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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
穢れとの闘い
113/337

元旦

その日は、夜中から神社には多くの焚き火台が置かれ、炎が境内を照らしてそれは荘厳な様だった。

一般の人々の参拝は真正面からではなく左横から通す格好で、拝殿前まで進み出て、そこから右横へと張られた縄のルートを皆、通って抜けて行く。

真正面は、今夜から三が日の間、役所の職員から始まり、皆が進み出て神に目通りを賜る場所となっていた。

伊波と志伊が張っていた結界は、今はきちんと伊津岐の力で張り直されていて、伊津岐の気配が空間全体から降り注ぐ。

聖と大聖は拝殿に座り、拝殿の正面の扉は開け放たれて、そこから目通りに来る者達の、顔が見えるようになっていた。

入口近くに立つ、役所から来た警備員達が、声を張って言った。

「所長以下、百二十名、到着されました!」

大聖が、立ち上がって前に出て、言った。

「…最初の三十名、前へ!」

すると、正面の通路から、横に五人、後に6人の列をなした者達が、正装の着物で進み出て来た。

そして、拝殿の前で膝をついて深々と頭を下げた。

…ちょっと穢れてる程度だな。

大聖は、思って見ていた。

伊津岐の声が、言った。

《…最後列の向かって左から三番目。後ろから二列目右から二番目。そいつらは拝殿に上げて祓え。他は酒でも飲ませて帰らせろ。それで消える程度だ。》

聖は、頷く。

そして、大聖に合図すると、大聖は頷いて、言った。

「…神が特別に祓えの儀式をなされる。そちら、最後列三番目、その前の列、右から二番目、こちらへ。他は、神の酒を飲んでここより辞して良い。」

呼ばれた者達は、え?え?という顔をしたが、その他の者達は、ホッとしたように脇へと流れて、美智子から枡に入れられた酒を手渡されて、飲んで行く。

呼ばれた者達は仕方なく拝殿へと上がり、また深々と頭を下げた。

「では、主らは著しく穢れが強いので、我が神が祓ってくださる。それにより、心と体は楽になり、これから更に世のために仕えることができるだろう。」

一人が、言った。

「有り難いことでございます。」

すると、二人は聖と大聖の見守る中で、伊津岐の力にスーッと包まれてその穢れは消えて行き、見るからに顔色が良くなっていった。

二人は、驚いた顔をしていたが、そのままじっと動かずにいた。

「…終わった。では戻るが良い。」

聖が言う。

二人は、顔を上げた。

「…あれほど重かった体が!」と、また頭を下げた。「ありがとうございます!」

大聖が言った。

「良い、後がつかえておるゆえ。早う戻れ。」

二人は、来た時とは全く違う軽やかな足取りで、嬉々としてそこを出て行った。

本殿から、伊津岐が言った。

《…あいつらはただ、日々の穢れの蓄積が多かっただけだ。そのせいで、ヤバいことも頭に上るようになってたはずだ。だが、気になるのは、あいつらが下っ端ってことだ。本来、こういうことには役職者が先に出て来るもんなんじゃねぇのか?なんであいつらが先に来た。まるで、何をされるのか様子見に送り込まれたようじゃねぇか?》

