大聖
次の日から、結麻は筋トレもそこそこに、朝から美智子が作ってくれた大量のおむすびを食べて、土を取りに森へと向かった。
大聖が、聖に言われて窯作りに適した土がある場所へと案内してくれている。
結麻は、リアカーに真樹とスコップと籠を乗せ、それを引っ張りながら大聖について歩いていた。
森の小道の横に、ふと目立つ大きな石の建造物があるのに目が止まり、結麻は大聖に聞いた。
「大聖、あれは何?」
大聖は、答えた。
「あれは、殉職した巫女の墓だよ。」え、と結麻が驚いた顔をすると、大聖は続けた。「その昔、大きな神主ですら対処し切れない穢れが現れた時に、その穢れを命の中に抱いて黄泉へ渡った巫女がいたんだって。」
まじか。
結麻は、驚いた。
昔は、そんな大変なこともあったのだ。
ここ最近では、殉職した巫女、という単語すら聞いたことがない。
そう思いながら通り過ぎていると、大聖は立ち止まった。
「あそこ。」大聖は、面倒そうに言った。「陶器を焼く職人達が、窯の補修に使う土なんかをそこから持って行く。だから、お前が窯を作りたいなら、そこの土が一番だ。」
結麻は、頷いた。
「ありがとう。」と、真樹を見た。「じゃ、真樹ちゃん、一緒に土を掘ろうか。」
真樹は、頷いてスコップの一つを結麻に手渡した。
「はい。始めようか。」
大聖は、側の切り株に腰掛けた。
「終わったら言え。戻る時にリアカーぐらいは後ろから押してやる。」
手伝ってくれないのかよ。
結麻は思ったが、これは道楽だと思われているのだ。
それより、大聖が付き合ってくれていることが珍しいので、文句は言わなかった。
結麻は、真樹と二人でせっせと籠に土を入れてはリアカーに運んでを繰り返している中で、チラと大聖を見た。
大聖は、切り株に座ったまま、何かの本をじっと見ている。
本と言っても古そうで、かなり長年使い古されているような代物だった。
結麻は、手を止めて言った。
「…そういえば大聖、学校は?私達が行かなくなったから、忘れてた。」
大聖は、顔を上げた。
「今日は休んだ。ま、元々長くは通えないんだ。」え、と真樹も手を止めて大聖を見ると、大聖は続けた。「学校は就職のために必要な知識を蓄えるための所だろ?オレは就職先は神社って決まってるから、ほんとなら行けないはずだった。」
結麻は、そういえばそうかも、と思った。
この世界の学校は、読み書きから始まり、それぞれが行きたい方向の授業を受けて励む場所だ。
なので、基本的な読み書きや一般常識を教わった後、早い段階から自分の将来を決め、焼き物職人なら焼き物の先生の授業、役人なら役所から派遣されている先生からの授業、検非違使(警察)ならその先生、漁師や猟師ならその先生、菜種油職人なら職人の先生からの授業を受けて、励む。
もちろん、全員がそれになれるわけではなく、適性がないと判断されたら別の道を探さねばならない。
男女関わりなくそのような感じだが、女子は卒業と共に結婚したり、途中で巫女になったりといろいろあるので、ほとんど全ての子が怪我人を先に手当てする、療養所の先生からの授業を受けていた。
ちなみに、卒業は18歳だった。
役所の職員だけは、そこからまだ二年専門の学校に通う必要があったが、それでも役所に勤められる人は、その中から一握りだった。
療養所希望の人達の教室はなので、女子校のような環境だったが、療養所を希望する男子も一定数居る。
そこに、大聖は混じっていたのだ。
「…そうだったわ。大聖が療養所に就職なんて最初からありえないものね。忘れてた。」
大聖は、本を閉じた。
「…父さんだって学校には行ってない。でも、オレは一般的にみんながどんな生活をしてるのか知りたかったし、友達も欲しかった。父さんは、同級生とも儀式とか祭りの時しか会えなかったって言ってたし、友達にはなったけど、分かり合うには時間が短かったって言ってたんだ。だから、オレが学校に行きたいと言った時も、許してくれた。だけどそのせいで、神主の仕事がまだ中途半端なんだ。薬草の知識も、学校が終わってから教えてもらってたけど、まだ全部把握してない。父さんはまだ若いし、伊津岐様も急ぐことはないって言ってくださるけど、何かあったらって焦るんだよ。そろそろ、オレも遊んでないで、家のことを真剣にやらなきゃいけないなって思ってる。」
結麻は、大聖の手元を見た。
その古い本は、薬草の一覧の物だった。
…そういえば、大聖って夕ご飯の後も聖さんと部屋に籠もって遅くまで居たわね。
結麻は、思い出した。
毎日大聖は、神主の知識を学んでいたのだ。
日中も、美智子の仕事を手伝い、結麻達の仕事の手伝いをし、座ってボーッとしている時間などない。
大聖は、かなりのことをこなしているのだ。
「…ごめん。」結麻は、思わず謝った。「こんなことに付き合わせて。」
大聖は驚いた顔をした。
