだろ?こっち来い。」
夜中に15歳の女子を連れ出すなんて乱暴な話だ。
が、神様相手にそんなことは通用しない。
仕方なく、結麻は言われるままに廊下の外に並べてある草履を履いて、庭へと降りた。
伊津岐は、言った。
「あのな。単刀直入に言う。お前、なんか覚えてるな?」
え、と結麻は途端にドキドキして来る胸を押さえた。
いや、ドキドキではなく胃の中の食べ物がものすごい勢いで消化しているせいかもしれない。
「お、覚えてるって…何を?」
伊津岐は、容赦なく言った。
「それはお前が一番知ってるだろ。ちなみにオレ達神は、次元を超えていろいろ見える。そういえば分かるか?」
ということは、私の前世の世界も知ってるってこと…?!
「…私の、前世を知ってるんですか?!」
伊津岐は、息をついた。
「あー、やっぱそうか。」と、ずいと寄って来た。「結麻、お前、もっと思い出せ。オレ達からは、何を生み出せとかそんな干渉はできねぇんだよ。いろいろあったろ、お前の居た世界にはよ。多分、お前は隣りから来たんでぇ。近いからなー、たまにあるんだよ。でも、みんな何を言っても信じてもらえねぇで、オレ達のことは見えねぇし、こっちの生活はそう変わらなかった。お前は巫女だし、発言権がある。もっと、役に立つような事をみんなに教えろ。ってか、変なことは教えるなよ。あっちはいいとこと悪いとこがあるからな。悪いとこは持ち込むな。分かったな?」
結麻は、うんうんと頷いた。
「はい。でも、うろ覚えなんです。私の仕事、SEで。あの、システムエンジニアって言ったら分かります?まだ24歳だったし。」
伊津岐は、渋い顔をした。
「えー、お前、役に立たねぇな!SEって、コンピューターのプログラムとかだろ?こっちはそんな世の中じゃねぇの。マジかよー農家とか職人とかやっとけよ!しかも24歳って、まだ子供じゃねぇか!なんでそんなあっさり死んじまうんだよ!」
そんなこと言われても。
というより、神様にSEで通じる世界ってどうよ。
「…伊津岐様、プログラムとか分かるんですか?」
「分からねぇ。」伊津岐は、即答した。「だが、そういうのやってるのは知ってる。詳しいことなんざ、わざわざ調べようとは思わねぇよ。あっちはオレにゃ責任はねぇからな。」
結麻は、伊津岐を見上げた。
「炭だって、テレビで見た特集の記憶を無理やり思い出して、うろ覚えでやってることで。成功するかどうか、まだ自信がないんですけど。」
伊津岐は、ムーッとめんどくさそうな顔をしたかと思うと、言った。
「…仕方ねぇな。ま、合ってるってだけ教えてやるわ。あのまましっかり手順を間違えずに火を入れられたら、炭はできる。あっちの炭焼きの方法だから、こいつ知ってやがるなと思ったんでぇ。とりあえず、お前は他の事も、こっちで役に立ちそうなら思い出してどんどんやれ。分かったな?」
結麻は、仕方なく頷いた。
「はい…何か、思い出せるように努力します。」
伊津岐は、頷いた。
「じゃ、もう寝ろ。用はそれだけだ。あ、聖にだけは言っとく。」
「え?!でも、それじゃあ…!」
結麻は止めようとしたが、伊津岐はそう一方的に告げて、スッと消えた。
…ほんとに神様なのに勝手なのよね。
結麻は思ったが、その時あれだけパンパンだった腹がグウと鳴ったので、伊津岐が結麻が倒れる前にここを離れたのだと分かった。
…お腹空いたよ。どうしよう。
結麻は、ため息をついたのだった。




