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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
穢れとの闘い
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苦言

結が片付けを終えて巫女殿へ引き上げようとしていると、大聖が儀式の着物のまま、こちらへ近付いて来た。

結は、大聖に話し掛けた。

「大聖。お仕事に行くの?」

大聖は、首を振った。

「まだ時刻じゃない。」

結は、何やら棘のある言い方に、一瞬躊躇ったが、頷いた。

「そうなの。あの…私はじゃあ、部屋に戻る。」

大聖は、通り過ぎようとする結を、呼び止めた。

「待て。」結が足を止めると、大聖は続けた。「お前は、何のためにここに居るんだ?」

え、と結は驚いた顔をした。

「え?何のためって…巫女だから、ここに居ろって言われたから。私は何も覚えてないし…外へ出てはいけないのでしょう?」

大聖は、お構いなく言った。

「巫女だからか。だったら巫女としての仕事は?こなしてるのか。」

結は、大聖の鋭い目に見据えられて、縮こまる思いで言った。

「それは…言われたことはしてる。だってほんとに何も分からないの!最初はお手洗いだってどうしたらいいのか分からなかったのに!」

大聖は言った。

「思い出せないなら思い出せないでいい。だが、お前は何もしていない。巫女の一番の能力は、神と対話することだ。だが、お前は今の状態でそれができると思うのか。言ったよな、巫女は力を消費するから、細い体では無理だって。それなのに、何の努力もしないでどうして巫女だと言えるんだ。無理なら無理と言って、ここから出たらいい。普通の一般の人として、普通に仕事をして生きて行くこともできる。」

ここを出て行けと言うの…?

結は、小刻みに震えた。

ここを出て、何ができるだろう。

お金は美智子が、ここに貯めていたわよと結麻が残していた貯金の場所を教えてくれて、それが結構な額なのは知っていた。

が、こんなわけの分からない世界にたった一人で放り出されて、そのお金が尽きたらもう、どうして稼げば良いのか結には分からなかった。

だが、大聖の言うように、巫女としての自覚は薄かった。

食事も、食べたくなければ食べなくてもと、そんな心地でいたのだ。

しかし確かに、巫女としての仕事は全くこなせていないと言っても過言ではないだろう。

何しろ、自分がしているのは家事ぐらいで、それも言われたことをこなす以外、特に何もしていなかったからだ。

「…分かってる。次からはしっかり食べるわ。でも、何もしていないことはないわ、家事は手伝ってるつもりよ!」

大聖は、首を振った。

「食べるなんて誰にでもできる。家事はオレだってやってる。だが、太ろうと思ったら努力が必要だ。お前は太ろうと思って食べるのか?それともオレに文句を言われるのが嫌だから、とりあえず用意された物を食べるのか。結麻は、太らなければ巫女として役に立てないからと、必死に太りそうな物を考えて作り出して食べてたぞ?筋肉だってつけようと庭で鍛錬してた。同じ命の結が、なんでそんなに適当に生きてるんだ。神社は確かにボランティアな側面があるが、オレ達は皆を世話する立場だ。共に皆を助けるための巫女が、神社に寄生してるだけなんて迷惑だ。父さんも母さんも言わないから、オレが言う。ちなみに伊津岐様がお前の前に現れないのは、お前が痩せててあっさり死ぬからだ。伊津岐様が否と言ったら、お前はここに居られなくなる。もし巫女を続けるつもりなら、本腰入れて努力しろ。分かったな。」

結は、ショックを受けた。

イケメンが何かと気に掛けて話しかけてくれる、と、いい気になっていたら嫌われた。

そう感じたのだ。

大聖は、結からフンと顎を振って顔を逸らすと、そのまま拝殿の方へと歩いて行った。

結は、じゃあどうしたらいいの、と、愕然としていたのだった。


ショックで立ち直れそうもなく、部屋に籠もって、あの世界へ帰りたい、としくしくと泣いていると、外から声がした。

「おい、結。居るか。」

結は、伊知加の声だ、と急いで懐紙で涙を拭くと、障子を開けた。

「伊知加様。何か御用ですか?」

伊知加は、言った。

「ちょっと話がしてぇと思ってな。」と、縁側に腰掛けた。「お前、泣いてたのか?」

結は、下を向いた。

「…何も思い出せないし、本当なら元の世界の仕事に戻りたいのに、あの私はとっくに死んだと言われて…ホームシックです。」

瀧は、息をついた。

「まあ、なるようになるしかねぇんじゃね?そうなったもんは仕方がねぇし、こうなったらこっちで元の結麻がやってた通りに生きようって考えろよ。でないと二度と戻れねぇのに、そんなものを恋しがっても無理なものは無理だ。前向きになれよ。」

