目覚め
紅天と清輪と緑楠が、伊津岐と伊知加を運んでいると、フッと伊知加の方が目を開いた。
「…伊知加?!大丈夫か!」
紅天が言う。
伊知加は、言った。
「…あれ。」と、ガバッと空中で起き上がった。「伊津岐は?!」
紅天は、答えた。
「そっちぞ、そっち。」と、緑楠が運ぶ方を指した。「問題ない、だが意識が戻っておらぬがの。」
伊知加は、ホッとした顔をした。
「よかった…自力じゃ戻れなくてよ。」と、紅天の手を押した。「あ、自分で飛ぶ。もう大丈夫だ。」
紅天は、え、と伊知加を見つめた。
「主…もしや瀧でなく誠に伊知加か?」
伊知加は、答えた。
「オレは瀧。だが中身は前世の伊知加。まあ、どっちでもいいわ。どっちもオレだしよ。」と、伊津岐の方へと飛んで行った。「伊津岐…良かった、こいつとどっか狭間っぽい所でどうやったら戻れるかって話しててな。そこでは、瀧を忘れて伊知加としてのオレだった。だが、伊津岐が教えてくれて瀧の記憶も思い出した。だからどっちもオレ。こんなだったら迷ってねぇでさっさと思い出してたら良かったって思った。瀧がなくなるんじゃねぇかって、なんか嫌だったんだよなー。」
緑楠が、苦笑した。
「それは仕方がないわ。誰でも己が己でなくなるやもと思うたら、なかなかに決断できぬもの。」と、言ってから、表情を暗くした。「結麻は…それをやったがの。」
紅天も、顔を曇らせる。
瀧は、目を見開いた。
「なんだって…?結麻が、何をしたんでぇ。まさか、オレ達を助けるために、あいつの記憶を引っ張り出したんじゃねぇだろうな?!」
紅天は、言った。
「仕方がなかったのだ!緑楠は反対したが…だが、我もそれしかないと思うた。結麻は、清輪にそれを頼んだのだ。清輪が、それを承諾して、あやつの記憶を引き出した。今の結麻は、結麻ではない。前世の、結ぞ。何もかも忘れておって…これを、夢だと思うておったようぞ。」
瀧は、清輪を睨んだ。
「清輪!お前…!」
清輪は、言った。
「…それがあやつの選択ぞ。それに、結の記憶がなければ主らを助け出すことはできなんだ。あやつが全てを詳細に思い出したゆえ、我らは適切な方法で術を破り、主らを助け出すことができたのだ。そうでなければ、今頃は黄泉ぞ。二人揃ってな。」
瀧は、それでも言った。
「若い女の頭の中を、引っ搔き回してまで助かりたかねぇ!なんだってそんなことを…!」
紅天が、清輪に突っかかる瀧と清輪の間に割り込んだ。
「落ち着け!伊知加、清輪は巽の命を奪ってまで主らを助けたのだぞ!巽が望んだのもあるが、巽を通して力を使い、そうして術の中心にいた女を殺した。巽は、それにより体がもたぬで黄泉へと渡った。こやつはこれでも、己の神主は大切にしておる!それを犠牲にしてでも、あの術を破ったというのに、そのように申すでない!主は間に合わなんだではないか!」
瀧は、それを言われてしまうと、さすがに言い返せなかった。
確かに、もう少し早く対応できていたなら、もっと上手くやれたかもしれなかった。
「…オレのせいだ。」瀧は、言った。「オレが、もたもたしてたから術が発動してこんなことに。なんてこった…全部オレが悪い。」
緑楠が、言った。
「何を申す。主は悪くない。それを申すなら、外から見ておるだけの我らとて悪かった。とはいえ、我らには何もできぬのだがの。神など無力ぞ。」
瀧がそこに浮いて止まったので、神達がその場に留まって浮いていると、そこへ見波と聡が飛んで来た。
「仰せの通りに見て参りました!」
紅天が、そちらを見た。
「戻ったか。他の奴らは何やら洞窟で三人見つけたとか言っていたぞ。そちらはどうであった?」
聡が言った。
「は。二人が灰になっていたのを森の中で確認しましたが、他は気取れずで。ということは、その洞窟の三人と、我らが見つけた二人で、ちょうど結麻が申した五人ですな。」
紅天は、頷いた。
「やはり灰に。ならば良い。ご苦労だったの。主らも一度、里へ戻っておれ。また何かあったら知らせるゆえ。」
