後のこと
結麻は、本の知識から呪を唱えて、空へと舞い上がると空に向かって大きく光の筋で魔法陣を描き、そうしてそれを、地上のその大きな魔法陣の上へと降ろして行って、また複雑な呪を唱えた。
すると、その魔法陣はくるくると回りながら地上の魔法陣の大きさに合わせて大きさを変えて行き、魔法陣の上へと落ち着くと、パリンっという何かが割れたような大きな音がした。
かと思うと、サラサラと崩れ落ちるように三奈の遺体は消えて行き、恐らく魔法陣を描いただろう、亜津真の体も同じように崩れて砂のような山になって消えて行った。
結麻は、それを見下ろしてから地上へと降り立った。
「…他の場所にも、この魔法陣を描いた人が居ます。」
大聖は、え、と結麻を見た。
「そういえば、仲間が居たはずなのに。そいつらの居場所は分かるか?」
結麻は、視線を北東の方へと向けた。
そこには、森があった。
「…あっちだと思います。でも…多分、みんな同じ状態かも。」
紅天が、言った。
「それは、みんな崩れて塵になったと?」
結麻は、頷いた。
「はい。それを感じました。解呪を行なったのは私なので、この術に関わった人たちの情報が、全部私に伝わって来るんです。ここには、既に死んでいる人も含めると六人の男性、一人の女性が居ました。そして、森の方には五人の男性が、呪詛返しを受けたようです。」
清輪が、言った。
「結、主は何も知らぬだろうが、主には主の事情があった。」結麻は、え、と清輪を見た。清輪は続けた。「主の記憶、どこで消えておる。」
結麻は、戸惑う顔をした。
「え…どこでって…。」
どこだったろう。
仕事…が終わって、そして、帰りの道を歩いていて、赤信号だったけど、夜も遅かったし、何も来ないと思って足を踏み出して、そして…。
「…え?」結麻は、愕然とした。「私…事故に…ということは、これはやっぱり、夢?私は病院で、治療を受けてるの…?」
紅天は、首を振った。
「そうではない。主は…死んだのだ、結。そして、ここで別の女として生きていた。こちらの主の名は、結麻。もう、結は居らぬ。」
ええ…!!そんな…!!
結麻は、ふらりとふらついた。
…足に力が入らない。
「…足に力が…」と、ガクンと膝をついた。「急に力が抜けて…。」
「結麻!」
大聖の声が聴こえる。
結麻は、そのまま倒れて気を失った。
それを抱きとめた、大聖が言った。
「しっかり食ってたが、やはりもたなかったか。」
清輪が、言った。
「ここまでもつだけよう、体に蓄えておった。伊津岐と伊知加を、中津一之宮まで我らが送る。主は、結麻を連れて戻れ。逃げた奴らの後始末は…他の、退役神主にさせておく。」
大聖は、清輪に頭を下げた。
「は!御前失礼いたします!」
大聖は言って、そうして結麻を抱いて、空へと飛び立って行った。
清輪と紅天、緑楠はそれを見送って、眠る伊津岐と伊知加の二人を手から放つ気を使って持ち上げると、空高く上がって行ったのだった。
その少し前、名津と祥は、猛と仁志とかつて結界の穴があった所で合流し、四人で代わる代わる祥を支えて、森の中へと駆け込んで行った。
結構な距離を来た時、不動結界の方で派手に見えていたあの光の柱がなくなり、それにより、術が終わったのが分かる。
祥は、振り返って言った。
「…なんだ、結局術は成就したのか?」
名津は、首を振った。
「だったら、亜津真の奴は神になったはずだ。真っ先に逃げたオレ達を追いかけて来るだろう。だが、来ないんだから阻止されたんだろう。だいたい、神主がしくじると思うか。神がついてるんだぞ。」
祥は、息をついた。
「…だな。まあいい、仕切り直しだな。こっちには、来斗が残した術がある。良かったよ、お前に教えてもらっておいて。あれがあったら、何かあっても身は守れる。」
名津が頷くと、先の様子を見に行っていた、猛と仁志が戻って来た。
「名津、祥、他の奴らがこの先で、洞窟を見つけたとか言ってた。一旦、そこで潜むかって。」
祥が、ホッとした顔をした。
「ありがてぇ。一旦足を固定したいんだ。ぶらぶらする度に痛くて仕方ねぇ。」
その時、洞窟の方から大きな声がした。
「うわあああああ!!」
…え?