「…なんだよ、お前らしくない。」と、大聖はまた本を開いた。「いつも厚かましいし、怠けるばっかなクセに。」
そう思われても、仕方ないかもしれない。
結麻は、大聖がこなしていることの多さにやっと気付いた自分が不甲斐なくて、しゅんと下を向いた。
「結麻ちゃん…。」
真樹が、労るように声を掛けて来る。
大聖は、チラと結麻を見ると、ハァと息をついて本を閉じた。
「…どれぐらい土が要るんだ?」え、と結麻が顔を上げると、大聖は腰に手を置いて続けた。「早く帰りたいんだよ。さっさと動け。ほら、手伝うから。」
結麻は、慌てて言った。
「え、いいのよ!私がやる。力はついてるから。」
ここまで真樹を引っ張って来たぐらいだ。
大聖は、鬱陶しそうに手を振った。
「ああ、そういうのいいから。とにかく、早く済ませて帰ろう。」
そうして、手際の良い大聖が加わった事で土集めはサクサクと進み、山ほどリアカーに乗せたところでまた、三人でそれを押して、神社まで戻って行ったのだった。
それを、遠く空の上から伊津岐が眺めていたのには、大聖ですら気付かなかった。
それから、結麻は見様見真似でこんな形、と土を縄文土器の要領で、下から太い縄のようにした、粘土質の土を重ねてならして行った。
場所は、小屋の隣りの空いたスペースだ。
丸い、大きなツボのような形の物が出来上がると、その天井に竹で作った煙突を付けて、それらしいようにする。
土が乾かないうちに、入口も小刀で切り開いて、膝をついて入れば中に入れる形にした。
切り取った土は、端をぐるりと足して大き目に作り変え、きっちり塞げる扉にする。
これで、何とかなりそうな気がした。
「…乾くまで待とうかな。」結麻は、またリアカーを見た。「ちょっと、裏の森へ行って、良さげな木を拾って来るよ。薪も要るしね。」
大聖は、顔をしかめた。
「…何を作りたいのか知らないが、陶器職人の窯みたいだな。ここで、炭を作るって?」
結麻は、頷く。
「あのね、不完全燃焼させるのよ。そしたら、木の水分とか酸素とかだけが抜けて、燃えないで炭化して黒い炭になるの。多分、墨を作るのも良いのができるんじゃないかなあ。きめ細かく砕けると思うんだよね。」
大聖は、眉を上げる。
真樹が、驚いた顔をした。
「なんか難しい言葉…不完全燃焼って何?酸素って?」
結麻は、ハッとした。
言われてみたら、酸素とか生まれ変わってから習ってなかったな。
結麻は、言った。
「ええっと、酸素は燃える時に要るやつ?人も呼吸してる時にそれを取り込んで、体内を回してるんだよ。無くてはならないものだけど、多過ぎても害になるのね。とりあえず、酸素がなくなったら燃えなくなるんで、熱だけでいろいろ吹っ飛んで木が灰にならずに黒く炭になるの。」
真樹は、感心したように言った。
「へぇ!すごいね、結麻ちゃんは物知りだねぇ!」
勉強は真樹ちゃんのができるのにね。
結麻は、前世の自分に感謝した。
あと、あの特集を組んでくれたテレビ局の人にも。
しかし大聖が、言った。
「…なんでお前がそんなことを?オレでも知らないし、そんな単語は聞いたこともない。不完全燃焼とか酸素とか、それが燃えるのに要るとかなんで知ってる?目に見えないものだろう。」
それはそうなんだけど、だってそれが事実なんだもの!
結麻は思ったが、実は前世がとか言っても頭がおかしくなったと思われそうなので、急いで言った。
「え、なんでかな?本で読んだのかも。大聖だって全部の本を読んだわけじゃないでしょ?頭が良いからって、自分が知らないことは世界も知らないとか思うのは傲慢よ?」
大聖は、ムッとした顔をした。
それで、結麻は思った。
大聖は、単に結麻が自分の知らないことを知っているのがおかしいと思っただけなのだ。
「…オレはそんな本を読んでるほど暇じゃないからな。」と、踵を返しながらも、続けた。「…どんな本だった?」
やっぱり気になるんじゃないの。
結麻は思ったが、誤魔化すしかない。
この世界に、それを書いた本があるとは思えないからだ。
「なんだったかな…古い本だったと思うわ。それこそ、大聖の薬草の本ぐらい古かったから、もう無いかも。」
大聖は、フンと横を向いた。
「そんな貴重な事を書いてあるなら、まだあるさ。」
大聖は言って、そこを離れて行った。
とりあえず納得したようだったので、ホッとした結麻は、真樹を見た。
「真樹ちゃん、疲れてない?私はちょっと行って来るよ。明日には乾いて、焼けるかもしれないし。いろいろ試してみたいんだ。」
真樹は、答えた。
「大丈夫、疲れてないよ。お昼ご飯のおむすびだけ、食べて行かない?さっき美智子さんが持ってきてくれたやつ。」
そういえばお腹が空いた。
結麻は頷いて、手を洗って来てからおむすびを食べ、そして木を集めに、また森へ向かったのだった。




