穢れ
「…なんでお前達が最後なんでぇ。」唐突に言われて、大樹は面食らう。瀧は続けた。「普通待たされるのに、役職者が最初だろうがよ。」
大樹は、答えた。
「それは…次長の咲也さんが日頃雑務ばかり励んでいる、下っ端から行かせようと提案したからです。所長は反対しましたけど、それで落ち着きました。」
瀧は、頷いた。
「役所じゃ今回のことが告示された時どうだった?」
大樹は答えた。
「それは、慌てる者もいました。私の上司の忠臣さんと、咲也さんは特に。普段から、忙しさにかまけて参拝に行っていなかったから、咎められるのではと言っていました。」
瀧は、険しい顔をした。
「…ふーん。」と、大樹から離れた。「ま、それならいい。とにかく、お前はいつも通りにしとけ。オレにこんなこと聞かれたとか言うなよ。行け。」
一介の警備員にそんなことを言われたら、ムッとするものなのだろうが、伊津岐に似ているせいか大樹は全く気にならなかった。
なので、頷いた。
「はい。では戻ります。」
瀧は、頷いた。
「ありがとよ。」
大樹は、答えた。
「いえ。瀧さんのことは結麻から聞いていましたから。」
瀧、という言葉にピクリと反応した瀧だったが、瀧は頷いた。
「…そうか。」
そのまま、大樹は列へと戻って行った。
列は更に進んでおり、もう次は大樹の列になろうとしていた。
「…戻ったか。ちょっとオレも行って来るかな。」
忠臣が言う。
…さっき済ませとけとか怒らなかったか。
大樹は思ったが、それを聞いた所長の春樹が振り返った。
「何を言ってる!次だぞ。間に合わなかったら神からお咎めがあるかも知れないのに。大樹、さっさと並べ。忠臣は、後にしろ後に!」
忠臣は、下を向く。
…そう言われてみると、なんでそんなに神社の中に入りたくないんだろう。
大樹は、瀧に聞かれたこともあって、疑問に思った。
とはいえ、何も思い当たらないので、大樹は言われた通りに元の位置に戻った。
すると、中からわらわらと数人が出て来た後、その次に三人ほど別に出て来たが、そのうちの一人が、言った。
「次長!なんか怖いこと仰ってましたけど、めっちゃ体が楽になりました!あれだけ胃の調子が悪かったのに、もうスッキリ!次長も頭痛が良くなりますよ!」
咲也は、眉を寄せた。
「…それは良かったな。だがオレは、ここに並んでこの方頭痛は酷くなる一方だ。」
そういえば、部長の忠臣も吐き気がすることが多いとか最近言ってたな。
大樹は、神社参拝を怠るからだ、と思っていた。
ということは、面倒そうにしているが、こうして強制的に参拝したら、良くなって考え方も変わるかもしれない。
「次の三十人、前へ!」
鳥居の中から声が聴こえる。
大樹は頭を下げて、そうして皆と共に粛々と歩いて鳥居をくぐったのだった。
《次で役所は最後か。》
伊津岐の声がする。
大聖は、頷いた。
「はい。大樹さんもこの組に入っているはずです。」と、声を張った。「次の三十人、前へ!」
一般の参拝者達は、それを物珍しそうに見ている。
列が進んで来て、大聖は思わず口を押さえた。
「う…!」
腐った臭いがする。
伊津岐の声が言った。
《伊知加が大樹から聞いて来た二人だな。》と、如何にも嫌そうな声をした。《…ダメだ、鼻が曲がる!こんな近くに来るとこっちに臭いが移りそうだ!う〜吐く!》
聖は、本殿を振り返った。
「伊津岐様!」と、大聖を見た。「大聖、とにかく酒を飲ませて帰せ!伊津岐様、どいつが臭うのかだけは教えてくださいませ!多過ぎて混じっていて、我らには…。」
臭すぎて、逆に鼻が利かない。
伊津岐は、今にも吐きそうな声で答えた。
《そこ!一番前の左から二番目、その後ろの列の同じく左から二番目!う〜今日は終わりでぇ!オレは離れる!早く追い出して臭いを消せ!》
伊津岐の気配は、目の前からシュンと消えた。
神の五分の一の力の自分達がこれだけ臭うのだから、伊津岐からしたらたまらない臭さなのだろう。
大聖も、臭いに涙が出そうになって、叫ぶように言った。