名津と、祥、猛と仁志が固まった。
「…追手か?」
猛と仁志は、首を振った。
「分からない!」
名津は、眉を寄せた。
「…祥、もうちょい我慢しろ。とにかく、逃げるんだ。こっちへ。お前らも来い!」
猛と仁志は、頷いて足を踏み出した。
そして、ガクンとその場に倒れた。
「おい!」名津と祥は、振り返った。「早く起きろ、置いて行くぞ!」
だが、もがいている二人の足は、まるで砂のように崩れて、無くなっていた。
「…猛!」名津は、慌てて駆け寄った。「仁志!」
二人は、どんどんと塵と消えて行く、体を見て怯えてこちらを見上げた。
「名津…!助けてくれ!もしかして、亜津真が…亜津真の呪いか…?!」
…違う。
名津は、思った。
何しろ、亜津真が神になったなら、一番利用していたが、一番警戒もしていた元能力者の二人、つまり、名津と祥を狙ったはずだからだ。
二人の勘を、それは頼りにしていて、さりげない振りをしながらも、外の様子などを探らせたり、予感がしたら知らせろと言ってきたり、そして、雑用などに使わなかったりしていたのだ。
自分の、味方にしたかったからだと思われた。
「名津…!これは…!!」
祥が、消えて行く二人の体を、茫然と後ろから見ている。
猛と仁志は、二人の目の前で綺麗に塵となって、消えて行った。
…ということは、洞窟の奴らもそうだったんだろう。
名津は、思った。
そして、自分の足や手を見たが、崩れて来る様子はなかった。
「…もしかしたら、術が破られたからかもしれない。」と、祥を見た。「オレ達は元能力者だから、奥の魔法陣を描くのを手伝ったりさせられなかっただろう。オレ達はもっぱら、亜津真の相談に乗ったり、望むものを外から調達して来たり、術には関わって来なかった。亜津真にとって、オレ達の力は利用したいものだが、術を知らせて使われたら厄介なものだった。だから、術からは徹底的に遠ざけようとしてたじゃねぇか。破られたから、多分こんなことに。」
そして、ハッと空を見た。
祥も、同じく空を見る。
「…神の気配。」と、祥の腕を肩に回した。「行くぞ。ここから離れよう。オレ達は、何もなかった。何も知らない。逃げよう。」
祥は、痛みに顔をしかめながらも、名津の肩に縋って急いでそこから離れたのだった。
見波が、森の中をきょろきょろと地上を見ながら飛んだ。
「…ここらに気配を感じたのだが。」と、周りを見回す。「どこだ?」
聡が、言った。
「…こちらぞ!」と、地上に降り立った。「見よ、紅天様がおっしゃった通りに。」
二人がそこへ降り立つと、そこには着物と靴と、灰のようなものが多く積みあがっていた。
一見すると、子供が砂遊びでもして、ヒトの形に山を作って遊んだのかと言われたら、そのような感じだった。
「…呪詛返しを受けたということか。」と、周りを見た。「とはいえ、ここには二体分の灰と着物がある。他の人は?」
聡は、息をついた。
「あちこち逃げて、そこで灰になっておるのではないのか。とりあえず、この二体を報告しよう。死んでおっては、我らも気を探って居場所を探すこともできぬ。他の奴らも何か見つけておるやもしれぬしな。一旦、報告に戻ろう。」
見波は、頷いた。
「そうだの。」と、その灰を見た。「…哀れなことぞ。あちらで、今頃さらに苦しんでおろう。己がどんな大それたことをしておったのか、恐らくこれらは知るまいに。下っ端までまとめて報いを受けるとはの。」
聡は、浮き上がりながら言った。
「それもこれらの選択ぞ。自分の選択の先には、必ず責任を取らねばならぬ。哀れであるが、仕方がない。そら、行くぞ。」
そうして、二人は神たちの所へと報告に戻った。
名津と祥の二人が必死に遠ざかって行くことには、全く気付いていなかった。




