解呪
巽は、真っ先に光の柱の中へと飛び込んだ。
次に克己、そして聖矢と飛び込んだ時、急に飛ぶことができなくなり、バランスを失って落下した。
が、回りの光が何やら自分を掴んで、浮き上がるような感覚がした。
どうやら、取り込もうとしているようだが、先に取り込もうとしている瀧と伊津岐が居るので、そちらに力が取られていて、その力は弱かった。
降りようと暴れると、ゆらりと体が揺れて、魔法陣の上に巽、辰巳、聖矢はどうと倒れた。
「ああああ!!」
目の前では、三奈が血の涙を流しながら悶え苦しんでいる。
その顔からは、涙も鼻水も涎も、とにかく出せるものは皆出しているような状態で、台の上には失禁もしていた。
…これでは、こやつも辛かろう。
巽と克己は、刀に手をやった。
外から、何やらくぐもった声が聴こえる。
『何をしている!やめろ!やめろー!』
…術を掛けた張本人か。
巽は、重力が急に強くなったような中で、必死に一歩を踏み出す。
先に斬りかかろうとした克己は、何やらその女の前にある光のせいで、ふらついて倒れて、刀を突き立てられずにいる。
聖矢も、必死に立ち上がろうとしているが、光の重さは半端なかった。
「ぐううう!立てぬ!主らは神の補佐があるゆえ、主らにしかできぬ…!」
聖矢は、叫ぶ。
克己は、必死に足を上げた。
「我が神よ…!」と、ふらついて刀を地に刺した。「…ダメだ、光がのしかかって来て…!」
巽は、叫んだ。
「おおおおお!!」と、立ち上がった。「我が神が力をくださる!我はできる!神よ、我にこの一太刀を…!」
巽は、腕を振り上げた。
フッと清輪の姿が目の前を過ぎり、巽はそのまま、目も開けられない圧力の中で、腕を振り下ろした。
「きゃあああ!!」
三奈の悲鳴が響き渡る。
途端に、フッと三人を押し潰そうとしていた圧力は失くなり、三奈が、そして巽がその場にばったりと倒れるのが目に入った。
「巽!」
聖矢は叫んだが、上から落ちて来た瀧の姿に、思わず手を上げて気を放った。
「伊知加様!」
瀧の体は、その場に浮いて止まった。
光の柱は消え、ふと見ると、そこには男が一人、呆然と立っていた。
名津は、なかなか上手く行かない術に、本当にこれは成就するのかと疑問に思った。
そんな時に、魔法陣の中に三人の男が、吸い込まれて落ちて来た。
…まずい。
名津は、思った。
あいつらは、恐らく神の手先だ。
何より、着ている着物が神主のそれにそっくりだったからだ。
「…行くぞ。祥、歩けるか?」
祥は、名津に支えられて立ち上がった。
「…右足をやられてるが、何とか。」
名津は、頷いた。
「猛達が先に外に出てるはずだ。あいつらは、吹き飛ばされてビビって走って行った。他の奴らはもうダメだ。あのまま放置で死ぬだろう。オレ達だけでも逃げよう。今のうちに。」
祥は、頷いた。
「…あいつらは、神主か。」
名津は、頷いた。
「恐らくな。亜津真のやつはしくじった。どうせあの女は死ぬ。仕切り直しだ。さっさと行こう。」
祥は頷いて、まだ魔法陣の中に必死になっている亜津真を置いて、二人で出口へと向かった。
亜津真は、叫んだ。
「何をしている!やめろ!やめろー!」
殺されたら、術が中断してしまう。
血の涙を流してもがき苦しんでいる、三奈を見ても亜津真はそう思っていた。
術の圧力は凄まじく、男達は必死に抗っているが、全く三奈に届かないようだ。
…そうだ、人の力で呪術に勝てるものか!