「…全員、酒を受け取って飲んだら戻れ!これにて本日の1回目の浄化の儀式は終了ぞ!しかる後に、一般の部、明けて早朝より行なう!1丁目1番地から、時になったら鳥居の前に並ぶように!」
大聖は、言い終わると皆が頭を下げるのもそこそこに、バンと音を立てて拝殿の扉を閉じた。
そんなことではこの臭いが防げないのは分かっていたが、そうせずにはいられなかったのだ。
所長は、ホッと肩の力を抜くと、美智子から枡酒を受け取りながら、言った。
「…なんだ、案外にすぐだの。失礼のないように、必死に準備していたが、特に何もなかったではないか、咲也。」
咲也は、枡酒を受け取りながら、同じようにホッとした顔をした。
「はい。神が目の前に来られるのかと、大変に緊張していましたが、いつもの参拝と変わりませんでしたね。」
大樹も、美智子から黙って枡酒を受け取り、そうしてその後ろに続く。
忠臣も、幾分ホッとした顔をしていたが、それでも何やら具合が悪そうだった。
「部長?大丈夫ですか、お手洗いに行かれますか?もしかして、具合が悪いから行こうとなさっていたのでは。」
春樹が、え、と振り返った。
「まじか。大丈夫か忠臣!早く鳥居の外の厠へ行け!それならそうと言えばいいのに。」
忠臣は、答えた。
「いえ、本当にもう大丈夫で。」
と、言いながら歩き、枡酒に口をつけた。
そして、すぐに口を押さえた。
「ぐううう…!」
吐く?
慌てた皆が、急いで忠臣の腕を引っ張った。
「こら!吐くなら鳥居の外で!ここで吐いたら始末書如きの騒ぎではないぞ!急げ!」
皆、必死に忠臣の手を引いて、鳥居の外へと押し出した。
途端に、忠臣は盛大に吐き、辺りは一般人の悲鳴で大騒ぎになった。
「…も、申し訳…ありません。」
忠臣は、フラフラになりながら言う。
春樹は、首を振った。
「最近具合が悪そうにしてることが多かったものな。そら、とにかく酒の残りだけは飲んで。浄化の酒だからな。神から賜わったものは無駄にはできぬし。」
忠臣は頷いてなんとか酒を飲み干したが、また吐きそうになる。
そこへ、警備員の着物を着ている、男が寄って来た。
「吐くな!」え、と皆が振り返ると、その男は鬼気迫る勢いで言った。「飲み込め!早く!」
忠臣は、その勢いに震えて思わず戻って来たその酒を、またゴクリの飲み下した。
忠臣は、目を回したような顔をしたが、警備員は忠臣を見つめて、言った。
「…助かりたいか?お前、助かりたいな?!」
へたり込んだ忠臣は、何か分からないが何度もこくこくと頷く。
すると、警備員は腰に下げている竹筒の水筒のピンを外し、忠臣の口に当てた。
「飲め!とにかく飲め、お前はまだ助かる!」
回りは、何のことだか分からないまま、目を白黒させていたが、それを止める勇気のある者は、誰一人居なかった。
忠臣は、警備員の鋭い目に見据えられて、その目から目を離せずに、そのまま言われた通りに竹筒の中身をゴクゴクと飲み下した。
「う…。」
忠臣は、その場に倒れて、気を失う。
警備員は、ふぅ、と息をついた。
「…よし。」と、大樹を見た。「こいつを家に帰せ。しばらく仕事はさせるな。首にしてもいいぐらいだが、とにかく一時的に家に隔離しろ。そしたら回復すらぁ。」
大樹は、理由が分からないままに、頷いた。
「あ、はい。仰る通りに。」
春樹が、言った。
「待て、なんだ警備員ふぜいが。そいつは部長だから、仕事が滞るんだぞ?」
警備員は、キッと春樹を睨む。
春樹は、思わず固まった。
「…すまねぇな、オレは南から来た能力者でね。こいつが死にそうなのを見て、放って置けなかっただけだ。神気に当てられたんだよ。たまに居る。穢れが身に浸潤してたらな。」
大樹は、脇から急いで言った。
「瀧さんと言って、南之国の能力者だと結麻から聞いてるんです。この人の言うことは聞いておいた方が良いです。」
春樹は、頷いた。
「そういう事なら…知らずにご無礼を。」
能力者は、神主達の次に敬われる存在だ。
大樹は騒然となった回りを気遣いながら、そうして忠臣を家へと送って行ったのだった。
その影で、それを見た咲也が酒をそっと捨てていたのには、誰も気付かなかった。