結は、答えた。

「前向きになろうと努力はしていたつもりでした。本当はもう、役目が終わったなら帰りたいって思っていたのに、あちらの世界での私はとっくに死んでいて、もう戻れないから。でも、大聖から巫女の役目を果たせないなら出て行けと言われて…。太らなきゃならないなんて聞いてないし、外でも生きて行けるのかまだ不安で。せめてこちらの常識とか、学んでから出て行かないと、何も知らないから大変なことになるなって。」

伊知加は、言った。

「…大聖の言うことは間違ってねぇな。」結は、またショックを受けた顔をした。「だが、お前の言うことも間違ってねぇ。結、お前が思っている以上に、巫女ってのは特別な存在で、巫女である限り、その価値を求めて誘拐される可能性まであるんでぇ。つまり、巫女が何たるかも知らずにここに居るのは、危ないと大聖は思っているんだろう。巫女でなくなれば、そこまで危険はねぇしな。結麻も、二回も拐われて、大変な思いをした。何も大聖は、意地悪くてこんなことを言ってるわけじゃねぇんだ。」

拐われるの…?!

結は、伊知加を見た。

「…なら、伊知加様も私は巫女を降りるべきだと思いますか?」

伊知加は、答えた。

「オレが決めることじゃねぇからな。お前はオレの巫女じゃねぇしよ。だが、確かにこのまま太りもせず、伊津岐と話せないとなればいくら甘い伊津岐でも、用無しだってここを出そうとするだろう。とはいえ…問題はお前のその、術の知識だ。お前が術の知識を持ってる事実は、オレ達神関係の者しか知らねぇが、もし漏れたりしたら、お前の記憶を取り去るか、最悪殺すしかなくなる。この世界には、悪い輩がまだたくさん居るんでぇ。簡単に拐うし、殺そうとする。そいつらの手にお前の記憶を渡すわけにゃいかねぇんだよ。だからここを出るなら、記憶を置いて行くか、監視の目のある所に行くかってことになるのかもな。」

…結の記憶までなくなるの。

結は、震えた。

「そんな…私は利用されるだけ利用されて、捨てられるってことなの?!何の記憶もないままに、こんな知らない世界に放り出されたら…。」

きっと、死ぬしかなくなる。

結が涙を流しながら震えていると、伊知加は言った。

「…だったら選択肢は一つだ。お前は巫女でないと生きるのは難しいんでぇ。だから、伊津岐と話しても倒れてしまわないように、しっかり力を蓄えて、巫女として適正があると示さなきゃならねぇ。のほほんとしてたら最悪な未来があるんだって、自覚したか?」

結は、ハッとした。

つまりは、伊知加はそれを結に自覚させて、本気になれと言いに来たのだ。

そうでなければ、記憶を取られて放り出されることになるぞ、と…。

「…巫女でなければ、私は今、この世界で生きて行くのは難しい。そういうことなのですね?」

伊知加は、頷いた。

「その通りだ。大聖はそれが言いたかったんだと思うぞ。本気で追い出したかったら、さっさと伊津岐に談判してそうしただろう。あいつはお前に自覚させようと、敢えて厳しく叱ったんだ。グズグズ泣いてる暇なんてねぇぞ。簡単には太れねぇからな。」

結は、涙を拭くと、キッと顔を上げて、頷いた。

「…はい。」結は、言った。「頑張ります。結麻が、頑張って蓄えていた力は私が使い果たしてしまった。私も頑張ります。同じ命なんだもの。」

伊知加は頷いて、立ち上がった。

「じゃ、分かったところでお前はお前で励め。オレにはやることあるし、これでな。」

伊知加は立ち上がって、そう言った。

「え、伊知加様…、」

まだ、話したかったのに。

だが、伊知加はさっさと森の方へと飛んで行ってしまった。

結は、なぜか伊知加が懐かしく思えて、また涙が出てくるのを不思議に思っていたのだった。

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