亜津真は、そう思ってホッとしていた。
が、一人の男は倒れてもがく他の二人をものともせずに、立ち上がって、腕を振り上げた。
「…!やめろ!やめないか!」
しかし、男はその一太刀で、三奈を貫いた。
三奈は、叫び声を上げて倒れた。
その瞬間、あれだけ大きな光を放っていた魔法陣が、フッと消えて何も放たなくなった。
聖矢は、そっと瀧の体を地面に降ろすと、巽に駆け寄った。
「巽!巽、しっかりしろ!」
巽は、ふっと笑った。
「…我が神のお力が私の中を通った。私は、もう死ぬ。」
巽は、ゴフッと変な咳をした。
巽の口や鼻、それに耳からも、血が大量に流れて来ている。
「巽…!」
聖矢は、浮かんで来る涙を必死に堪える。
克己が、ふらふらしながらも、脇に茫然と立つ男を見て、気を放った。
「…よくもこのようなことを!」と、その気はまともにその男を捉えた。「死ね!」
「うあ!」
亜津真は、一瞬声を上げたが、その気の勢いに跳ね飛ばされて奥の瓦礫に衝突し、がっくりと頭を垂れた。
克己は、振り返った。
「…巽は。」
聖矢は、首を振った。
「…清輪様のお力で腕を振り上げられたようだ。ゆえ…。」
克己は、頷いた。
「連れて帰ろう。私が連れて行く。主は、伊知加様を。」
聖矢は、頷いたが言った。
「…我が神は?伊知加様の中か。」
だが、気を失っている瀧の手の平からスーッと光の玉が出て来たかと思うと、それは大きくなり、そして伊津岐の型を取った。
が、伊津岐は眠っているようで、目を開かず瀧の隣りに実体化しただけだった。
「…伊津岐様…!」と、聖矢は伊津岐を見つめた。「…よかった、力は何も失っておられない。」
術は、阻止できたのだ。
そこへ、紅天、清輪、緑楠、大聖、結麻が降りて来た。
「伊津岐!」と、緑楠は伊津岐の側に着地した。「おお…良かった、伊知加は守り切ったのだの。」
清輪は、巽のことを見下ろしている。
巽は、やっと目を開いて、清輪をまぶしげに見た。
「我が神清輪様…私は、お役に立ちましたでしょうか。」
清輪は、頷いた。
「…ようやったぞ、巽。主が切ったのだ。主が術を終わらせた。ここまで、よう励んだの。ゆっくり休むが良い。」
巽は、微笑んで頷いた。
「は。光栄なことでございます…我が神の、依代となれたこの身、あちらで父にも必ずや…。」
巽は、そこまで話すと、フッと目を閉じて、息を止めた。
「巽…。」
聖矢と、克己が涙を流す。
紅天が、言った。
「…我にはできなんだ。克己の中から力を放つのは…やらねばならぬと思うのに、あと一歩が踏み出せず。」
清輪は、無表情で言った。
「…誰かがやらねばならなんだ。」と、聖矢と克己を見た。「里へ連れ帰ってやるが良い。千早と千尋には、我から話す。伊津岐と伊知加のことは、我らに任せよ。」
聖矢と克己は、頭を下げた。
「は!」
そうして、大切に巽を持ち上げると、そのまま退役神主の里へと、飛んで行ったのだった。
結麻が、言った。
「…解呪の魔法陣を描きます。」と、足元を見た。「それでこの魔法陣はこれから先一切使えなくなります。皆さん、魔法陣の上から離れてください。それから、そちらの…術を放っていた女性も、脇に避けてくださると助かります。」
大聖が、頷いた。
「死は穢れなので。神には、触れられぬ。オレが気で持ち上げて行こう。」
大聖は、台の上で倒れている、三奈を見た。
その顔は、最後に見た時のあどけない感じはもう全く見えず、それでも血の涙を流しながらも、その顔は今は穏やかだった。
やっと、平穏な場所へ行ったのだろうか。
それとも、しでかした事の大きさに、あちらでも苦しんでいるのだろうか。
大聖はそんなことを思いながら、三奈を持ち上げて脇の瓦礫の側へと移動させた。
そこには、亜津真が倒れているのが目に入った。
「…これは、もしや首謀者では。」
紅天は、頷いた。
「克己の目から見ておったわ。そやつが元凶ぞ。死んだか?」
大聖は、首を振った。
「いえ、まだ息があります。」
清輪が、言った。
「殺せ。」え、と大聖が戸惑った顔をすると、清輪は続けた。「問題ない。穢れることはない、そやつは天を相手に地上を闇に沈めようとした奴ぞ。穢れを祓うのだ。それが役目ぞ。」
皆、大聖を見ている。
大聖は、躊躇っていたが、刀を抜いた。
「…は!」
そうして、大聖は気を失っている亜津真に、留めを刺した。
「ぐぅ!」
亜津真は、一瞬目を見開いたが、そのまま動かなくなった。
大聖は、初めて人を殺めて、震える手で刀を握りしめていたのだった。