二人は、頭を下げた。
「は!御前失礼致します。」
そうして、二人は去った。
瀧が、眉を寄せた。
「五人?外に逃げてた奴らか。」
清輪が、頷いた。
「その通りよ。結麻が…いや結が魔法陣を使って解呪の術を放ち、その瞬間術に関わった者は全て塵となり消え去った。解呪した結には、その位置が気取れ、魔法陣の近くに六人、女が一人、そして外に五人気取れたと言っていた。全て、亜津真も含めて塵となったのは我らも見た。」
紅天は、頷いた。
「その通りよ。どうせ、皆で魔法陣でも描いたのだろうて。実際に術を発動したのは三奈一人でも、関わった全てが呪詛返しに合ったということよな。」
しかし、瀧は言った。
「…人数が合わねぇ。」え、と皆瀧を見る。瀧は続けた。「オレが気取っていたのは男十三、女一。それだと男は十一、女一だろ。二人足りねぇ。」
…確かにそれだと足りない。
緑楠が、不安そうに言った。
「…ということは、誰か逃げておるのか?あれを知りながら…関わっておらなんだと?」
瀧は、険しい顔で言った。
「…亜津真の奴は、かなり厳重に本を隠して誰にも触れさせないようにしていた。それというのも他の奴ら、特に来斗が何度も盗み見て、またその本を手に入れようとしていたかららしい。来斗は術を知っていたが、恐らく亜津真は誰にもそれを漏らしたくなかったんだ。だから、外回りの資金調達に来斗を振り分けていたようだった。もしかしたら、警戒している奴らがあの中に居て、そいつらには魔法陣製作をさせなかったのかも知れねぇ。結果的に、それがその二人を助けたとしたら辻褄が合う。何しろ、元能力者で勘の良い奴が混じっていたのは、あいつらの会話からオレも知ってるからな。」
ということは、恐らく元能力者が逃げているのか。
「…そやつらが、またあの魔法陣を展開しようとすると思うか?」
瀧は、息をついた。
「分からねぇ。そもそも、そいつらと話したわけでもねぇし。だが、亜津真があまり上手く統率できてねぇのはなんとなく透けて見えた。表面上は上手くやってるようだったがな。」
皆は、顔を見合わせる。
清輪が、言った。
「…引き続き、退役神主達にはあの辺りを捜索するように指示しよう。」と、緑楠を見た。「伊津岐は我らが。主は退役神主に今の話をして、あやつらにこの辺りを探させてくれぬか。時が経っておるし、顔も知らぬのだから見つかるとは思えぬが、しかし伊知加に面通しでもして見覚えがあるかどうか確かめるぐらいのことはできる。それらしい者が見つかったら、伊知加に知らせよと申せ。主はそのまま帰って良いぞ。」
緑楠は、頷いた。
「ならばそのように。」と、伊津岐から手を離した。「伊津岐を頼んだぞ。」
清輪が、変わって気で伊津岐を掴んだ。
「任せておけ。」
紅天が、言った。
「ならば伊知加も目覚めたし、後は我と伊知加に任せよ、清輪。巽のことを千早達に話さねばならぬのだろう。他に、何か分かったら知らせる。主も戻れ。」
清輪は、紅天に伊津岐を渡すと、頷いた。
「頼んだぞ、紅天。」と、瀧を見た。「伊知加も。」
瀧は、頷く。
清輪は、飛び去ろうとして、ふと伊知加を振り返った。
「…主が黄泉へ参ると聞いた時、愚かな奴よと記憶を保つ術に力を貸さずですまぬな。間違いだったわ。此度はご苦労だったの。」
伊知加は、清輪を見た。
「…オレは、全く役に立ってねぇよ。お前は間違ってない。」
しかし、清輪は首を振った。
「結麻が全て思い出そうと、己を捨て去る決意をしたのは、主ゆえぞ。それは、人としての交流がなければ無理なことだった。そして、伊津岐を守り切れたのは、主の肉の身があったからこそぞ。礼を申す。ではな。」
清輪は、その場を去って行った。
「…あやつがあのようなことを申すなど。初めて聞いたわ。」
紅天が、驚いている。
瀧は、結麻のことを思うと、胸が締め付けられる心地になっていたのだった。