…確かにその通り。

聖も、大聖も思った。

百二十ということは、全員が来ているのは間違いないはずなのだ。

なのに、待たされるのが分かっているはずなのに、真っ先に来たのは、下っ端だ。

結麻の父の大樹ですら、そこには入っていなかった。

大樹は、巫女の父であるのもあり、その巫女が利益をもたらす巫女だったので、役職がついていてそこそこの地位にいるのだ。

《…伊知加。》伊津岐の声が、伊知加を呼んだ。《大樹に密かに話を聞いて来られるか?》

伊知加の声が答えた。

《…行って来る。》

伊知加は、この大勢の人々のどこかに、紛れてこの様子を見ているはずだ。

大聖は、聖から頷き掛けられて、また声を張った。

「…次の三十名、前へ!」

そうして、また次の集団が入って来た。


大樹は、それでなくとも結麻の記憶が術の犠牲になったと聞いて、憔悴しきっていた。

なのに、その上に今回は、正月の神社に上がる特別な儀式があると、役所では大騒ぎで、忙しい事この上なかったのだ。

別に、神社になど普段から参拝に上がるし、神御自ら穢れを祓ってくださる機会など滅多にないので、喜びこそすれ、慌てることなど何も無い。

大樹からしたら、何を焦っているのだろうと、皆の騒ぎが理解できなかった。

が、所長然り、次長も部長も、課長である自分の同僚も、それはそわそわと落ち着かなかった。

もちろん、全員がそうなわけではなくて、回りが慌てるので、そんなに大層なのかと、つられて慌てているような者達もたくさん居た。

が、自分の上司に当たる、忠臣ただおみは何やら難しい顔をして、毎日次長の咲也さくやと話し合っていた。

その席に大樹も呼ばれることが多く、結麻から何も聞いてはいないかと、それは事細かにその、内容を知りたがった。

が、大樹は何も知らない。

確かに急に神が民全員に目通りをと言っていると言われたら、それなりに緊張はするが、そこまで必死になるほどでもなかった。

「…大樹にも漏らさぬということは、それなりに大事なのではないのか。」忠臣が言う。「中之国の神は厳しいお方ではなかったが、東之国の神のようになさろうと思われているのでは。」

しかし、大樹は首を振った。

「妻や結麻から聞いておりますに、我が神はそのご性質から、東之国の神とは全く違われるようで。恐らくそれはないかと思うのですが。」

咲也が、言った。

「恐らくではダメなのだ!我らは真面目にお仕えしているが、ここ最近はなかなか神社にも上がれないほど忙しかった。それに対して、お咎めがあるのではと案じるのだ。」

別にそのくらいで怒る方ではないように思うが。

大樹は思ったが、そんな毎日に疲れ切っていたのだ。

結局、全員で神社へと来たが、一度に全員は多いので、三十人ずつ入るようにと先に通達があった。

そのため、役所では話し合い、咲也からそれでは普段から雑務に忙しい下位の者から癒してもらうようにしよう、と提案された。

所長は、長く鳥居の外で待たされるではないか、とブツクサ文句を言ったが、普段から労いもないのにと咲也に言われて、仕方なくそれを飲んだ。

そんなわけで、大樹も外で待機させられていたのだ。

回りは、緊張気味にしているが、常に神社に出入りしている大樹は、そんな緊張もない。

先に入った下っ端達が、嬉々として出て来るのを目にした時、また次の三十人が呼ばれた。

列が前へと移動する中、ふと脇を見ると、一際体格が良い、警備員の服装の一人と目が合った。

…あれは…確か、結麻が瀧と呼んでいた人。

大樹が思っていると、相手は大樹に頷き掛けて、クイッと顎を脇の厠に振った。

…え、来いと?

大樹は、キョロキョロと回りを見回した。

忠臣が、言った。

「…なんだ?何か気になるか。」

大樹は、答えた。

「ええっと、お手洗いへ行きたいなと…。」

忠臣は、ハァと息をついて、面倒そうに言った。

「…行って来い。全く、こんな時に。済ませて来い。」

大樹は回りからも何やら責めるような目で見られたが、仕方なく列から出て、瀧が示した厠の方へと、人混みを掻き分けながら向かった。

やっとのことで厠へ到着すると、瀧が言った。

「こっち。」と、人混みに隠れて大樹を引っ張った。「話が聞きてぇ。」

大樹は、その有無を言わさぬ雰囲気に驚いた。

というか、伊津岐様に似てるな。

大樹は、初めて見た時にはそんな風に思わなかったが、瀧が凛々しく伊津岐によく雰囲気が似ているのに戸惑った。

何しろ大樹も、結花が巫女の頃に手を繋ぎ、伊津岐の姿をたった一度見たことがあるのだ。

「…何のお話でしょうか。」

大樹が言うと、瀧は声を潜めて口を開いた。

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